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魔王、人界に家出する

以前投稿した「恋人たちはすれ違う」の勇者と魔王が出会う話になります。ファースト寸止めに至る話です。

 剣と魔法の世界、エッダ。魔王を頂点とする魔族と、人間の勇者とそれに味方する種族―――エルフ、ドワーフ、精霊達が協力する連合軍が日々戦いを繰り広げる世界。互いの勢力は未だ拮抗し、今日もどこかで小競り合いが繰り広げられる。

 

 そんな世界の片隅に、いずれ恋におちる二人がいた―――。





【Side:魔王】


「父さんの…ドあほぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!!」


 そう言い放ち、感情のまま人界へ移動する魔術を発動する。自分を囲うように小さな光の輪が足元から立ち上る。その光越しに、目の前にいた父や、部下の将軍たちが慌てたような雰囲気となるが知るものか。


 …部下たちには少し申し訳なく思う。自分のこの苛立ちは、父へ向かうものであって部下たちは関係ない、むしろ部下たちは日々父の悪戯に立ち向かい、時に自分を気遣い時に癒してくれる存在だ。彼らのこの後を思うと、やはり止めようか、と一瞬思う。しかし、すぐに思い直す。


 そもそも、父の在位中に彼らが父の悪戯癖を直してさえいてくれれば!

 部下たちの大半が父の代から引き続き職に就いている者たちだ。勿論一番悪いのは父だが、それを諌められなかった部下たちにも責任はある!…たぶん。

 そうやって無理やり自分の心に言い訳をし、父の部屋から消える直前、言い捨てる。

 

「しばらく帰らないから!」


 そうして魔界を後にした。


 ◇ ◇ ◇

 

 現魔王、スルトヘルがその位に着いたのは、割合最近のことである。それまでは彼女の父ロキが担っていたが、近年スルトヘルの力がロキのそれを超え、またロキも力の衰えを感じ始めていたため、娘へと継承したのだ。


 魔界では、魔王の力がずば抜けて強い。魔王の側近となる将軍たちや、国としての運営を助ける宰相たち上位魔族も力あるものではあるが、魔王には及ばない。そのため、人界の国のように王位を競って争いが起こることはないし、人界以上にわかりやすい実力主義である魔界では、実力者の集まる魔王城が敷く国政に逆らう者は存在しないといっても過言ではない。有体にいえば、平和。口争いから喧嘩の延長線上のような戦いが起こることはあるが、よほど酷いものでない限り国が介入することもない。定期的に魔界全土を対象とした武闘大会も行われるため、力が有り余っている者はその場で自身の力を示し、あるものは富を、あるものは地位を得るのだ。

 

 人界の者が想像するおどろおどろしい魔界とはかけ離れたものだが、魔界の住人の大半は、おおむね現状に満足していた。

 そう、大半は。

 

 ごく少数のものだけは、現状を不満としていた。

 その最たるものが元魔王、ロキだった。

 

 魔王ロキ。かの王は退屈を嫌い、悪戯や他人を驚かす事を好む。子供のような王だった。

 

 ある時は突然市井に現れ盛大な花火と宴をはじめ、またある時は豪傑揃いの一族の村へ現れ正体を隠して片っ端から相手を打ち倒した。ある日突然魔王城中の者が下着一枚にされたこともある。


 さまざまな逸話はあるものの、魔王の存在により恒久的な平和が約束されている魔界において、彼の行いは国民を喜ばせた。街での花火と宴はそのまま祭りとして定着し、夏季の風物詩となった。豪傑の村ではいきなり現れた謎の強者に豪傑達の慢心を打消され、その村は一層修行に励んだとか。魔王城での下着祭りは不評であったが、多くの男性魔族は密かに喜んでいたとか。そして女性魔族はそんな男性魔族を冷ややかに見ていたとか。

 

 しかしその裏で彼の後始末をさせられた部下たちの苦労は、涙なしには語れない。その部下たちの中で最も苦労させられたのが、現魔王、スルトヘルだ。

 ロキが花火を上げたと聞けばその火の粉の始末をし、宴をすると聞けば食糧の調達や場所の確保にひた走る。豪傑とやり合うと聞けばやりすぎるであろう父の事、けが人の治療ためその村へ赴く。


