表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

第三章 明日死んでも 六

 六


「お疲れさーん」

「お疲れ様です」

 缶ビールをかかげて言ったのは、碧龍と夕龍だけだった。翠龍は床にあぐらをかいたまま、ああだかおおだかと分かりにくい声を発し、黒龍は不満げに顔をしかめている。

 暇な時期は、たまにこうして龍だけで飲む。出かけると目立つから家で飲むのだが、男だけというのもいかがなものかと、翠龍は常々思っている。うるさいのがいないのはありがたいが。

「むさ苦しい……」

 音頭の代わりに呟いた黒龍は、缶ビールを一気にあおってため息をついた。翠龍としては、全面的に同意したいところだ。それでも結局参加しているから文句は言わない。

「いいだろ、たまには。半年に一回あるかないかなんだからよ」

「一年に一回でもなくていい」

「その割にはちゃんと来るん……いたたたた!」

 黒龍は無言のまま、夕龍の足をぐりぐりと踏んだ。一番被害が少なそうだから彼らを三人がけの方に座らせたが、これはこれで問題だったらしい。夕龍が痛かろうか罵られようが関係ないから、翠龍としては平和でありがたい。

 二脚あるアームソファーには、既に袖をまくって飲む気満々の碧龍だけが座っている。もう一つは緋緒の席というのが暗黙の了解で、誰も座ろうとしなかった。翠龍は元々、柔らかいソファーより床の方が落ち着く。

「おっさんおっさん、昨日どうだったよ」

「あ?」

 身を乗り出した碧龍は、ワイシャツのボタンをこれでもかというほど開けていた。開いた襟の間から、胸に浮いたあばら骨が見える。男の胸板など見たところで嬉しくもなんともない。

 大抵いつもニヤけている彼が筆頭と聞いて、翠龍は最初戸惑った。もう少し、お堅い機関とばかり思っていたからだ。だから彼は自分が翠龍になっても、しばらくは逃げ回っていた。結局先代の夕龍に捕まったが。

「緋緒。泣いたか?」

「泣くわけねぇだろあの鉄仮面が」

「半泣きだったがな」

 思い出したのかニヤけながら、黒龍が口をはさんだ。夕龍は複雑な表情で口をつぐんでいる。

「冷血女が虫嫌いなんて可愛いじゃねえか。なあセキ?」

 ぐうとうめいて、夕龍は首をすくめた。情けないその反応は、とても火竜の長とは思えない。先代は慇懃なだけで、まだ気が強かったはずなのだが。

「もうやめてください……」

「やめんよお前さんが泣くまで」

「もう半泣きだけどな」

 夕龍以外が、揃って笑った。大きな体を無理に縮こまらせた彼は、来なければよかった、と呟く。遊ばれる事ぐらい予想していただろうに。

 皆、不安を持て余している。今の主人も、いつかは死ぬ。置いて行かれるばかりの生に嫌気が差しているのは、翠龍だけではない。

「まあ、いいんじゃないか? 紅様よりは」

 甘ったるそうなチューハイの缶を開けながら、黒龍は視線だけで翠龍を見下ろした。彼も碧龍も、人間ならモテただろうに。哀れなものだ。

 キセルにマッチで火を入れて、翠龍は軽く肩をすくめた。落ちかけた着流しの衿を引っ張り、吸い口に唇を寄せる。

「……紅はただのバカだからな」

 一口目をゆっくり吸ってから言うと、黒龍は喉を鳴らして笑った。早くも暑くなってきたのか、袖を折っている。シワになるのも構わずまくるだけの碧龍よりは、まだ几帳面らしい。

