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Episode 001-4: 鋼鉄の洗礼

廃ガソリンスタンドへ逃げ込んだ二人。 タケルの右目には、敵の居場所を示す赤いログが焼き付いていました。 「あそこに行けば、何かが分かる」 ヤマトたちを救うため、タケルは自ら死地へ飛び込む決意を固めます。

【登場キャラクター】

高瀬タケル: 恐怖を押し殺し、友を救うために前進を選ぶ。

権田テツオ: タケルの覚悟を受け、地獄へのドライブに付き合う。

Part 4: Coordinates of Fate


 静寂が、耳に張り付いていた。


 廃墟と化したガソリンスタンドの屋根の下。

 エンジンを止めた北狼号は、巨大な鉄の塊となって夜明け前の闇に沈んでいる。


 車外では、風が止んでいた。

 あれほどの猛吹雪が嘘のように、世界は死んだように静まり返っている。

 それが余計に不気味だった。

 まるで、次の獲物を待ち構える捕食者の、息を潜めた沈黙のようだ。


 俺は、助手席で自分の掌を見つめていた。


 薄汚れた軍手。

 指の隙間にこびりついた赤黒い汚れ。

 油と、鉄錆と、そして他人の血。


 何度擦っても落ちない。

 皮膚の溝の奥深くまで、あの時の感触が染み込んでいる。


 岩滑ソウの頭蓋を砕いた時の、グシャリという手応え。

 影から黒いノイズを引きずり出した時の、内臓が凍りつくような悪寒。


 これはもう、学生の手じゃない。

 ペンを握り、教科書をめくり、サチとスープカレーを食べたあの手は、もう二度と戻ってこない。


 俺は汚れた。

 生きるために、一線を越えたのだ。


「……終わった気になってんじゃねえぞ。」


 権田テツオの声が、静寂を裂いた。


 彼は車外に出て、壊れたドアの応急処置をしていた。

 ガムテープを乱暴に引きちぎる音が響く。

 バリッ、バリッ。


「こんなもんで防げると思ってるのか。」


 俺は掠れた声で聞いた。

 消失した助手席のドアと、砕けたフロントガラス。

 テツオはそこに、廃材置き場から拾ってきたベニヤ板やトタンを貼り付け、ガムテープと針金で強引に固定しているだけだった。


 あまりにも粗雑だ。

 まるで子供の工作だ。


「防げねえよ。」


 テツオは咥え煙草で、ワイヤーをペンチでねじり上げた。


「だが、風除けにはなる。……この世界じゃな、完璧なんて求めてたら死ぬんだよ。動けばいい。走ればいい。使い捨てで十分だ。」


 使い捨て。

 その言葉が、胸に突き刺さる。


 俺たちも同じだ。

 この狂った世界にとって、俺や岩滑ソウのような人間は、ただの使い捨ての駒に過ぎないんじゃないか。


---


 テツオが作業を終え、運転席に戻ってきた。

 ドアを閉めると、再び車内に重苦しい空気が満ちる。


「……おい、少年。」


 テツオがサングラス越しに俺を見た。


「次の目的地は決まってるのか。」


「目的地?」


「とぼけんな。お前のその目、何か見えてんだろ。」


 テツオは俺の右目を指差した。

 

 そうだ。

 見えている。

 網膜に焼き付いた、赤い光の点滅。


【Next Target: Fortress Area】

【Distance: 12km】


 拒否しても消えない。

 まぶたを閉じても、脳裏に直接座標が浮かび上がってくる。

 これはナビじゃない。

 逃れられない呪いの道標だ。


「……石狩平野の真ん中だ。廃工場……たぶん。」


「ほう。あそこか。」


 テツオはニヤリと笑った。

 その笑みには、獲物を見つけた猛獣のような獰猛さが混じっていた。


「あそこにはな、デカいのがいるぞ。」


「デカい?」


「ああ。……この世界の法則がひっくり返ったような、とんでもねえバケモノがな。」


 テツオは工場の位置を指差すように、北の方角へ顎をしゃくった。


「さっきの狙撃、ありゃ人間の技じゃねえ。……空間そのものが『文字化け』したみたいに消え失せた。普通の物理法則が通用しねえ相手だ。」


 文字化け。

 テツオの独特な表現が、妙に腑に落ちた。

 そうだ。あの狙撃は弾丸じゃない。

 そこにあるはずのものが、理不尽に消去される現象。


 あんな奴が、あそこにいるのか。

 そして、俺はそこへ行かなきゃならないのか。


---


 恐怖で足が竦む。

 逃げたい。

 今すぐこの車を降りて、雪の中に埋もれてしまいたい。


 だが、その時。

 網膜の端に、あの文字列が明滅した。


【13 Protocols: Active】


 ヤマト。

 俺は心の中で、親友の名前を呼んだ。


 あいつは今、どこにいる。

 きっと、もっと酷い場所にいるはずだ。

 ……きっと今、あいつも戦ってる。

 だからこそ、伝わる。


 『生きろ』と。

 『戦え』と。


 この座標も、きっとあいつらへ導く道なんだ。

 ここへ行けば、何かが分かる。

 ここを突破すれば、南への道が開ける。


 そう信じるしかなかった。

 それが嘘でも、罠でも構わない。

 今の俺には、ヤマトやサチという希望に縋ることしかできないのだから。


「……行くよ。」


 俺は鉄パイプを握りしめた。

 冷たい鉄の感触が、熱を持った掌に食い込む。


「ヤマト。お前たちを必ず助け出すまで……、俺はやる。」


 たとえ怪物の群れに飛び込むことになろうとも。

 お前を助けるためなら、俺は何にでもなる。

 この地図に従って、立ちはだかる奴を全員殺してでも、必ずお前たちの元へ辿り着く。


 それは、歪んだ決意だった。

 友情という名の狂気。

 だが、その狂気だけが、今の俺を支える唯一の背骨だった。


---


 空が、白み始めていた。


 夜明けだ。

 だが、それは希望の光ではなかった。

 分厚い灰色の雲の隙間から、病的なまでに白い光が漏れ出し、雪原を照らしていく。


 まるで、これから始まる殺戮の舞台を照らすスポットライトのようだ。

 世界は色を失い、白と黒と、血の赤だけで構成された無機質な絵画へと変貌していく。


「……覚悟はいいか。」


 テツオがエンジンキーを回した。

 キュルルル、ドォン!

 

 北狼号が咆哮を上げる。

 腹の底に響くディーゼルエンジンの重低音。

 車体が震え、俺の心臓と共鳴する。


 鉄の棺桶が、再び息を吹き返した。


「出してくれ。」


 俺は前を見据えた。

 ガムテープで補修された汚いフロントガラスの向こう。

 地平線の彼方に、微かに工場の煙突のシルエットが見える。


 あそこが、次の戦場だ。


「へいよ。……地獄へのドライブと洒落込もうぜ。」


 テツオがギアを入れ、アクセルを踏み込む。

 タイヤが雪を噛み、北狼号がゆっくりと動き出した。


 後戻りはできない。

 俺たちは、破滅へ向かって加速していく。


【Mission Start: Fortress Raid】


 視界のログが、静かに告げた。


Would you like me to proceed to Episode 002: 処刑座標?

継ぎ接ぎだらけのトラックで、再び吹雪の中へ。 目指すは石狩平野の廃工場。 次回『Episode 002: 処刑座標』。 時速60キロの鉄の棺桶で、死の弾幕を潜り抜けます。

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