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Episode 10.5-4: 幽霊たちの作戦会議

タケルは簒奪した「解析眼」を起動し、仲間たちのステータスを数値として確認します。 それは冷徹な行為ですが、彼らを守るための唯一の手段でもありました。 「……行こう。南へ」 地図が示す先は沖縄。全ての因果が集まる場所。 北狼号のエンジンが唸りを上げ、新たなステージへと走り出します。

【登場キャラクター】

高瀬タケル: 覚悟を決め、非情な決断も厭わない姿勢を見せる。

権田テツオ: 南へ向かうハンドルを握る。

佐藤 "シュガー" ケンジ: 旅の再開に備える。

霧隠スイ: タケルについていくことを決める。

空閑マイ: 弓の手入れをする。

水島エイジ: 北狼号の整備状況を確認する。

Part 4: The Singularity & Compass to the South


 倉庫の壁に映し出された【DISPOSAL REQUIRED(要廃棄処分)】の赤い文字が、亡霊のように揺らめいている。

 俺たちは、自分たちが社会から弾き出された「異物」であることを再認識させられた。

 恐怖がないと言えば嘘になる。

 だが、恐怖に足を止めていられる時間は、もう残されていない。


 俺は、壁の文字から視線を外し、自分の手のひらを見つめた。

 この手は、すでに多くの命を奪い、その血肉を自分の力として取り込んできた。

 それでも、まだ足りない。

 あの黒い兵士たちを、そしてその背後にいる「システム」そのものを打ち砕くには、圧倒的に何かが欠けている。


「……感情だけじゃ、勝てない。」


 俺は誰に聞かせるでもなく、独り言のように呟いた。


「怒りや憎しみは燃料にはなるが、エンジンそのものじゃない。……奴らと対等に渡り合うためには、もっと冷徹な『ロジック』が必要だ。」


 どうすればいい?

 今の俺にあるのは、泥臭い暴力と、不安定な「簒奪」の力だけだ。

 これをどう研ぎ澄ませば、サチやヤマトを救う刃になる?


「……タケル。」


 その思考を遮るように、低い声が響いた。

 権田テツオだ。

 彼は吸い終わったタバコのフィルターを指先で弄りながら、俺を真っ直ぐに見据えていた。

 その瞳には、いつもの陽気な運び屋の色はなく、もっと深く、鋭い何かが宿っていた。


「お前、悩みすぎて迷子になるタイプだな。」


「……なんだよ。」


「順序が逆だと言ってるんだ。……お前はまず、自分の能力をちゃんと把握するところから始めるべきじゃないのか?」


 テツオは、新しいタバコを取り出すことはせず、空き缶の灰皿を見下ろした。


「お前は『特異点シンギュラリティ』だ。」


 ドクン。


 その単語を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。

 聞き覚えがある。

 いや、見覚えがある。


 脳裏に、鮮烈な記憶がフラッシュバックした。

 あの「認識の冬」。

 豊平区役所のロビーで、リーダー格のドローンが背後の案内用モニターに映し出した、俺の顔写真。

 そして、その下に刻まれていた赤く太い文字列。


【WARNING: DANGEROUS INDIVIDUAL】

【Player: No.00】

【TARGET: SINGULARITY】

 

