第二章 少女願望 三
その日は、週に一度の休日だった。休みは交替で取ると決まっているものの、皆暇なようで、毎日詰所にいる。だから雪火も毎日通っていたが、また風邪がぶり返したら困るから休めと、緋緒に言われてしまった。彼女は案外気を遣ってくれる。
久々に、何もない休みだった。柔らかなベッドにはまだ慣れないが、まどろむ時間は何物にも代えがたい。涼しくなって寝るにはいい季節だから、なおさらだ。
無趣味な彼女は、寝ることが趣味と言っても過言ではない。出来ることなら、日がな一日寝ていたい。
うるさい男が、横にいさえしなければ。
「主、いい加減起きませんか?」
ベッドの脇にかがんだ黒龍は、困ったような笑顔で雪火を見つめていた。いつもは三つ揃いのスーツだが、今日は細身のジーンズを穿いている。テーラードも中に着たシャツも、どことなく高そうに見える。
黒龍が突然入ってきてからずっと、膠着状態が続いていた。彼は諦めないし、雪火は一切の反応を示さない。うつぶせの状態で横を向いたまま、目を閉じている。
何かあったら困るから鍵をくれと言われて、素直に渡してしまったのがいけなかった。何もないのに勝手に入ってくるとは、露ほども考えていなかったのだ。全く忌々しい。
大体彼は、何をしに来たのか分からない。他の休みは詰所にも来なかっただろうに、今日はずっとこうして、雪火を起こそうとしていた。迷惑にも程がある。
「主、あんまり寝てばかりいると石になりますよ」
突っ込んだら負けのような気がして、雪火は黙っていた。そもそも口を利く気力もない。とにかく眠いのだ。早く諦めてくれないものだろうか。
普段から眠りが浅い上に低血圧の彼女には、休日に寝溜めする癖がついている。今日ぐらい静かに寝かせてもらえないと、体がもたない。
「石になってそのうちコケが生えますよ。いいんですか?」
何がいいのか、なのか全く分からなかった。バカバカしくなって、雪火は寝返りを打つ。背後で何か言っているが、知ったことではない。
やがて、ため息が聞こえた。やっと諦めたかと胸を撫で下ろしかけた時、頭の横からベッドのきしむ音がする。頭上には、人の気配があった。人ではないのに。
さすがに驚いて目を開け、更に驚いた。目の前に、黒龍の顔がある。ベッドの上に身を乗り出して、壁との間に頭を突っ込んだらしい。こしのある長い黒髪が、ベッドの上でとぐろを巻いていた。
「やっと起きましたか?」
逆さに覗きこんでくる整った笑顔にあきれ果て、寝る気も失せた。深いため息を漏らし、雪火は肘だけ布団から出して彼の胸を押す。
「邪魔」
寝起きでかすれて聞き取りづらい声だったが、黒龍には聞こえたようだった。望む通りになったというのに、渋い顔をしている。
黒龍がしぶしぶベッドから離れるのを見届けてから、一つあくびをもらす。何が悲しくて、休日のこんな早くから起きなければならないのだろう。特に外出する用事もないのに。
「……何時?」
ベッドに手をついてゆっくり起き上がり、そう聞いた。黒龍は慌てた様子で室内を見回してから、革ベルトの腕時計を見る。最初からそっちを見ればいいだろうに。
「その……十一時、二十八分です」
全く早い時間ではなかった。そんなに寝ていたのかと、雪火は内心驚く。
ベッドに座ったまま、また一つあくびしてから見上げると、黒龍は所在なげに視線をさまよわせていた。何を動揺しているのかと怪訝に思いつつ、前髪をかき上げる。
髪を背中へやったところで、シャツの肩が落ちていた事に気付いた。このせいだろうかと、彼女は思う。この程度で動揺するタイプには見えないのだが。
「……主」
「なに」
「そんな格好で寝るからお風邪を召されるのでは?」