 いや、碧龍の場合は洗濯してくれる人がいるからか。

「紅はまたなんかやらかしたのか?」

「タモ持ってきて、虫捕まえて飼うってのたまいやがった」

 夕龍がビールを噴き出した。むせながらネクタイをゆるめる彼がおかしかったのか、黒龍が笑う。碧龍はさっきからずっと笑っていた。

 紅は筋金入りのバカだ。本気でやっているからまた手に負えない。狙っているのだとしたら、それはそれで問題だ。

「ちゃんと止めたかい?」

「たりめぇだ。アイツも顔だけは可愛いんだけどなァ……」

 ぼやく翠龍に苦笑して、碧龍はローテーブルの上へ無造作に置かれていたさきいかをつまんだ。手を出すと、彼は一かたまり掴み取ってから袋を投げよこす。

「全員そうじゃねえか」

「ちげぇねぇ」

「特に緋緒様」

 翠龍は頷いたが、夕龍はえっと呟いた。三人の視線が、彼へ向く。

「主は……お優しい方です」

 碧龍がタバコの煙を勢いよく吹いた。翠龍は苦笑いして、さきいかをつまむ。

「お前さん本気で言ってんのか?」

「筆頭が勘違いされておられるだけでは……」

「恋は盲目だな」

 さらっと寒いセリフを吐いた黒龍に困ったような目を向け、夕龍は缶に口をつけた。否定すると余計しつこく食い下がられると学習したのだろう。

 何も言わない夕龍に鼻白んだかのように、黒龍は肩をすくめた。しかし碧龍はまたも身を乗り出す。くわえタバコから、灰がテーブルに落ちた。

「で、実際どうなんだよ」

「……どう、とは」

「トボけなさんな。芙蓉から聞いたぜ」

 一気に目を見開いて、夕龍は息を呑んだ。まさかあの口の軽い芙蓉に、何かもらしてしまったのだろうか。彼女も話しやすいから、つい余計な事まで言ってしまうのは分かる。

 明らかに青ざめる夕龍が、哀れに思えてきた。彼も何を言われても気にしないとはいえ、一方的に責められるような状況は、翠龍にとって見ていて気持ちのいいものではない。

「お前さんも災難だな。主が厳しくてよ」

「そんなことは……」

「なんだ調教済か」

 黒龍はさっきから一言余計だ。彼は好きな割にアルコールに弱いから、もう酔っているのかもしれない。最初の一本以外はチューハイしか飲まないというのに。

「モテねぇからってひがむなよ」

 夕龍が渋い表情で黙り込んでしまったので、代わりに言い返した。ニヤけていた碧龍と黒龍が、一気に真顔に戻る。それから全く同じタイミングで、ひきつった笑みを浮かべた。案外気が合うのではないかと翠龍は思う。

「てめ……ツノの事は言うなって言ってんだろ」

「黒龍よりマシだぜ俺は」

 黒龍は鬼の形相で睨み付けたが、碧龍はもうニヤけていた。彼は他人をからかう時だけやけに生き生きとしている。

 コンプレックスは分かる。分かるが、五龍にとって角はあっても意味のないものだ。気にする理由が、翠龍には分からない。自分が昔から恵まれていたせいかもしれないが。

「っせぇよこのドチビ」

 龍の姿なら一番巨大な碧龍だが、人型になれば龍としては小柄だ。これも気にするまでもないと翠龍は思っていたのだが、本人は気にしているようだった。浮かべていた笑みが、わずかにひきつる。

