Episode 001-3: 鋼鉄の洗礼
視界ゼロのホワイトアウト。 しかし、敵の目は全てを見通していました。 No.01 町村ツカサ。彼が放つのは弾丸ではなく、「座標指定による消失」という理不尽な一撃です。
【登場キャラクター】
No.01 町村ツカサ: 『因果の長銃』の使い手。視認した対象を空間ごと削除する。
高瀬タケル: 自身の「バグ(影)」を利用し、消失攻撃を無効化する。
Part 3: The Gatekeeper's Scope
【Perspective Jack: No.01 町村ツカサ】
雪が、死んでいる。
スコープの円環に切り取られた世界は、白と黒だけの無機質な濃淡で構成されていた。
倍率二〇倍。
距離三五〇〇メートル。
石狩平野を横断する国道二三一号線。
吹き荒れる猛吹雪は、視界を遮る障害にはなり得ない。
俺の右目には、風の流れも、雪片の軌道も、全てが確定した「座標軸」として映っているからだ。
「……感度が悪い。」
俺は、コンクリートの欄干に頬を押し付けたまま、独りごちた。
ここは廃棄された高速道路の高架上だ。
吹きっさらしの寒風が、警備員用の防寒コートをバタバタと叩いている。
体感温度はマイナス二〇度を下回るだろう。
だが、俺の指先は微動だにしない。
指先が冷たいのではない。
俺という人間そのものが、とっくの昔に凍りついているのだ。
Target ID: Unidentified
Distance: 3482m
視界の端に、無機質な数値が浮かぶ。
俺がこの力を授かってから、世界はずいぶんとシンプルになった。
複雑な人間関係も、理不尽な社会の仕組みも、すべてはX軸とY軸とZ軸の交点に過ぎない。
その交点に、俺の意思を流し込む。
それだけで、邪魔なものは消える。
掃除だ。
母さんの眠りを妨げる、騒々しい羽虫どもを駆除するだけの、退屈な作業。
「……来たか。」
スコープの中央を、深緑色の巨大な鉄塊が横切った 。
大型の除雪トラックだ。
フロントには無骨なV字プラウ。側面にはガードレールや鉄板が溶接され、継ぎ接ぎだらけの装甲車と化している 。
悪趣味な改造車だ。
だが、その醜悪さがいかにも必死で、生き汚くて、鼻につく。
適合者の反応あり。
二人。
一人は運転手。もう一人は助手席。
「また雑魚か。」
俺は小さく息を吐いた。
白い吐息が、風に攫われて消える。
昨日から、もう何人を処理しただろう。
どいつもこいつも、自分が選ばれた勇者だと勘違いして、無防備にこの領域へ足を踏み入れてくる。
そして、自分が何に殺されたのかも理解できないまま、雪原の染みになる。
今回も同じだ。
違いがあるとすれば、的が少し大きいことくらいか。
俺は、抱え込んだ長大な銃身――『因果の長銃』を撫でた 。
冷たい金属の感触。
これは銃ではない。
ただの筒だ。
弾丸など入っていない。火薬も必要ない。
俺が見て、認識し、確定する。
それこそが引き金だ。
「……さようなら。」
俺は、助手席の人影に照準を合わせた。
トリガーを絞る。
カチリ。
乾いた音が、吹雪の中に吸い込まれた。
---
着弾。
いや、その表現は正確ではない。
俺の能力は、物理的な弾丸を飛ばすものではない。
視認した座標に、「破壊」という結果だけを強制的に発生させる因果律への干渉だ 。
回避は不可能。
防御も不可能。
そこに「在る」限り、破壊からは逃れられない。
スコープ越しに、トラックの助手席ドアが弾け飛ぶのが見えた。
分厚い鉄板が、まるで存在しなかったかのように円形にえぐり取られ、消失する。
内圧の差で、破片と火花が外へ噴き出す。
完璧な一撃。
……のはずだった。
「……ほう?」
俺は片眉を上げた。
トラックは止まらない。
蛇行しながらも、速度を落とさずに雪原を走り続けている。
外したか。
いや、座標は完璧だった。
心臓を抉り取るはずだった。
だが、着弾の瞬間、ターゲットの座標がわずかに「ズレた」気がした。
風読みの誤差ではない。
空間そのものが、陽炎のように揺らぎ、俺の認識を拒絶したような感触。
「……悪運の強い奴だ。」
まあいい。
一発で死なないなら、二発目を撃ち込むだけだ。
恐怖を与えろ。
絶望を刻め。
ここが死神の領域であることを、その身を持って理解させてやる。
俺はボルトアクションを操作するふりをした。
必要ない動作だが、リズムを作るための儀式だ。
次弾装填。
ターゲット、再補足。
今度は頭だ。
助手席で震えている羽虫の、眉間をぶち抜いてやる。
スコープを覗き込む。
拡大された視界の中で、助手席の男が何かをしているのが見えた。
震える手で、足元の影をまさぐっている。
命乞いか?