雪火には、ワイシャツ一枚で寝る癖がある。これが一番楽なのだ。他人にとやかく言われる筋合いはない。
「嫌なら部屋に来なければいい」
「そういう問題では……」
黒龍は眉をひそめたまま、また視線を流した。誰かに見せるわけでもないのだから、パジャマを着て寝ようが全裸で寝ようが雪火の勝手だ。むしろ来てほしくないから、これに懲りて次がなければいいと思う。
起こされたはいいが、どうするか。とりあえず消耗品は、まだ心配する必要もない。冷蔵庫に食材はあっただろうか。確認して買いに行くべきか。
「……主」
覚醒しきらない頭で考えていると、黒龍が呼んだ。まだいたのかと、雪火はうんざりする。そもそも彼は、何をしに来たのだろう。
「着痩せ、するんですね」
スーツを着込んでいると痩せぎすに見えるが、シャツ越しにうかがえる体は女性らしい曲線を残している。シャツの裾から伸びる足は普通より細くはあったが、太ももの肉感はパンの生地を思わせる。胸も控えめではあるものの、紅よりはマシだろう。
雪火は不快そうに眉をひそめて、ベッドを降りた。そこでやっと気付いたようで、黒龍は部屋を出て行く。
彼は、何をしに来たのだろう。考えながら身支度を整えてダイニングへ行くと、部屋中に甘い香りが漂っていた。朝から胸焼けしそうだ。
「……なに?」
「私服は初めて見ましたね」
「だからなに?」
「思っていたよりお可愛らしくて何よりです」
そんな事は聞いていない。むしろブラウスとジーンズにカーディガンを羽織っただけなのに、何を想像していたのだろう。あまり考えたくない。
少し寝癖の残る髪をシュシュでまとめながら、雪火はダイニングに着く。テーブルには、こがね色のパンケーキが乗っていた。
「お粥のお礼です。どうぞ」
起き抜けにこれかと思ったが、何も言わなかった。せっかくの好意だ。むげにするのも忍びない。
「……いただきます」
たっぷりとシロップのかかったパンケーキを切って、おそるおそる口に運ぶ。ふっくらした生地の感触は心地よかった。
しかし、甘い。こめかみが痛くなるほど甘い。これは間違いなく、生地自体にも粉砂糖が入っている。
自分が甘党に見えたのだろうか。嫌いではないものの、ここまで甘いと胸焼けがする。隣に置かれていた紅茶を口に含むと、これも甘かった。雪火は泣きたくなる。
もしや嫌がらせかと思ったが、正面を見れば、黒龍はうまそうにパンケーキを食っていた。雪火はそれで納得する。
「……甘党?」
視線を上げた彼は、口を動かしながらうなずいて微笑んだ。笑顔が忌々しい。
「お嫌いですか?」
「甘すぎる」
「よく言われます」
やっぱり嫌がらせか。眉間にシワを寄せつつも、まだ温かいパンケーキを口に詰め込む。舌が痺れてきた。
斜に構えた態度を取るから、彼はこういうものは好かないと思っていた。人は見かけによらないものだ。人ではないが。
やっとの思いで食べ終わって息をつき、ふと視線を上げる。テーブルに頬杖をついた黒龍は、わずかに笑みを浮かべて雪火を見ていた。
「全部食べるんですね」
言われて、はっとした。
別に残しても良かったのだ。律儀に全部食べる必要はなかった。むしろ、嫌々食べる方が失礼だったろうに。
思えば誰かに食事を作ってもらうのは、初めてだった。芙蓉が昼食は当番制だと言っていた割に皆すぐ仕事に出てしまうから、機会もなかった。だから。
だから、なんだったのだろう。
「お粗末さまでした」
黙りこむ雪火の前から皿を取り、黒龍は立ち上がった。片付けてくれるようで、そのままキッチンへ行ってしまう。何がしたいのだか全く分からない。
座ったままカウンターを見上げると、皿を洗う黒龍が見えた。彼に名前はないのだろうかと考えて、ふと思い出す。
