Episode 10.5-3: 幽霊たちの作戦会議
スイがハッキングで得た情報を共有します。 政府はプレイヤーたちを「救助対象」ではなく「即時排除すべき対象」として認定していました。 強くならなければ守れないが、強くなれば世界から敵対視される。 その矛盾を突きつけられ、仲間たちに重い沈黙が落ちます。
【登場キャラクター】
高瀬タケル: 仲間を守る責任を痛感する。
権田テツオ: 若者たちの未来を案じる。
佐藤 "シュガー" ケンジ: 暗い空気を変えようとする。
霧隠スイ: 誰にも必要とされなかった過去を吐露する。
空閑マイ: 自分の居場所について考える。
水島エイジ: 家族の記憶が「ノイズ」に変わっていく恐怖を感じる。
Part 3: The Archives of Isolation & The Paradox
廃倉庫の冷え切った空気の中に、硬質なキータッチ音だけが響いていた。
スイが膝の上でノートPCを広げ、目にも留まらぬ速さでコードを打ち込んでいる。
その小さな背中は、食事の時の和やかな雰囲気とは打って変わり、冷徹なハッカーとしての緊張感を漂わせていた。
「……見せるわ。」
スイが短く告げ、エンターキーを叩いた。
バチッ。
PCに接続された小型プロジェクターが起動する。
光の束が、埃の舞う暗闇を切り裂き、倉庫の汚れたコンクリート壁に映像を投影した。
そこに映し出されたのは、俺たちの顔だった。
俺、テツオ、エイジ、マイ。
どこかの監視カメラから抜かれたのだろう、荒い画質の静止画が並んでいる。
だが、俺たちが息を呑んだのは、その写真の下に刻印された、どぎつい赤色の文字列のせいだった。
【DISPOSAL REQUIRED(要廃棄処分)】
指名手配(WANTED)ではない。
罪状も、懸賞金も書かれていない。
まるで、壊れた家電や、汚染された廃棄物に貼られるレッテルステッカーのような、無機質で絶対的な宣告。
画面の隅には、さらに細かなステータスが表示されている。
【Target Class: Ultra-Hazardous Elements】
【Civil Rights: Revoked (剥奪)】
【Action: Immediate Delete (即時削除)】
何さこれ……最重要危険分子?剥奪?即時削除?
いったい何の話だ。
「危険分子……だと?」
俺が呻くように言うと、スイは淡々と、しかし怒りを押し殺した声で告げた。
「そうよ。私たちはもう、この世界の法律で裁かれる『人間』じゃない。……この国にとって、即座に削除されるべき『バグ』扱いよ。」
俺は画面を見上げたまま、拳を強く握りしめた。
人間じゃない。
俺たちが必死に生き延び、血を流し、仲間を守ろうとしてきた足掻きは、奴らにとっては単なるウイルスの増殖と変わらないということか。
「……ふん。」
その時、テツオが鼻を鳴らした。
彼は驚いていなかった。
咥えたタバコの紫煙越しに、その赤い文字列を冷ややかな目で見つめている。
まるで、いつか必ず届くと分かっていた督促状を受け取った時のような、諦めと納得の混じった表情。
「……ついに認定されたか。」
テツオが低く呟いた。
その声には、俺たちには分からない「過去」への因縁と、覚悟が滲んでいた。
「誰がこれを?」
俺は聞いた。
警察か、自衛隊か。いや、それにしては手続きを飛ばしすぎている。
「通常の行政機関じゃないわ。」
スイがキーを叩き、画面を切り替える。
次に映し出されたのは、不鮮明な盗撮写真のような画像だった。
雪の中に佇む、黒い集団。
全身をマットブラックの特殊な装甲服に包み、顔のないフルフェイスのヘルメットを被っている。
銃火器を携行しているが、その形状は自衛隊のものとは明らかに異なる、より洗練された殺傷用兵器だ。
「……こいつら。」
俺の心臓が早鐘を打った。
忘れるはずがない。
あの日、札幌の地下歩行空間で。
サチとヤマトを連れ去った連中だ。
「……あたしが恵庭へ避難しようとしていた時、こいつらに襲われたの。」
スイが、震える声で語り始めた。
「避難誘導なんて嘘だった。こいつらは、逃げ惑う人たちを『選別』して、不要なものをその場で……。」
彼女は自分の腕を抱いた。
「その時に、あたしの能力が覚醒したの。……必死で逃げて、他の怪物たちからも隠れて、ようやく千歳の空港施設に逃げ込んだ。……でも、そこも地獄だった。」
彼女は、施設内のネットワークに潜り込み、生き延びるための情報を集め続けた。
そして辿り着いたのが、このデータだ。
「こいつらは『掃除屋』。今、日本中で起きている異常現象……その裏で暗躍している、正体不明の実行部隊よ。」
黒い兵士。
顔のない処刑人。
こいつらか。こいつらが、俺たちの人生を狂わせ、大切なものを奪っていった実行犯か。
俺の奥歯がギリリと鳴った。
その時だった。
「……あ?」
壁際で腕を組んでいたエイジが、不意に声を上げた。
彼は食い入るように、壁に投影された黒い兵士の写真を見つめていた。
その鉄仮面のような無表情が、微かに歪んでいる。
「……見覚えが、ある。」
エイジが呟いた。
「俺が……あの砦に隠れていた時……奴らが……海から……。」
彼の記憶の糸が、何かを手繰り寄せようとしていた。
テツオが身を乗り出す。
「思い出したのか、エイジ! 奴らは何をしに来たんだ!」
「……奴らは……何かを……海に……捨てて……。」
エイジがこめかみを押さえた。
その指が、ヘルメットのバイザーに食い込むほど強く押し付けられる。
「……ちがう、捨てたんじゃない……あれは……。」
エイジが何か、決定的な言葉を口にしようとした、その瞬間。
**キィィィィィィィィィィィンッ!!!!**
強烈なハウリング音が、倉庫内に響き渡った。
スピーカーからではない。
空間そのものが悲鳴を上げたような、脳髄を直接レイプする電子的な不協和音。
バチバチッ! ザザッ……!