 特異点。

 あの時は、意味が分からなかった。

 ただのゴミでも、エラーでもなく、この完璧な管理社会を脅かす「異物」として、明確に認定されたのだと、漠然と理解しただけだった。


「……やっぱり、そうなのか。」


 俺は呻くように言った。

 あの警告は、単なるレッテルじゃなかった。

 俺の本質を指す、システム側からの定義だったんだ。


「自覚はあるようだな。」


 テツオがニヤリと笑った。


「このイカれた世界において、お前だけが持っている特殊な性質のことだ。……倒した連中の能力を吸収し、そいつらの力ごと自分の武器にしたり扱うことができる。」


 テツオは、俺の表情の変化を満足げに観察しながら続けた。


「だが、それだけじゃねえ。……世界の『道理』をへし折って、絶対不可能なはずの逃げ道を力ずくでこじ開けることも……まぁ要するに、お前は特別らしいってことだ。」


 道理を、へし折る。

 それは比喩表現なのだろうか。

 だが、彼の口調は妙に具体的で、まるで実例を知っているかのような響きを持っていた。


「……おい、テツオさん。」


 俺は一歩踏み出した。


「なんで、そこまで詳しく知ってんだよ。『らしい』って、誰に聞いた?」


 あの区役所でのモニター表示を見たのは俺だけだ。

 なのに彼は、俺のスペックシートをどこかで盗み見てきたかのように、核心を突いてくる。


 テツオは一瞬だけきょとんとして、それから肩をすくめた。

 人を食ったような、いつもの仕草。


「さぁな。……『運び屋』の企業秘密ってやつだ。」


 嘘だ。

 今の笑顔は、何かを隠すための仮面だ。

 だが、彼に敵意がないことだけは確かだった。

 むしろ、不器用な教師が、出来の悪い生徒を導こうとしているような、奇妙な親愛すら感じる。


「……ちっ。秘密主義かよ。」


 俺は追求を諦めた。

 今は、彼の知識を利用させてもらう方が先決だ。


「で、把握しろってのはどういう意味だ?」


「言葉通りの意味だ。……先ずは、お前があの石狩で倒した野郎の能力。今使ってみろよ。」


 石狩で倒した野郎。

 町村のことか。

 あの時、俺は奴を殺し、何かを奪った感覚があった。だが、その後の連戦と逃走で、詳しく検証する暇などなかった。


「……あいつの能力?」


「そうだ。奴は確か、超長距離からでも相手を索敵出来てたよな?……なら恐らくだが、お前の中に、奴の『目』が宿ったはずだ。」


 俺は目を閉じた。

 意識を沈める。

 自分の中にある、澱のような黒い塊を探る。

 カズマのコイン、最初の男の筋力。

 その隙間に、冷たくて、無機質な何かが埋まっているのを感じた。


 これか。


 俺は目を開けた。

 右目に意識を集中し、その「異物」を起動させる。


【System: Ability "Analyze Eye" Activated】


 ブォン……。


 低い駆動音と共に、俺の視界が一変した。


 青白い。

 世界から色彩が消え、代わりに無数のグリッドラインが空間を覆い尽くした。

 ワイヤーフレームで構築されたような、デジタルな視界。


 俺は、仲間たちの顔を見た。

 彼らの肉体が透け、その奥にある「真実」が浮かび上がってくる。


【Target: Sui】

【Player ID:** No.404】

【Ability:** Specter (Phantom Grey)】

【Role:** Electronic Interference / Decoy Control】


 スイの頭上に浮かぶ、**No.404**という三桁の数字。

 これが、ナムレス……いや、この生存競争に参加させられた者の刻印か。

 そして、その能力名。

 スペクター。

 前にテツオさんがファントム・グレイと呼んだ、あの見えない兵士たち。

 恵庭から千歳まで襲ってきたあの兵士は彼女自身が生み出した幽霊スペクターを使役し、実体のない兵隊として操る能力ってことか。

 これは「盾」になる。敵の目を欺き、撹乱し、戦場の霧を生み出す最強のデコイ。


【Target: Mai】

