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勇者、魔王に恋をする

【Side:勇者】


 彼女が言った言葉は、俺が期待していたものとは全く違った。

 

 男としての自信、彼女への下心がガラガラと崩れる音を聞くその裏で、俺は妙に冷静に考えていた。

 

 そうだ。俺は、ずっと思っていた。勇者なんて俺に勤まるわけがない。無理な期待を寄せるな。見てればわかるだろう、俺はそんなに強い人間か?魔族に、魔王に勝てる可能性があるように見えるのか?今までは何とかやってこれたが、これからもやれる限りは頑張るが、その期待に何時までも応えられるわけがない。いつか、彼女が今言ったような事を言われる日が来るのだと、ずっと考え、不安で、苛ついていた。

 

 そして一度期待を裏切れば、後は期待された分だけひたすらにこき下ろされ、今まで頑張ってきたことも死にそうになって魔物を倒したことも、俺の人格だって何だって全て、否定されると、そう思っていた。

 

 だから、彼女の次の言葉を聞いた時、驚いた。

 

「…でもね。これって八つ当たりだってわかってるから。勝手に期待して、それが外れたからって怒るのはおかしいわよね、わかってる。もとはといえば、悪いのは勇者じゃないんだし」


「勇者だって苦労してるのよね…。魔物一匹倒すのも、そんなに簡単なことじゃなかったと思う。周りの人と協力して、やっとのことで倒して、もし魔族なんて現れた日には多分相当手こずるんじゃないのかしら?」


「というか、勇者がやらなきゃならないなんて誰がきめたっていうの!魔物退治なんて、そんな旅なんてやめちゃえばいいのよ」


「あ、でも今まで魔物を方つけてくれたことは素直にありがとうと言うべきかしらね。だって、放っておいたら大変なことになっただろうし」




 当たり前に勇者をやれるのではないんだと。苦労することも、もしかしたら負けることだってあるんだと。そして敵わないことがあるなら逃げてもいいのだと。

 

 そして、最後にありがとうと。

 

 そう、彼女は言った。

 

 

 

 人の言葉に、こんなにも心震わす日が来るとは思ってもいなかった。それも、今日初めて会う女の言葉に。

 

 勇者を始めてから長い事心に巣食っていた不安や苛立ちがなくなっている事に気付き、初めて俺は理解した。

 

 俺はずっと、俺の弱さを認めてくれる存在が欲しかったんだ。

 

 強い、何者にも打ち勝てる勇者像を皆が語る裏で、その勇者という役目を負う俺が、一人空きする勇者像に追い付けないことを誰かに認めて欲しかった。


 旅で出会うすべての人が、勇者に期待を寄せる。旅の仲間でさえもそうだった。そして、そんな人たちは皆きらきらした瞳で理想を、期待を語る。その瞳をみると、どうしても言えなかった。


 確かに普通の人より戦える。一緒に旅をする仲間達よりも、強い。でも、それはどこまで通用する強さなのか。先の見えない旅とまだまだ未知数な魔族の存在を前に、どこまでいける強さなのか。魔王と呼ばれる存在を倒せるほど強いのか?

 

 ―――言えるわけない、そんな不安な思いなど。

 

 

 

 その思いを。

 

 彼女が、彼女だけが見抜き、掬い上げてくれた。

 

 

 

「…ありがとう」

 

 気づけば感謝の言葉がつぶやきのように口から出ていた。

 

「え?」

「いや、なんでもない」


 どうやら彼女には聞こえていたなかったみたいだが、なんとなく言い直すことはできず、ごまかした。


「そう?ごめんね、好き勝手いって」

「いい。いいんだ」


 彼女と会えて、話ができてよかった。

 

 彼女は逃げてもいいとも言ってくれた。でも、俺は逃げる気はない。いつか皆の期待に応えられなくなる日が来るかもしれないとやはり考えるが、さっきまでの不安や苛立ちは感じなかった。

 

 ルトを見る。俺の弱さを認めてくれた女。

 

 最初は瞳に射抜かれた。そして笑顔や仕草、身体に惑わされ、最後は言葉に、彼女の心に救われた。


 たくさんの女と出会った。

 たくさんの女に惚れられ、たくさんの女とやった。

 