 文字に起こせば簡単なようだが、実際にはどこに上がるかもわからぬ花火の位置を予測しそこに人員を派遣したり、街全体の祭でふるまわれる大量の食糧のために国庫を解放したり、それらを並べる場所の確保のため超特急で市井の者に露店をどかしてもらったり広場を一時立ち入り禁止にしたり。豪傑の村のときは治療魔術についてはスルトヘル自身が得意としていたり、その使い手が魔界に少ないことから自身が赴いた。


 放っておけばロキは好き放題花火を上げ、召喚魔法でどこのものともしれぬ食糧を呼び出し、強制的に広場を作る。怪我の治療なんて思いつきもしない。彼の辞書の中には『後始末』という言葉がない。ついでに『遠慮』や『躊躇』もないのだ。なお悪いことに、彼は人を驚かせることに楽しみを覚えるため何をするのか言わない。それを、何かやるという気配を察し、最近のロキの動向からこんなことをするという予測をたて、時にロキ自身に探りをいれて必死に対策を立てる。それを最も上手く、効率的にできるのが彼の娘であるスルトヘルであった。


 ロキからすれば、成長し仕事に打ち込むようになった愛娘がなかなか自分の相手をしてくれなくなったのが、自分の悪戯の対策の為にまた構ってくれるようになった事。しかも自分の趣味(悪戯)もできて一石二鳥!ということで、その行いはとどまることを知らなくなっているのだが―――スルトヘルはその事実は知らない。

 

 そのロキの悪戯も、スルトヘルが魔王になった頃でなりを潜めた。民草は少しさびしい気もしたが、退位してロキ様も少しは落ち着かれたのか、とほほえましい?思いだった。しかし実際は、力でロキを抑えることができるようになったスルトヘルが、その力にものをいわせ魔界全土にロキの魔力に反応する知覚系の魔術を張り、悪戯と判断した場合即確保、魔王城お仕置き部屋(スルトヘル作成、魔力を抑制し、一定期間たたないと出られない)に転送するという大魔術を心血注いで開発した結果だ。

 

 そんなわけで父の悪戯の心配もなくなり、自分の仕事に精をだしていたのだが。

 

「なにをしてるの」

 

 見つけてしまった。

 

 ロキの自室で人界とつながる魔術を発動させ、せかせかと魔物を送っていた父の姿を。

 

「やっべ、みつかった!」

 

 といいつつ、生き生きとした嬉しそうな顔でスルトヘルを振り返るロキの顔を見た瞬間、キレた。

 

「このダメ父ぃぃぃぃぃぃ!!!!死ね!消えろ!!」

 

 全力に近い、魔術ともいえないただの魔力の塊を父に向かって放つ。

 当たれば致命傷に近い傷を負うであろうその攻撃をロキがよけられたのは、ひとえにこれまで培った実力だ。魔力量で娘に劣るといってもこれまの実戦経験を鑑みればその実力はまだ五分に近い。

 

「よけるなボケ父!!!」


 続けざまに放つ力の塊を、(見た目では)ひょいひょい避ける父にさらに苛立ちは募る。この中年は腐っても元魔王、自分の父なのだ、いましいことに!

 

「あれだけ人様に迷惑をかけるようなことはするなと…!」

「ははっ」

「笑うな中年が!」

「だって我慢できなかったんだよ!」

「だからってなんで人界に手をだすの!」

「いや、だって魔界ではスルトちゃんの網がはってあるし」

「だから事前に申請して後始末まですれば許可するといったでしょう!」

「それだとスルトちゃんを驚かせねーじゃんっ」

「己のサプライズなんかいらんわぁぁぁぁぁぁ!!!」


ズォォォォォン!

ドガーーーーーン!!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 会話の間も次々と放たれる攻撃に、もはや魔王城のロキの私室はボロボロだ。そうこうしている間に、何事かと側近の将軍は宰相たちがやってきた。

 

「スルトヘル様っ!落ち着いて!」

「何事ですか?!」

「ロキ様、また何かしたんスか…」


「そこのダメ中年が、今度は人界に悪戯してんのよっ!」


「え」「ロキ様…」「マジすか」


 スルトヘルの言葉に一様に目をむき、一斉に視線がロキにむく部下たち。その視線になぜか輝く笑顔のロキ。

 

