勇者、魔王と話す
【Side:勇者】
『勇者について知りたい』
そう言った彼女を、常宿に連れ込んだ。
ソウイウ目的でよく利用するこの宿は、そこそこ値が張るだけあって使い心地が非常にいい。寝台は柔らかいし各部屋に浴室がついている。壁が厚いので声が漏れる心配もないし、頼めば汚れた衣類の洗濯・乾燥もしてくれる。なにより、ここの宿の奴らは口が堅い。
ひとつ前にいた国で利用したとある宿では、俺が誰を連れ込んだなんて私事もいいとこな情報を吹聴する奴がいたため、それまでは一般にあまり知られていなかった俺の女癖の悪さが一気に広まってしまった。勿論その宿は二度と利用しなかった。
この宿ではそういった心配をしなくてもいい。もともとある程度金や地位のある奴らがお忍びで使う事の多いらしく、入り口は大通りから少し外れた裏通りにあり、この宿に入ったことも知られにくい。
そんなわけで余計な配慮はせずに宿に行き、彼女を伴って見知った男の立つ受付に行く。ここの主人である男に、いつもの部屋を一泊、と伝え宿代を渡そうとした、のだが。
「ねえ、ねえ!私が出すから!」
驚いた。こういう時に女が払いたい、という事は今までなかったし、女に出させるなんて考えたこともなかった。というか、男の面子とか、宿屋の主人の視線とかがヒジョーに気になるんだが。
と、一瞬固まっている隙に支払をされてしまった。ここでやっぱり俺が出すといって受付前でごたごたするのもどうかと思い、とりあえず受付を済ませ部屋に行くことにする。金は後で渡すことにしよう。…2階にある部屋に向かって階段を上る俺の背中には、やはり主人の生温い視線が突き刺さっていた。
「誘ってくれてありがと」
部屋に入るなり軽く中を見回し、ベッドに腰掛けた彼女が言う。
どうやらこういう事に慣れていないらしい彼女は緊張しているようだ。警戒心を持たれないよう、正面に立つのではなく彼女の隣に座る。緊張をほぐすため、軽口をたたくと彼女の雰囲気も少しは緩んだようだった。とはいえまだ固い空気は残っているし、いきなり始めよう、というのではいくらなんでも情緒がない。
とりあえず世間話でも、と思い、そういえば彼女の名前を知らないことに気付き尋ねた。
彼女はルトというらしい。家名がないという事は庶民の出なのか、通称なのか。ルトの物腰を見る限り、それなりの教育を受けているんじゃないかと思ったのだが、何か事情があるのかもしれない。まあ短い付き合いだ、追及はしない。
俺も名を名乗ろうかと思ったが、今更俺の名前を知らない奴もいないだろう。こういう、身体を重ねるときによく女が呼んでいる呼び名をいくつか伝える。
「ここであファヴかファールとでも呼んでくれ」
「ファール、ね。よろしく」
「っ!」
笑顔で手を差し出すルト。
初めてみる笑顔に、胸がざわつく。細められた青い瞳から、どうしか目が離せない。差し出された手を握らなければと思うのに、動けない。手を伸ばせば最後、それは彼女の手ではなく薄い肩に向かい彼女を寝台に押しつけ、もう片方の手で彼女のローブの中に侵入して肌を撫で回し、突然の事に驚く彼女の唇を―――…
「う、うふふふっ、ファール、どうかしたかしら?」
「あ、いや、別にっ!」
あっぶねぇ…
今思考が妄想の海に潜っていた。本人を目の前にして、しかもこれからそういう事をするという前提でここにいるのに妄想。
…もしかして、俺って今かなり欲求不満なのか?いや、そうに違いない。やけにルトの仕草に目が行くのも、笑顔で妄想するのも、自分から情緒だの世間話だのと言いながら、今この瞬間にでも押し倒してその身体に沈めたい、という考えが止まないのも。
落ち着けー、俺。いつものペースを乱すな!
「えーっと、ルトはこの辺に住んでんの?俺結構この街来て結構たつけど初めてルトに会うよな。ルトみたいな美人、そうそう見逃すはずもないと思うんだけど」
軽口と、笑顔。そうそう、これがいつもの俺…
「あの、私は今日ここに来たの。勇者さんに会いたくて」
俺に会いたかった。そういってまた笑うルトに、立て直したと思った思考がまたも妄想の海にもぐ…ってたまるか!