 こんなこと、今まで一度もなかった。


 どうやら俺は、この目の前の女に特別な感情を抱いてしまったらしい。

 

 ちくしょう。こんなことになるなんて城を出た時は思ってみなかった。

 

 だが、この感じは決して不快じゃない。

 

 ルトを視界に収めているだけで、どうしてか気分がよくなる。面白くもないのに口の端がつり上がりそうになる。さっきまでは美人だと思っていたルトが、もっと美人に、可愛く見えてくる。

 

 ああ、恋というのも、悪くない。

 

 この、勇者である俺の弱さを認める可愛い女を、自分のものにできればどんなに素晴らしいだろう。俺と同じ思いをもって俺を見つめ、抱きしめあい、口付を交わし、身体を重ねられたら、それはどんなに―――

 

「あーあ、勇者もファールみたいな人だったよかったのに」


 …。

 

 ………。

 

 ん?

 

「え?」


 なんだ。いま、なんか変なことを言われたきがするが。え?

 

「あ、言ってなかったわよね。私、勇者に用事があって、会おうと思ってるんだけど。顔はいいらしいけどとにかく女癖が悪いって聞いて、あんまり会いたくないのよね。勇者一行って勇者を好きな女の人ばっかりらしいじゃない。それだけでも『げ、ハーレム作るような男?』って思うのに、それに飽き足らず女とみれば見境なく手をだすんでしょう?ちょっと人としてどうかと思うわよねー。あーあ、会いたくないなー。会いに行きたくないよう。でも行かなきゃなー」


 ………………はい?

 

「あの、ルトさん」

「なに、改まって」

「つかぬ事を聞きますが、ルトさんは勇者の顔って…」

「ああ、知らないのよ。だから探しようがなくって。多分城にいると思うんだけど、どうやって接触すればいいのかわからないの。で、とりあえず誰かから話を聞こうと思ったらファールと目が合ってね。あの時声を掛けたのがファールで良かった。紳士的だし、疲れてる私に気遣ってこんな素敵な宿まで案内してくれるし、ほんとファールはいい人よね!」


 人の言葉に、こんなにも心震わす日が来るとは思ってもいなかった。それも、今日初めて会う女の言葉に。

 

 つい、ほんのついさっき思ったことを、まさかこんなすぐに思うことになろうとは。しかもそっきとは全く異なる心の震えだ。

 

 

 

 結局、俺は恋に落ちたと理解した次の瞬間に、それが勘違いから始まったものだと頭で理解した。彼女の言葉は見知らぬ勇者に向けられた言葉であり、目の前にいた俺に向けたものではなかったと。

 恥ずかしい。心底恥ずかしい。心を見抜かれたとか思った自分が本当に恥ずかしい。

 

 しかし。

 

 誤解が元で始まった恋心のはずが、それが誤解と分かった後も『会いたい』という思いはなぜか消えなかった。ルトの顔を見ていると、むしろその想いは大きくなる一方で。

 

 だから、その場でまた会いたいといった。そうすると、ルトも同じことを思っていたと笑ってくれた。その笑顔に、衝動的に恋心を口にしようとしたその時。

 

 魔物出現の呼び出しがかかった。

 

 なんなんだ、あのタイミングのよさは!

 

 まあ勇者としての決意も新たにした直後だったので、その場は慌ただしくルトと別れた。しかしその後、なかなかルトに会えなかったため(どうやら結構な回数すれ違いがあったらしい)、その時の呼び出しを掛けた神に盛大に恨み言をいったのはいい思い出だ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 後々考えた結果、結局俺は初めてルトに会ったあの時、ルトの青い瞳に貫かれた時に、すでに恋をしていたんじゃないかと思う。その恋心が加速するのがあのルトの言葉だっただけで、それが誤解だとわかったからって恋心自体がなくなるわけがない。そう、思った。

 

 その証拠に、次に会うまでの間ルトの事を忘れたことはなかったし、日ごと想いが募っていった。

 

 嬉しいことにそれはルトも同じだったらしく、次に会った時にめでたく俺とルトは恋人同士になることができた。

 

 その後の幸せながらも一向に進展しない俺たちの関係にヤキモキするのは、また別の話だ。

ありがとうございました。

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