それとも、隠していた武器でも取り出すつもりか?
「無駄だ。」
俺は冷徹に断じ、二度目のトリガーを引いた。
その瞬間だった。
【Error: Target Coordinates Unstable】
視界の数値が、赤く明滅した。
「……なに?」
着弾の瞬間。
助手席の男の影から、猛烈な勢いで「何か」が噴き出した。
黒い霧。
いや、あれは光学迷彩じゃない。
テレビの砂嵐のような、粗い粒子の集合体。
空間が「文字化け」を起こしているような、不気味なノイズだ 。
それが、消失したドアの穴を塞ぎ、さらにフロントガラスを侵食していく。
ガァァンッ!!
二発目の破壊は、フロントガラスの端を削り取るに留まった。
致命傷ではない。
弾かれた?
俺の『因果』が?
あり得ない。
物理的な装甲なら、どれだけ厚かろうと貫通する。
俺の攻撃を防げるのは、俺と同じ「理屈の外側」にある力だけだ。
「……見ろ。」
俺は思わず、身を乗り出した。
スコープの中の光景が、異様だった。
あのトラック。
黒いノイズに覆われた部分だけ、背景の雪景色と完全に同化している。
迷彩塗装のような生易しいものではない。
そこだけ「解像度」が落ち、世界というキャンバスに塗りたくられたインクの染みのように、存在感を消失させている。
認識できない。
目では見えているのに、脳が「そこには何もない」と誤認させられる。
座標が確定できない。
X軸もY軸も、あのノイズの中では意味をなさず、融解していく。
「面白い。」
俺の口元が、自然と歪んだ。
感情などとうに捨てたはずの俺の心臓が、ドクリと跳ねた。
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トラックは黒いノイズを引きずりながら、国道沿いの廃墟――潰れたガソリンスタンドの屋根の下へと滑り込んでいった。
コンクリートの遮蔽物に隠れ、射線が切れる。
俺はゆっくりと顔を上げ、肉眼でその廃墟を見下ろした。
吹雪に霞む、白い荒野。
その一点にだけ、異質な「黒」が潜んでいる。
今までの羽虫とは違う。
あれは、俺のルールを理解し、その上で抗ってきた。
恐怖で足が竦むどころか、自らの命を削ってでも、生き残るための最適解を選んだのだ。
「訂正する。」
俺は立ち上がり、コートについた雪を払った。
巨大な長銃を背負い直す。
その重みが、心地よい高揚感となって背骨に響く。
「ただのゴミ掃除じゃない。……特異点だ。」
母さん、少し遅くなるかもしれない。
今日は久しぶりに、手ごわい客が来たようだ。
俺はホルスターのハンドガンを確認し、高架下の雪道へと飛び降りた。
遠距離が駄目なら、近づいて息の根を止めるまで。
逃がさない。
この石狩平野は、俺の庭だ。
どこへ隠れようと、因果の糸を手繰り寄せ、必ずその心臓を撃ち抜いてやる。
俺は雪を踏みしめ、獲物の潜む廃墟へと歩き出した。
その足跡は、吹雪によってすぐに消し去られた。
まるで、最初から誰もいなかったかのように。
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見られたら消える。防御不能の攻撃。 タケルは自らの影から溢れ出す「黒いノイズ」を使い、かろうじて直撃を防ぎました。 次回、反撃の狼煙。タケルはこの理不尽なゲームへの対抗策を見つけます。




