魔王、勇者に恋をする
【Side:魔王】
「…でもね。これって八つ当たりだってわかってるから」
八つ当たりなのだ、勇者への暴言は。
「…勝手に期待して、それが外れたからって怒るのはおかしいわよね、わかってる。もとはといえば、悪いのは勇者じゃないんだし」
そう。そうなのだ。思わず勇者への不満を言ってしまったが、もともと私に勇者を責める資格なんてないのだ。
元凶は悲しいことに自分の父だから。…どの口が勇者に八つ当たりできるというのか。
「勇者だって苦労してるのよね…。魔物一匹倒すのも、そんなに簡単なことじゃなかったと思う。周りの人と協力して、やっとのことで倒して、もし魔族なんて現れた日には多分相当手こずるんじゃないのかしら?」
まあ人界に手出しするような魔族、お父様以外にいないと思うけど。…いないわよね?
『お父様の直属の配下魔族ならありうる』という冷静な声は聴かなかったことにする!
「というか」
いっそ、そんな傭兵の人の手を借りるくらいてこずって私のお礼範囲を広めるくらいなら。
「勇者がやらなきゃならないなんて誰がきめたっていうの!魔物退治なんて、そんな旅なんてやめちゃえばいいのよ」
私に任せてくれれば、一瞬で、誰の手を煩わすことなく終わらせたのに!
「あ、でも今まで魔物を方つけてくれたことは素直にありがとうと言うべきかしらね。だって、放っておいたら大変なことになっただろうし」
やっぱり全員は無理でも、せめて勇者にはお礼を言うべき、ね。
「…ありがとう」
「え?」
一方的にまくしたてる私に話を根気強く聞いてくれていたファールが、何かつぶやいたけど、聞こえなかった。
「いや、なんでもない」
「そう?ごめんね、好き勝手いって」
「いい。いいんだ」
ファール…やっぱりいい人。
「あーあ、勇者もファールみたいな人だったよかったのに」
「…え?」
「あ、言ってなかったわよね。私、勇者に用事があって、会おうと思ってるんだけど。顔はいいらしいけどとにかく女癖が悪いって聞いて、あんまり会いたくないのよね。勇者一行って勇者を好きな女の人ばっかりらしいじゃない。それだけでも『げ、ハーレム作るような男?』って思うのに、それに飽き足らず女とみれば見境なく手をだすんでしょう?ちょっと人としてどうかと思うわよねー。あーあ、会いたくないなー。会いに行きたくないよう。でも行かなきゃなー」
先ほどまでの勢いそのままに、勇者への愚痴をまた言ってしまった。でもこれは魔物討伐とは関係ない、れっきとした事実らしいからいいわよね?
「あの、ルトさん」
「なに、改まって」
心なしか、ファールの顔が青い気がする。体調がわるくなったのかしら。
「つかぬ事を聞きますが、ルトさんは勇者の顔って…」
「ああ、知らないのよ。だから探しようがなくって。多分城にいると思うんだけど、どうやって接触すればいいのかわからないの。で、とりあえず誰かから話を聞こうと思ったらファールと目が合ってね」
「あの時声を掛けたのがファールで良かった。紳士的だし、疲れてる私に気遣ってこんな素敵な宿まで案内してくれるし、ほんとファールはいい人よね!」
ほんとうにいい人。それに、私を女の子扱いしてくれた。
こんな人、魔界にはいなかったな。
魔界の魔族は皆、私より弱い。そりゃそうよね、だって私魔王だし。昔は父さんだけが例外だったけど、それも今では私の方が強いし。
そのせいか、皆が私に言うのは「強いですね」「姐さんってよんでいいですか!」「むしろ兄貴でお願いします!」とかそんなのばっかり。
わかるってるのよ、魔界では実力主義だもの。見た目の可愛らしさより、いかに強いかっていうこの方が評価されるってことは。でも、私だって女の子よ。男のひとに可愛いね、綺麗だねって言われたいって思う事もあるのよ。でも、魔界でそれを言ってくれるのは父さんだけ。
だから、最初にファールが「綺麗なお嬢さん」って言ってくれた時、顔には出さなかったけど本当はすごくうれしかった。それから、「美人だな」って言ってくれた時も。
しかも、ファールってかっこいいし。腕もたちそうだし。
あー…なんかだか、顔がほてってきた。何かしらこれは。急にファールを見るのが、いやファールに見られるのが恥ずかしくなってきた。でも見たい。なにこれ、なにこれ!