「ごちそうさま」
たぶん、初めて個人に対して口にした言葉だった。黒龍は顔こそ向けなかったものの、口元に笑みを浮かべる。
「次は甘くないのを作ります」
次があるのだろうか。考えながら、雪火は立ち上がる。せっかく起きたから、掃除でもしておこう。
しかし物入れを開けたところで、あ、という声に止められた。何かと振り返ると、黒龍は手を拭きながら満面の笑みを浮かべている。嫌な予感がした。
「出掛けましょう。買い物に」
何故。
雪火は、彼は本当に嫌がらせをしに来たのではないかと疑った。しかしよく考えてみたら、黒龍は雪火が外出を嫌うことなど知っているはずもない。それにしても、何故。
「……何故?」
結局、疑問をそのまま口にした。黒龍は笑みを崩すこともない。うさんくさい男だ。
「天気がいいので」
尚更わからなかった。おまえは老人かと言おうとしたが、そういえば彼は何百年と生きているのだった。
老人は分からない。そもそも雪火は老人が苦手だ。分かりたくもなかった。
「何故私と?」
「私と出かけるのは、お嫌ですか?」
そう問い返されてしまうと、雪火は答えられなかった。
黒龍と出かけるのが嫌なわけではない。出かけること自体が面倒なだけだ。しかも彼は目立つだろう。外国と違って長髪の男は珍しくもないが、彼の容姿は嫌でも目につく。
目立つのは好かない。他人の視線にさらされるのが嫌だから、雪火は逐一竜で移動していたほどなのだ。
「おまえは何がしたいの」
「主と外出したいだけです」
「いつもしてる」
「仕事と今は違います。お嫌ですか?」
重ねて問われ、雪火は諦めた。ため息をつくと、黒龍は笑みを深くして玄関へ向かう。
黒龍の車で、十分ほど。あのマンションは近くにスーパーがないから、日用品の買い出しをするにもいちいち繁華街へ出なければならない。雪火は車の免許を持っていないから、足があるのはありがたい。
しかしこれから先ずっと彼と出かけなければならないと思うと、憂鬱だった。今のうちに買い込んでおこうと思っても、生鮮品はそうも行かない。冷凍しておくにも限度がある。
「さすがに空いていますね」
世間的には平日の昼間なのだから、当たり前だ。大通りを悠々と進む黒龍とは対照的に、雪火の足取りは重かった。
何が悲しくて、こんな目立つ男と連れ立って行かなければならないのか。すれ違う女性達の、好奇の目線が痛い。欲しいならいっそ、持って行ってほしい。早く帰りたかった。
「主、どこに行きますか?」
先を歩きつつ振り返って笑顔で問いかけてくる彼は、どこから出してきたのか中折れを被って中に髪を隠していた。身に付けた高そうなシルバーのアクセサリーといい、キザな男だ。似合うからまたうんざりする。
「大声で主と呼ばないで」
「雪火様と?」
「そっちの方が変」
どこへ行くか。考えて、雪火は眉間にシワを寄せる。この辺りのことは、よく知らないのだ。
黒龍の後ろを歩きながら、彼女は途方に暮れて見上げる。彼はまだ、視線を落としていた。
「この辺りのこと、知らない」
「そうだろうと思いました」
分かっているなら聞くなと言いたくなったが、驚いてやめた。目の前に、手が差し出されたためだ。
「案内します。どちらへ?」
大きな手をしかめっ面で見つめたまま、雪火は黙りこむ。取れと言うのだろう。しかし断じてそんなことはしたくない。これ以上悪目立ちするのはごめんだ。
しばし悩んで見上げると、黒龍はやっぱり微笑んでいた。一体何がそんなに楽しいのか。
「こめ」
黒龍の顔から、笑みが消えた。目を丸くする彼に、雪火は重ねて言う。
「お米。ないの」
なくはなかったが、今を逃したら買えなくなりそうな気がした。黒龍はしばらく固まった後、ああ、と呟く。