投影されていた映像が激しく乱れた。
黒い兵士の姿が歪み、極彩色のノイズが走り、砂嵐へと変わる。
倉庫の天井にある水銀灯が、呼応するように激しく明滅を始めた。
「がぁっ……!?」
エイジが絶叫し、その巨体を床に叩きつけるようにしてうずくまった。
「エイジッ!?」
俺たちは駆け寄ろうとしたが、近づけない。
エイジの体から、目に見えない衝撃波のような圧力が放たれている。
「あ、ガ……ッ、あ……!!」
エイジは頭を抱え、床を転げ回った。
物理的な痛みではない。
もっと深い、脳の認識領域そのものを焼き切るような拷問。
「ノ、イズ……が……! 声が……!!」
彼の口から出る言葉が、途切れ途切れになる。
いや、聞こえない。
彼が重要な単語を発しようとするたびに、世界そのものが「ザザッ……」という物理的なノイズ音を発生させ、その音声を強制的に上書きして消しているのだ。
【System Alert: Access Denied】
【Target Mind: Restricted】
俺のHUDにも、真っ赤な警告が表示される。
これは病気や後遺症じゃない。
システム側からの「思考への強制干渉」だ。
不都合な真実に触れようとした瞬間、防衛プログラムが彼の脳をハッキングし、認識を阻害している。
「……くそッ、やめろ!」
俺はエイジの肩を掴み、揺さぶった。
彼の体は高熱を発し、ガタガタと痙攣していた。
「思い出すな! 考えなくていい!」
俺が叫ぶと、エイジは虚ろな目で俺を見上げ、そして糸が切れたように脱力した。
ハウリング音が止む。
照明の明滅が収まり、再び薄暗い静寂が戻ってくる。
エイジは荒い息を吐きながら、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。
もう、さっき何を言おうとしていたのかすら忘れてしまったような顔で。
俺は、戦慄した。
背筋を、冷たい汗が伝い落ちる。
エイジは、あの「赤熱する能力」を使いすぎた。
その代償として、脳の記憶領域が焼き切れ、バグに侵食されている。
だから、システムからの干渉をダイレクトに受けてしまうのだ。
……俺も、いつかこうなるのか?
俺は自分の掌を見つめた。
あの札幌で手に入れた「確率の簒奪」。
敵を殺し、その能力を奪うたびに、俺は強くなっている。
サチを助けるためには、もっと強くならなければならない。
もっと多くの命を奪い、もっと多くの「簒奪」を重ねなければ、あの黒い兵士たちや、その上にいる管理者を倒すことなんてできない。
だが。
力を得れば得るほど、俺という人間を構成するメモリ(記憶)は、バグに侵食されていくのではないか?
テツオが家族の顔を忘れたように。
エイジが守るべき仲間を忘れたように。
ここにあるのは、あまりにも残酷なパラドックスだ。
『サチを救うための最強の力を手に入れた時、俺はサチのことなど綺麗さっぱり忘れているかもしれない。』
あるいは、サチの目の前で、俺自身が「言葉の通じない怪物」に成り果てているかもしれない。
「……っ。」
恐怖が、胃の腑を握りつぶす。
死ぬことよりも恐ろしい、自己の消失。
俺は試した。
今、一番大切なものを。
脳裏に、サチの顔を思い浮かべる。
雪の中で笑う彼女。
温かいコーヒーを手渡してくれた彼女。
「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた彼女。
その笑顔が、脳内のスクリーンに映し出される。
ザザッ……。
一瞬。
本当に一瞬だけ、彼女の顔に「砂嵐」が走った。
目鼻立ちがぼやけ、ピクセルが欠落し、誰だか判別できないノイズの塊に見えた。
「……嘘だろ。」
俺は愕然として、顔を覆った。
まだ覚えている。声も、温もりも、はっきり思い出せる。
だが、侵食は確実に始まっている。
俺が生き延び、力を振るうたびに、彼女の輪郭は少しずつ削り取られていく。
これは時間との戦いだ。
俺が俺でいられるうちに。
俺の心が、バグの海に沈んで完全に初期化されてしまう前に、サチの元へ辿り着かなければならない。
俺は顔を上げた。
テツオが、全てを察したような目で俺を見ていた。
スイが、唇を噛んで俯いていた。
エイジは、まだ床で荒い息をついている。
もはや、立ち止まっている時間はない。
「……行くぞ。」
俺は絞り出すように言った。
恐怖を怒りで塗りつぶし、震える足を無理やり床に突き立てる。
「奴らの正体が何だろうと、俺たちが『最重要危険分子』だろうと関係ない。」
俺は、壁に映し出された【DISPOSAL REQUIRED】の文字を睨みつけた。
「俺たちがゴミかどうかは、俺たちが決める。……南へ行くルートを出せ、スイ。地獄の底だろうが、突破してやる。」
Would you like me to proceed to Episode 10.5_Part 4: The Singularity & Compass to the South?
お読みいただきありがとうございます。 追い詰められていく精神。 次回、Episode 10.5完結。タケルの決意と、南への羅針盤。