【Player ID:** No.410】

【Ability:** Wind Reading / Longbow】

【Condition:** Left Leg Critical (Mobility Lost)】


 マイの数字は**No.410**。

 彼女の弓は、風を読む力と直結している。だが、赤い警告文字が示す通り、その足はこのままだと限界だ。

 移動砲台としての機能は失われている。なら、……俺が運ぶか。俺が彼女の足になれば、この長距離火力は維持できる。


【Target: Eiji】

【Player ID:** No.358】

【Ability:** Heat Source / Heavy Armor】

【Risk:** Memory Leak (Unstable)】


 エイジは**No.358**。

 圧倒的な熱量と装甲。だが、その代償として記憶を垂れ流している。

 彼は歩く原子炉だ。強力だが、制御棒が必要になる。俺がそのストッパーにならなきゃいけない。


 そして、俺はシュガーを見た。

 彼にも「数字」があるはずだ。そう思って視線を向けると、予想外の文字列が表示された。


【Target: Sugar】

【Player ID:** .opt】

【Ability:** Energy Conversion (Cooking) / Minor Healing】

【Role:** Support / Nutrition Management】


 IDは『.opt』。

 これが、さっきテツオが言っていた「ルート」か。

 戦闘力はないが、環境に最適化(optimize)し、生存を支えるための能力。

 シュガーの料理が俺たちに味覚を維持させ、活力を与えてくれるのは彼がこの特質を持っていたからなんだ。


 なるほど。

 戦闘狂や怪物だけが能力者じゃない。

 この過酷な世界で、人間としての形を保ったまま、静かに進化を選んだ者たちってことか。


 ……待てよ。

 なら、この男はどうなんだ?


 俺は、恐る恐るテツオに視線を向けた。

 ただの腕利きの運転手兼メカニック?

 事情通の運び屋?

 そう思っていた男の体の上に、青白い文字列が浮かび上がる。


【Target: Tetsuo】

【Player ID:** .bus】

【Ability:** Machine Sympathy / High-Speed Transport】

【Role:** Transporter】


「……なっ!?」


 俺は絶句した。

 IDは『.bus』。

 テツオも、能力者ルートだったのか!!


「おっ、俺のことも見えたか?」


 テツオがニヤリと笑った。


「テツオさん、あんたも……!?」


 俺の声に、スイとマイ、それにシュガーまでもが驚いて振り返った。

 誰も知らなかったのだ。

 この男が、ただハンドルを握っているだけの人間ではないことを。


「言ったろ。俺は『運び屋』だってな。」


 テツオは北狼号のハンドルを愛おしそうに撫でた。


「俺の能力は、この鉄屑とシンクロして、本来の性能以上の速度と走破性を引き出すことだ。……戦闘力はねえが、逃げ足の速さなら誰にも負けねえよ。」


 北狼号が、ただのトラック離れした動きを見せていた理由。

 それはテツオのドライビングテクニックだけじゃなく、彼自身が車体と一体化するような能力を使っていたからなのか。


「……とんでもねえチームだ。」


 俺は、震える手で右目を押さえた。

 恐ろしい。

 だが、頼もしい。

 

 スペクターを操るハッカー。

 風を読むスナイパー。

 熱暴走するタンク。

 生存を支えるコック。

 そして、鉄の箱舟を操る運び屋。


 全員が、何かしらの「ロジック」を持ってここにいる。

 ただの寄せ集めじゃない。

 これは、この理不尽な世界を攻略するためにあつらえられた、歪で完璧な「パーティー」だ。


 だが、何か嫌な感覚が脳の片隅に生まれている気がする。

 俺はここにいる仲間を、ちゃんと「仲間」と認識しているか?


 俺は……今、「駒」として見ていなかったか?