「……いきなり米ですか」
「なに」
「重いものは普通、最後に買いませんか?」
「買ったら帰る」
大きなため息をつき、黒龍は肩を落とした。何を期待していたのだろう。彼が何を期待していたとしても、雪火には関係ない。
「ここまでして靡かないのはあなたが初めてですよ……」
ぼそりと呟かれた言葉に目を細くし、雪火は立ち止まった。
「なに?」
その時見下ろしてきた目は、少し笑っていた。雪火は益々眉間にシワを寄せ、睨むような視線を向ける。
「何も」
「私はおまえに興味がない」
淡々と言い放つ彼女に、さすがの黒龍も笑みを消した。
言うつもりはなかった。なかったが、こればかりは黙っていられない。彼が問題を起こしたら、主人である雪火の責任になるのだ。
「おまえが私をからかいたいのなら、好きにすればいい。でも他人に迷惑はかけないで」
「……何を」
「おまえの不始末は私の責任になる」
黒龍の顔からはもう、笑みが消えていた。凍りついたように動かないまま、目を見張っている。
予想していなかったのだろう。今まで主がいなかったと聞くが、その前からこんな調子だったのだろうか。だとしたら、何も言われなかったのだろうか。
「……申し訳ありません、主」
目礼して、彼はそう呟いた。うなずいて、雪火は視線を流す。人通りが少なくて良かったと思う。
「こめ」
しかし、早く帰りたいのには変わりない。視線をそらしたまま一言だけ言うと、黒龍は困ったような顔をした。雪火は基本的に、単語以上は喋らない。
もう観念したのか反省したのか、黒龍は素直に歩き始めた。雪火は黙ってその背を追う。
寄り道することもなく、黒龍はデパートの地下街へ入った。ここも、主婦が買い物に来る時間帯から外れているせいか、思ったより人が少ない。
「欲しいものは、ないんですか?」
夕飯のメニューを考えながら生鮮品を物色していると、唐突に聞かれた。何のことかと見上げると、彼は微苦笑を浮かべている。
「他に、買いたいものは?」
「ない」
「服とか、いいんですか」
「まだ着られる。いい」
あっても、どうせ着る機会はない。仕事しているか、寝ているかしかないのだから。
黒龍が、ため息をついたような気がした。雪火は気付かなかったふりをして、刺身のパックを籠に入れる。食肉の方は、さすがに見るのはやめた。
この島には、竜以外人が食える肉がない。加工業者は、竜士団から払い下げられた、老いて働けなくなった竜を世話して、死んでから食肉にする。ペットとして飼われていた竜も、同じく。
諸外国との貿易が始まった頃、もちろん動物の輸出入も行われた。だが、ペットや畜産用にと連れて来られた動物達はみな、一ヶ月で死んだという。人間は、もって一年。理由は誰も知らない。隠されているだけではないかと、雪火は疑っている。
渡り鳥も虫も、この島だけは避けて通る。双天が意図的に殺害しているのではないかとも言われているが、天龍はともかく天王は人間だ。無茶な話だろう。だが双天の管理下にない海には魚がいるから、天龍は疑って間違いなさそうだ。
だからこの島の地上において、殺生は大罪だ。妖は見つけ次第通報か処理が義務付けられているものの、他には人と竜しかいない。自然とそうなるだろう。
「私は竜も食べますよ」
食肉売場を通り過ぎようとすると、黒龍はそう言った。共食いにはならないのだろうか。そもそも龍は竜と別の生き物だから、ためらうこともないのかもしれない。
少し悩んで、結局売り場へ入った。壁際のショーケースに赤身の肉が陳列され、等間隔に並んだケースには、冷凍された輸入肉が入っている。
