井上さんと上田くん
嫁の奇行は今に始まったことではないけれど、最近はちょっと痛い。
「上田くんは嫌いっ! 井上さんがいいの~」
「井上さんはね、優しくて、かっこよくて、イケメンなの!」
「上田くんは、ちゃらいんだよねー。まぁノリはいいけどー」
なんの事を言ってるのかと思った人は多いと思う。
けれど、なんの事か当てられる人はまずいない、とも思う。
だって、だって。
それは、俺の右手(上田くん)と左手(井上さん)の事なんだ……。
「井上さんは『さん』をつけないといけないんだよ~。ね~?」
楽しそうに語りかけていますが、俺にじゃありません。
俺の左手にです。
最近、構ってあげていなかったせいか、セルフで遊ぶ術を見出した嫁。
左手をつついては、話しかけ。右手をつついては、振りほどき。
左手を撫でては、話しかけ。右手を叩いては、投げ飛ばし。
あぁ、右手が可哀想。
みていると、嫁の中では設定が色々と決まっているらしく、それに則って遊んでいるようです。
なんでも、上田くんはチャラ男でノリが軽くウザいらしく、井上さんは甘く優しく心ときめくのだとか。
なので、左手と右手に愛の差があるようです。
どっちも同じ人の手だっつーの。人格とかないですから。
そんな言葉も嫁の前では虚しく響くだけなので、俺は何も言いません。
毎日、左手を愛でられ、右手を拒否されています。
なんだこの状況。
なんだか訳のわからない状況ではありますが、俺は別に不満などありません。
だって、構わなくていいから楽なんだもの。
嫁がこの遊びにしばらく飽きませんようにと、祈るばかりです。