「あ、あの、ファール」
「ごめん…ちょっと、体調が悪いから帰るわ」
「え?!あ…そうね。顔色、悪いもの。…そうした方がいいわ」
本当は、まだ彼と一緒にいたい。もっといろんなことを話したい。
「「あの」」
ファールと声がかぶる。
「ファールからどうぞ」
「じゃあ…。あのさ、ルト」
ファールが私の瞳をじっとみつめる。わたしも、ファールの瞳から目をそらさない。
「また、会えないか?」
…嘘。
「私、も、そう言おうと思ってた!」
「そっか。よかった」
「あの、私しばらくこの宿にいると思うから、またここで会えたらうれしい」
私の言葉をうけてわかったと笑うファートは、本当にかっこよくて素敵で。
「あのさ、ルト。俺、ルトのこと―――」
―――リンリンリンリン!
―――ジリリリリリリリ!
その時。ファールとルト、それぞれの頭のなかである音が盛大に鳴り響いた。
ファールのそれは、魔物が出現した際にそれを探知した神の意志によりもたらされる音。
そしてルトのそれは…
『ちょっと、なに?なにがあったの?!』
それは、魔界においてきた部下からの、緊急通話魔術の発信を告げる音であった。
たとえ人界にいても逃れられないそれは、歴代魔王に課された異世界版携帯のようなもので、魔王の席を継いだ時に緊急通話魔術を受信する術式を埋め込まれる。勿論その発信魔術は限られたものしかしらないし、どうでもいいことで魔術を発動させれば魔王じきじきにそれはきついお仕置きが待っている。
それだけに、ルトの緊張は一気に高まった。
『すみませんすみませんすみません…!』
『謝るのはいいから、なにがあったのか言いなさい!』
『ロキ様が…!』
ああ、ファールへの不思議な気持ちのせいで忘れていた。その存在を。
『父さんが、何って…?」』
『あの、どうしても制止できなくて…』
『いいから言いなさい!』
『ひぃ!すみません!ロキ様が、またしても人界に魔物を送りこまれました!』
そうだ。自分は感情のまま魔界を飛び出してきた。あの父を、野放しにして。
私と言う楔が無い今、あの父が大人しくしているだろうか?いや、そんなことはありえない。
だめ、だめよスルトヘル。ここで恨むのは懸命に父を止めたであろう部下じゃないわ。
恨むならこの事態を想定できなかった、自分を恨みなさい!
『………わかったわ。今から魔界に戻るから、せめて馬鹿父を城から出さないで。わかった?』
『わかりました…あぁっ!ロキ様おやめになってくださいぃぃ!』
はぁぁぁぁぁぁぁ…
深い、深い息を一つ吐き、言う。
「ごめんファート。本当にごめん。すっかり忘れていたんだけど、私行かなきゃならない所があったの。今すぐに。本当にごめんなさい。あ、何か言いかけてた?」
「え?あ!いや、いい!なんでもない。ルトも忙しそうだし、俺も…帰らなきゃだし。また次に会った時に言うから」
「わかった。また、必ず会おうね!」
「ああ!」
バタバタと、なにやら急ぎの様子で部屋の扉を開き、それでも最後にファールは振り返って笑った。
「またな、ルト!」
「うん、ファール!」
◇ ◇ ◇
ファールと別れた直後。
速攻で魔界に帰り、父をしばき倒し、説教をし、そうこうしている間に人界に放たれた魔物はまたしても勇者に倒されていた。この時の怒りについて多くは語らない。あの父に百発以上叩き込んだとだけ言っておく。
すぐにでもファールに会いに行きたかったが、同じことを繰り返すまいとお仕置き部屋強化版を作成し父をそこに閉じ込めるまで結構な時間がかかった。そうしておかないと、落ち着いて人界に行くことなどできないと悟ったのだ。
そうして再びファールに会ったとき、なんと彼から恋心を告げられ、そこでようやく彼に恋をしていることに気付き、晴れて恋人同士になった。
魔王と人間。寿命も違えば力も違う。ついでに実は歳の差も激しい。しかしこの恋を諦めるつもりは全くない。
閉じ込めては抜け出してくる父のせいで、幸せながらも一向に進展しない私たちの関係にヤキモキするのは、また別の話。