「それは嬉しいな!」
これまで乗り換えた数々の修羅場を思いだし、平静を保つ。こんなことで何だが、勇者をやってて良かったと久々に思った。
「ファールは、流しの傭兵みたいなもの?この街にきて、ってことは前は別の街にいたのよね」
おぉ…自分で言うのもなんだが、各国で褒め称えられる勇者を傭兵に例えるとは。ルトはなかなかに面白い感性を持っているらしい。まあ、俺だって勇者が貴職だとは思ってないが。
「流しの傭兵か…。まあ、そんなようなもんかな、実際。魔物の出る国に呼ばれて行って、しばらくはそこに滞在して、ついでに金ももらうから」
「えっ?!」
「ん?」
「あっ、いや、なんでもない、わ」
なぜか驚くルト。もしかして、勇者が国から金を貰っていることを知らなかったとか?確かにこれまでの国でも、俺たち勇者一行が無償で働いてると思っている奴らはいた。しかし考えてみてほしい。魔物が地方に出れば馬車を借りる。行った先に宿があれば体調を整えるに越したことはないので部屋を取る(しかも男部屋と女部屋、二部屋だ)。戦闘の結果装備に傷があれば修理にだしたり、新調することもある。何かと消耗品も使う。
つまり、金がかかるのだ。そしてその金を稼ぐまとまった時間もない。なんせいつ魔物や魔族が現れるのかわからないのだ。しかし、金が無ければ物理的に旅ができなくなる。だから最初の国、つまり俺の出身国で王に賃金交渉した。その結果、必要経費を前払いで、魔物を倒したことへの報酬を後払いで頂くことになった。ちなみにこの事は最初の国の王から各国の王に知らせてもらった。まあもともと勇者に好意的な人たちだ。こんな取決めしなくても金をくれと言えばくれそうな気はするが、見返りを求められても面倒なので決まりを作った訳だ。
しかしそんな懐事情を察してくれない一般市民の中には、勇者一行は清く正しい慈善集団だと思っている奴らが結構な数でいる。そういう奴らは、俺たちが金を貰っていることを知ると一様に裏切られたような顔をして、『夢を壊された!』と言わんばかりの目を向けてくるのだが。
ルトもそのくちなのだろうか。
俺に過剰な勇者像を重ねる奴ら。自分の想像した、清く、正しく、――強い、勇者。
難なく魔物を倒し、いずれは必ず魔王を倒す勇者像。
俺のことなど何も知らないくせに。
実際は魔王どころか魔族すら倒せない。
魔界に行けるかもわからない。
世界の希望になんてなる自信もなく俺に。
かけられた期待が重くて、不安で、イラつく、こんな俺に、それでも理想の勇者像を重ねる奴らと。
ルトは同じなのか?
…そうであってほしくないと、思った。
ルトには勇者ではなく、俺を見てほしいと、なぜか、強く思った。
ルトも俺も、何も話さない。沈黙が部屋を支配する。
そして結構な時間がたち、城の女に投げた言葉はやっぱり悪かったなぁとか、でもイライラするしなあとか、てかルト何考えてるんだ?とか、いろいろ考えて。
あんまりにも考えすぎて、ちょっとおかしな思考になっている俺が、もしかしてこの沈黙は「そろそろ行為を始めたいが、どう誘っていいかわからない」という経験不足なルト故のアピールなのでは、とアホな想像に手を出し始めたころ―――
「やるならしっかりやりなさいよね!」
「は?!」
もしや俺の想像、むしろ妄想が的を得ていたのか?!と思うようなルトのつぶやきが。
というか、この状況ではそうとしか取れないだろ、今の台詞は!
「ごめん、聞こえちゃったよね。なんでもないから」
やっぱりか!
「…いや、この際思ってること言ってくれ」
もし、もしも彼女から、もっと俺を誘うような、「お願い」とか「触って」とか「はやく頂戴」という言葉が出るのなら。
それはなんと淫らで、扇情的で、興奮せずにはいられない光景だろう。今の妄想台詞で軽く反応しかかっている愚息を、必死に制止する。ちょっと冷静になった方がいいという、頭の片隅の声は聞こえなかったことにする。沸いてるのはわかってるが、時には理性ではなく本能に従うべきだ!
「じゃあ言わせてもらうけど」
おお!どんと来い!
「じゃあ言わせてもらうけど、勇者って、思ってたより凄い人じゃないのかなぁと思ってね!ここに来るまでにいろんな人から話を聞いて、どんなに凄い人なのかしらと想像してたんだけど、ファールの話を聞いてるとね。ちょっと、正直、期待はずれっていうかやってらんないって思っちゃうのよ!!」