「何喜んでるのよダメ中年!」

「いやー、だって、みんなが驚いているからさぁ。ひっさびさだよなぁ、この快感…!やっぱ苦労してやってきたかいあったよなぁ!」

「もう!人界なんて後始末しづらい場所によく、も…って、え、まってまって?聞き間違いかしら。父さん『やってきた』?やってきたってどういうことかしら?ねえお願い教えて父さんいったい何時から人界に魔物を?」

「スルトちゃんが魔界に網張ってちょっとしてからだから…だいたいスルトちゃんの在位年数と同じくら」

「いやぁぁぁぁぁぁ!聞きたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 とんだ衝撃の事実だ。知りたくなかった、決して知りたくなかった、しかし知ってしまっては放っておけない事実…。


「そんっ…なに前から、人界に!どうしよう、人界にどれほど被害が出てるのか考えたくないぃ!」

「あ、大丈夫大丈夫。人とかは襲わないから」

「ほんとっ?!」

「ほんとほんと!さすがの俺も、人界の種族に危害加えるのはまずいかなって思ってさぁ、人界の食べ物しか狙わない魔物創った!だから人界の種族は安全だ!」


しばし、間。


「それは…たとえば食糧貯蔵庫とか、繁農期の畑とか、祭りでたくさん露店がでている街とかが、狙われるのかしら…?」

「あと家畜とかもかな~」


 自分の在位年数とほぼ同じ時間、人界の食糧が定期的に魔物に狙われているという事実…しかも元魔王のお手製魔物(おそらく強靭)…。


 目を瞑り、大きく息を吸って、吐く。

 そうして目を開いたスルトヘルの右手には、彼女の愛剣レーヴァテインが炎をまとって現れる。一薙ぎで山一つを焼き払えるというその剣は、ロキがスルトヘルの誕生を祝って自ら作り上げた名剣だ。幼いころよりその剣で修行を積んだスルトヘルの剣術は、彼女の部下である将軍たちのそれに引けを取らないものである。


 そのレーヴァテインをロキに向けて構え、


「お願い。100年、いや50年でいいから、眠ってて」


 振り下ろされた剣からは炎をまとった斬撃が放たれる。

 

「ちょ、スルト様、危ないですって!」

「魔王様!こちらにも余波が!」

「ぅおおいあぶねぇってっ」


 が、ロキが差し出した左手で張られた防御壁により、斬撃は霧散した。

 

「いやぁ、スルトちゃんが作ってくれたお部屋に閉じ込められてる間、ずっと休んでるしさぁ。まだまだ眠らんないってゆーか…」

「うるさい馬鹿父!てゆーか十分人界に被害でるじゃないのっ!!」

「いやぁ頑張りゃなんとかなるレベルだろ?」

「なんで不良中年のせいで苦労しなきゃいけない人が苦労しなきゃなんないのよ!おかしいでしょうが!!

大体父さんはいっつもそうよね!人を驚かせればそれでいい、その後始末をする私の苦労なんて、考えもしないで好き放題やって…!」


 そうだ。この父親は、ずっとそうやって自分を振り回しきたのだ。これまでも、これからも。

 

 …これからも?せっかく苦労して対父親捕獲術まで開発したのに?こんどは人界まで見張れって…?

 

「は、はははは、は…」


「ま、魔王様…?」


「あは、あはは、あはははははは、あーっはっはっはっはっ!」


「スルトちゃん…どうした…?」


「わかりました」

「な、何がです?」

「父さんが人界に放った魔物は、私が責任を持って対処します。父さんのことだもの、きっとこの先も人界にちょっかいをだすにきまってるわよね?大丈夫、それも私がなんとかするわ。ふふっ、そうよねぇ、これまでもそうだったもの。これからだってそうよねぇ…」


 そういって。

 

 振り向いた彼女の顔は諦観の微笑が…

 

「でも、ちょっとだけ疲れちゃった」

「そ、そうですよね。スルトヘル様、いつも頑張ってますもんね?!」

「だから、ちょっと休んでもいいわよね…?」


「え?」

「は?」

「ちょっと」


「しばらく留守にするわ。ちょうど書類もまとめて処理したところだし。今まで放たれた魔物たちをおって、のんびり旅でもしてこようかしら?」

「マジで!スルトちゃんお休みするの?!じゃ人界なんか放っといて俺と遊ぼーよ!いい場所あるからs」


「父さんの…ドアホぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!!」


そして冒頭にもどる。


こうして現魔王、スルトヘルの人界への家出は始まった。

 

勇者に出会うまで、もう少し。

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