「いいんだよ芙蓉よりデカけりゃ」

「緋緒とは大して変わんねぇけどな」

「緋緒は関係ねえだろ!」

 珍しく声を荒らげた彼に、翠龍は口角を上げて笑って見せた。はっとして口をつぐんだ碧龍は、軽く舌打ちして目をそらす。

「そんな……気にしなくても」

「るっせえセキ、消火すんぞ」

 ひいと情けない声をもらし、夕龍は身を引いた。彼は身長も角も、この中で一番大きい。即位の際双天へ挨拶しに行った時は、龍女官の視線が痛かったとぼやいていた。

 碧龍をやり込めると、気分がいい。うまそうにキセルを呑み、翠龍は膝に頬杖をつく。

「そんで、そっちこそどうなんだよ」

 見下ろしてくる碧龍の表情は、渋いものだった。それである程度予想して、翠龍は苦笑いする。

「……ま、しょうがねぇよな」

「するならするで、先に言うべき事があるからな」

 タバコに火をつけながら、黒龍は低く呟いた。独り言のような声量が彼の胸中を表しているかのようで、翠龍は何も言えなくなる。

 禁じられた全てには、理由がある。この世の全ては、そうなるべくしてなった。五龍として天に仕える事となった時、翠龍はその全ての理由を伝えられた。

 易々と人間に話してはならない。だからこそ、碧龍はいまだ何も伝えられない。だがこの道を選んだのも彼自身だから、いずれ話すことになるのだろう。

「……なんだって全員、女なんだろうな」

 碧龍の独白に、翠龍は顔をしかめた。

 多分それは、全員が思っていたことだ。全員が薄々感じていて、あえて口に出さなかったこと。

 何も言えないような関係ではない。だが踏み込んではいけない領域は確かに存在していて、皆わきまえている。誰も雪火の名前すら口にしなかったことが、それを全員に確信させただろう。

 数百年の間沈黙を守っていた黒龍が、突然主人を連れてきたこと。五星の前では死にたくなかっただけだろうと冗談にしたが、本当の理由は別のところにあると、龍達は感づいていた。少なくとも雪火を見た時に、皆気付いたはずだ。黒龍は、耐えられなくなったのだと。

 彼が主人を探さなかった理由を知っているからこそ、誰もとがめなかった。今も多分、同じ理由で彼らのことに口を出さないでいる。それは他人が口出しすべき問題ではないと、分かっているからだ。

「それにも意味があるのかねェ」

 気のないそぶりでぼやくと、碧龍はああと答えた。缶の底に残っていたビールを飲み干して、また一本開ける。今日は少し、ペースが早い。

「意味があるから生きてられる。なかったらただのくたばり損ないだろ」

「充分くたばり損なってると思うがな」

 黒龍の深い金の目は、伏せると彼の主人のそれとよく似ている。それ自体でなく、黒い瞳の奥底に潜む、何かが。

「お前さんに言われたかないな」

「ちげぇねぇや」

 目を伏せたまま、黒龍も笑った。夕龍は苦笑いしている。

 みな主人のことで手一杯で他を考える余裕がないから、混ぜ返す。永い命なのに今が全てで、過去を振り返る余裕もない。そんな日々に、翠龍は少しうんざりしている。

「……本部は、灰龍の足取りを追っているのですか?」

 全員の顔から、表情が消えた。静寂が落ちてやっと失言したと気付いたらしく、夕龍は肩をすくめる。彼は空気が読めない。

 キセルをくゆらせながら、翠龍は横目で碧龍を盗み見る。彼は無言のまま、ゆっくりと紫煙を吐き出した。何も言えず、翠龍は缶ビールをあおる。ずっと持っていたせいで、少しぬるくなっていた。

「……ちょっと、真面目に話すか」

 無反応を、碧龍は了承と取ったらしい。タバコの火を消して、ビールの缶を取る。

「本部は捜してる、とは言ってる。だがまあ、それ以前の問題だな」

「捜しようがないからな。下手に追えば殺される」

 そこで、夕龍が小さくうなった。自分の発言が軽率だったと気付いたのだろう。

「そもそもこの件は軍の仕事じゃねえからな。龍関係のことはこっちの管轄だ、何代か前の総帥が変な気利かして協力態勢取っただけで」

「結局怪死したらしいな。元からこっちの仕事だし、そもそも俺らが悪ィんだろ」

「俺らっつーか……まあ、そうだな」

 碧龍は吸いさしのタバコを唇に挟んで、ビールの缶を開けた。

「なんも気付かず、みすみす土星を死なせた。知らなかったじゃ済まされん」

 灰皿の上でタバコを弾こうとした黒龍の指が、わずかに震えた。夕龍にも見えたのか、痛ましげに眉をひそめる。

 実際のところどうして黒龍が主人を探さなかったのかは、誰も知らない。彼が族長に就いた時からの付き合いの碧龍でさえ、知らないのだと言う。知っても仕方ないと、翠龍は考えている。