 腹の底から、力と共に人間性の欠落への恐怖が湧いてくるのを感じた。

 ……だが、間違いなく戦える。

 この「仲間」なら、あの黒い軍団とも渡り合える。


「……見えたか?」


 テツオの声が、青白い視界の外から響いた。


「ああ。……見えたよ。」


 俺は右目の力を解除した。

 フッと、青い光が消え、元の薄暗い倉庫の景色が戻ってくる。

 ……だが、俺の目にはもう、彼らがただの食事を共にした仲間には見えていなかった。

 背中を預け、命を共有する、頼もしい「共犯者」たち……そう言い聞かせていた。


 テツオは、俺の表情の変化を見て満足げに頷き、それから懐から一枚の紙を取り出した。

 以前広げようとして止めた、あの汚れた道路地図だ。

 彼はそれをドラム缶の上に広げた。


「……さて。戦力の確認は済んだな。」


 テツオのインクで汚れた指が、地図上の一本の太い道をなぞった。


「国道36号線。……ここ苫小牧から、海岸沿いに西へ。室蘭、登別、そして最終的には函館へ続く道だ。」


 南。

 俺たちが目指すべき方角。


「間違いないわ。」


 スイがPCの画面を見ながら補足する。


「黒い兵士たちの輸送トラックも、通信記録を洗った限りでは、全部そっちへ向かってる。目的地は間違いなく、北海道の『南端』よ。」


 彼女がハッキングしたデータが、テツオの指し示すルートと重なる。

 敵もまた、南へ集結しているのだ。


「……函館か。」


 エイジが腕を組み、低く唸った。


「あそこには昔、デカい『門』があったはずだ。……青函トンネルへの入り口。本州へ渡るための唯一の陸路だ。」


 門。

 北海道という巨大な密室から脱出するための、唯一の鍵穴。

 だが、そこが解放されているとは思えない。

 むしろ、そここそがこの地獄の最深部であり、全ての歪みの中心地である可能性が高い。


「噂だがな。」


 キッチントレーラーの片付けを終えたシュガーが、布巾で手を拭きながら会話に加わった。


「……沖縄に『ノアの箱舟』があるらしいぜ。」


「箱舟?」


「ああ。日本で唯一、この汚染から逃れられる聖域だとか。……ま、眉唾もんだが、絶望してる連中にとっては唯一の希望の光ってわけだ。」


 沖縄。

 ここから数千キロも離れた南の島。

 だが、その噂もまた「南」を指している。

 全ての情報が、磁石に引かれる鉄粉のように、南へ、南へと収束していく。


 俺たちは顔を見合わせた。

 もう、迷う要素はない。


 倉庫の照明が、不意にチカチカと明滅した。

 スイがプロジェクターの電源を落とすと、車内を満たしていた温かいカレーの湯気のような空気は完全に消え失せた。

 代わりに、HUDと端末が放つ、冷たく鋭い「青白い光(寒色)」だけが、男たちの顔を照らし出す。


 温かい食事の時間は終わった。

 ここからは、冷たい作戦の時間だ。


 俺は顔を上げた。

 右目に残る「解析のアナライズ・アイ」の残滓が、視界の端で微かに明滅している。


「……行こう。」


 俺は言った。

 その声は、自分でも驚くほど静かで、しかし確信に満ちていた。


「ヤマトも、サチも、そこにいるはずだ。」


 理不尽に奪われたもの。

 記憶から消されかけたもの。

 それらを全て取り戻す。


「俺たちがシステムのエラーなら……最後までエラーらしく、世界の終わりまで突き進んでやる。」


 テツオがニヤリと笑い、地図を畳んでポケットに突っ込んだ。

 エイジが無言でモンキーレンチを担ぎ直す。

 シュガーがナイフを弄ぶ。

 スイとマイが、しっかりと頷く。


 全員の「覚悟」というパラメータが、青い光の中で一致した瞬間だった。


 数分後。

 

 キュルル……ズオォォォンッ!!


 北狼号の巨大なディーゼルエンジンが、猛獣の咆哮のように目覚めた。

 廃倉庫の空気がビリビリと震える。

 マフラーから吐き出された黒煙が、冷たい闇を汚していく。


 プシュウ。

 エアブレーキが解除される。


 巨大なタイヤが雪を噛み、鉄の塊が動き出した。

 外は猛吹雪だ。

 視界ゼロのホワイトアウト。

 だが、俺たちの目には、はっきりと見えていた。


 南へ伸びる、一本の道が。

 その先にある、蒸気と鉄の街、室蘭が。


 俺は助手席で、前だけを見据える。

 右目はまだ、青白く冷徹な光を宿したままだった。


 俺たちの作戦会議は終わった。

 これより、反撃の進軍を開始する。


Would you like me to proceed to Episode 011: 死者の羅針盤?

お読みいただきありがとうございます。 これにて「Stage 1: パーティ結成編」は終了です。 次回より「Stage 2: 感覚の重力崩壊編」へ。最初の試練は、死者の歌声と、癒やしの代償です。

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