輸入肉も一昔前までは貴重品だったというが、今では竜肉より安価になってしまった。輸送技術が発達したせいもあるが、単純に、売れないのだ。結局、竜の方がこの島の人の口には合う。まずいものを高い金を出して買うような物好きはいない。
「主は何がお好きですか?」
「おまえは肉じゃが?」
黒龍は一気に目を見開いて、驚愕を示した。雪火は鼻で笑う。
「甘いのがいいんでしょう」
「恐れ入りました」
話しながら、雪火はこま肉の前を通りすぎた。肉じゃがを作る気はない。黒龍ががっくりと肩を落としたのは、見ないふりをした。そして彼はふと、視線を流す。
つられてそちらを向くと、十二三歳の少年がいた。見る限り周囲に親らしき人がいないから、一人でお使いだろうか。黒龍が何故反応したのか疑問だった。
それにしても。
無作法を承知で、雪火は少年をまじまじと見る。彼の顔は、見たことがあるような気がした。子供特有の細い手足と、病的なまでに白い肌。それから、あの顔。
――あの、顔。
「雪火ちゃん?」
呼ばれて、はっとした。目を円くしたまま見れば、少年は雪火に駆け寄ってくる。まだあどけない笑顔に、胸が詰まる。
「……辰輝」
幼い頃の雪火の、唯一の友達。たぶん、向こうにとってもそうだった。
はにかんだ笑顔が懐かしくて、雪火は思わず笑みをこぼした。よくよく見れば、彼の表情は記憶の中のそれより大人びている。
「雪火ちゃん、この辺にいたの? 元気だった?」
明るいが覇気のない細い声は、彼の病気が完治していないことを示していた。それがどうにも、雪火の胸を痛くさせる。
「うん……元気」
大きな目で見上げてくる彼の笑顔は、昔と変わらない。何やかやとやかましいのも、好きだった。今芙蓉や紅といてうるさいのが嫌でないのは、彼のおかげかもしれない。
彼の家は母子家庭で、母親が忙しい人だったらしく、めったに姿を見ることがなかった。本当は家の中にいなければいけなかったらしいが、小さな子供が聞くはずもない。よほど具合が悪そうな時以外は、二人でこっそり抜け出していた。
出会いがいつだったかは、もう覚えていない。お互い下の名前しか知らない。子供とはそういうものなのだと、今は分かる。
「もう竜士になった?」
「……うん」
うなずくと、彼は嬉しそうに破顔した。それから、今気付いたとでも言うように黒龍を見上げる。
「だれ?」
どう答えるか、雪火は迷った。正直に言うのは、たとえ子供でもよくない。ともすれば言い触らされる可能性もある。
でも、辰輝に嘘はつきたくない。考えあぐねて黒龍を見上げると、彼は厳しい表情を浮かべていた。
違和感を覚えて、雪火は眉をひそめる。黒龍はそこでやっと彼女が見ていることに気付いたのか、辰輝を見下ろして微笑んだ。いつもより、硬い笑みだ。
「知り合いです。偶然お会いして」
「そうなの? お兄さんかと思った」
全く似ていないのに、何故そう思ったのか。怪訝に首をひねると同時、辰輝は突然きょろきょろと辺りを見回す。それから、困ったように薄い眉をひそめた。
「いかなきゃ。雪火ちゃん、また遊ぼうね」
「え……うん」
どこにとは、聞けなかった。辰輝は背を向けて走り出し、すぐに見えなくなる。
ここで何をしていたのだろう。それより、彼は外出して大丈夫なのだろうか。過ごしやすい季節とはいえ、病気の身であまり遠出するのはよくない。
「主」
呼ばれて見上げると、黒龍は渋い表情を浮かべていた。さっきから、何事だろう。子供と話すぐらい、五星でも許されるはずだ。
「人が増える前に、行きましょう」
彼の態度に違和感はあったが、素直にうなずいた。雪火も人の多いところは好きではない。
その日は本当に食料品だけ買って、早々に帰宅した。数年ぶりに会った少年の姿に、引っ掛かりを覚えながら。