「いい加減腹くくれ、黒龍。お前さんのせいじゃねえが、星共に何も教えられん以上、責任はこっちにある」

 黒龍は、応えなかった。碧龍は待つでも急かすでもなく、沈黙するに任せる。

 たっぷり三分。息を吐く音すら一瞬止まった時、黒龍は笑った。自嘲するような疲れたような、力ない響きだ。

「主人を護るのが、俺達の仕事じゃないだろう」

 翠龍の背筋が、寒くなった。だから何だと言うのか。分からないから、不気味に感じる。

 しかし碧龍は、鼻で笑った。

「お前さんも自虐的だな」

 混ぜ返すような言葉に、黒龍の顔から表情が消える。図星を突かれたような反応だったが、翠龍には彼らの意図が読めなかった。

 無言のまま夕龍を見ると、目が合った。彼は口を開くでも首をひねるでもなく、困ったように眉尻を下げる。向こうも分からないのだろう。

「……まあいいがな。とにかく、今が時期なのかも知れんぜ」

 言って、碧龍は片側だけ口角を上げた。いつもの腹の立つニヤけた笑みだ。

「どういうこった」

「分かってんだろおっさん」

 彼におっさんと呼ばれるのは、何度聞いても腑に落ちない。顔をしかめて見せると、碧龍は唐突に真顔になった。

「当代五星は異常に強い」

 翠龍は薄々、感じていた。ただ、今だと思いたくなかった。夏休みの宿題を先伸ばしにするのと同じ思考だ。それより遥かに、重い問題ではあるが。

 思わず黙り込んでも、碧龍はとがめない。黒龍は何も言わないし、夕龍はさっきからついて行けていないらしく、困惑したように眉をひそめている。

「今いる五星が全員女なのも、半分以上が鬼子なのも、黒龍が今さら主引っ張ってきたのも、兆候なんだよ。意味のない偶然は重ならん」

「……邪竜が異常発生しているのも、ですか?」

 うなずいて、碧龍はソファーに浅く座り直した。

「間違いなく当代で決着がつく。誰が死んでも、恨みっこなしだ」

 背負った荷は、時が経つにつれて重くなって行った。今碧龍が笑っているのは、解放される事に対しての期待からなのか。それとも、空元気か。

 行方不明の灰龍がどうなっているかなど、もはや自明であろう。彼、もしくは彼女が行方をくらました理由は、翠龍も知っている。それは五龍の責任ではないし、誰のせいでもない。ただ少し、秘密にしすぎただけで。

 それがどれほど、重い罪だったか。

「あっ」

 もくもくと缶を空けていた夕龍が、唐突に声を上げた。何事かと見れば、慌ててネクタイを締め直して立ち上がる。

「なんだよ」

 ハンガーにかけてあったジャケットを取り、夕龍は声をかけた翠龍を振り返る。真剣な面持ちだった。

「主が、呼んでおられるので」

 一瞬、間があった。ややあって、三人同時に笑い声を上げる。碧龍に至ってはのけぞっていた。

「な、なんですか……」

「お前、ホントよくしつけられたなァ」

 えっと呟く夕龍は、困惑しているようだった。笑いすぎて目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、碧龍は虫を払うように手を振る。

「帰れ帰れ、ご主人様待ってんぞ」

「早く帰らないとまた怒鳴られるんじゃないか?」

 何を笑われているのか、夕龍は分かっていないようだった。腕時計を確認し、結局会釈して出て行く。かなり焦っていた。

 主人に遠くから呼ばれたところで、気付く竜は少ない。夕龍のように気付くのは声が聞こえているわけではなく、呼ばれているのが分かるらしい。それがどんな感覚なのか、翠龍には分からない。

 一方主人達は、自分の龍が近くにいると分かるようだ。こちらは波長が合うと気付くらしく、合わないとどんなに長く行動を共にしても分からない事がある。

「入れ込んでるな」

 黒龍は愉快そうに言ったが、翠龍はそれとは違うような気がしていた。そのままの意味で言ったのではないのかもしれないが。

「アイツ、女の主人は緋緒が初めてだからな。そりゃ大事にするだろう」

「今までむさかったもんなァ……火星は」

 感慨深げに呟くと、碧龍が乾いた笑いをもらした。彼は正義感が強い上に血の気の多い火星達とは気が合わず、ずっと衝突していたらしい。先代とも、何度かケンカしているのを見た。

 翠龍の知る中でも、火星は良くも悪くも真面目な者が多かった。先代、緋緒の父親などその最たる例で、不真面目な碧龍を嫌っていたように思う。夕龍がああなるのも分かる。

 そんな男が結婚すると言った時は、全員驚いたものだ。容姿は悪くなかったが頭の堅い人間だったから、嫁など来るはずもないと、全員思っていた。他の火星のように、見合い結婚するのだろうと。そんな男が連れてきた婚約者を見て、更に驚いた。

「奥様はお美しかったんだがな」

 黒龍のぼやきに、翠龍は心の底から同意した。緋緒は、見た目だけなら母親似だ。中身は厳しかった父親にそっくりだが。

 そんな彼女も、緋緒が十にも満たない歳の頃、病死した。あれから火星は碧龍と衝突することがなくなった代わりに、前にも増して寡黙になった。翠龍はそれを痛々しく思ったものだ。

「緋緒はオヤジ似だが、紅はよりによって桜に似やがったな」

 芙蓉の母親の名前だ。彼女が先代水星、碧龍の主で、稀代の変人だった。竜士団の若者があまりに頼りないからと結婚した強者だ。

「紅様のお世話は桜様がしておられたからな。仕方ないんじゃないか?」

「あんなの二人もいちゃたまらんよ。どっかのオッサンが応えてやりゃ、ちょっとはマシになるのにな」

 唐突に振られ、翠龍は思いきり顔をしかめた。碧龍は缶ビール片手にニヤニヤしている。

「よせよ」

「何言ってやがる、実際悪い気しねえんだろ」

 ジジィは勘が鋭くていけない。煙草盆にキセルを置き、翠龍は舌打ちする。

 悪くは思っていない。紅は可愛いし、彼女の言葉に嘘がないのも知っている。つれなくすると切なそうな顔をするのに、胸が痛むこともある。

 だが、翠龍は彼女を幼い頃から知っている。他のように割りきれない。現在の彼女が子供の頃の幼い彼女と重なって、何もかも躊躇している。

「……ガキすぎんだよアイツは」

「お前、本気で言ってるのか?」

 純粋に、驚いたような声だった。見れば、黒龍はバカにするような色もなく、目を円くしている。

「だったらなんだよ」

「お前さんなあ」

 細い眉をゆがめた碧龍も、困惑しているようだった。無理はない。翠龍自身、本気で言っているわけではない。

「アイツがいつもお前の右側にいるの、なんでか知らんのか?」

 そんなことぐらい、知っている。知らないはずがない。だからこそ、翠龍は答えない。

 何も言わないでほしかった。紅もいつかは自分に飽きて、離れて行く。子供が大人になるように。その時が来るのが、怖かった。

 人の心は移ろいやすい。分かっているから、紅の想いに応えられない。どちらが正しいのか、翠龍自身、分からなかった。

「何があっても、自分の利き手が使えるようにだ」

 紅は、大人になってしまった。他の星と同じように、龍を護る盾に。それが翠龍には、苦しかった。

 出来るなら、ずっと守っていてやりたかった。その複雑な感情を自覚して、翠龍はやっと気がつく。碧龍の言う通りだったのだと。

 大事にしよう。ぼんやりと考えながら、翠龍はぬるいビールを飲み干した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