表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/47

Episode 10.5-3: 幽霊たちの作戦会議

スイがハッキングで得た情報を共有します。 政府はプレイヤーたちを「救助対象」ではなく「即時排除すべき対象」として認定していました。 強くならなければ守れないが、強くなれば世界から敵対視される。 その矛盾を突きつけられ、仲間たちに重い沈黙が落ちます。

【登場キャラクター】

高瀬タケル: 仲間を守る責任を痛感する。

権田テツオ: 若者たちの未来を案じる。

佐藤 "シュガー" ケンジ: 暗い空気を変えようとする。

霧隠スイ: 誰にも必要とされなかった過去を吐露する。

空閑マイ: 自分の居場所について考える。

水島エイジ: 家族の記憶が「ノイズ」に変わっていく恐怖を感じる。

Part 3: The Archives of Isolation & The Paradox


 廃倉庫の冷え切った空気の中に、硬質なキータッチ音だけが響いていた。

 スイが膝の上でノートPCを広げ、目にも留まらぬ速さでコードを打ち込んでいる。

 その小さな背中は、食事の時の和やかな雰囲気とは打って変わり、冷徹なハッカーとしての緊張感を漂わせていた。


「……見せるわ。」


 スイが短く告げ、エンターキーを叩いた。


 バチッ。


 PCに接続された小型プロジェクターが起動する。

 光の束が、埃の舞う暗闇を切り裂き、倉庫の汚れたコンクリート壁に映像を投影した。


 そこに映し出されたのは、俺たちの顔だった。


 俺、テツオ、エイジ、マイ。

 どこかの監視カメラから抜かれたのだろう、荒い画質の静止画が並んでいる。

 だが、俺たちが息を呑んだのは、その写真の下に刻印された、どぎつい赤色の文字列のせいだった。


【DISPOSAL REQUIRED(要廃棄処分)】


 指名手配(WANTED)ではない。

 罪状も、懸賞金も書かれていない。

 まるで、壊れた家電や、汚染された廃棄物に貼られるレッテルステッカーのような、無機質で絶対的な宣告。


 画面の隅には、さらに細かなステータスが表示されている。


【Target Class: Ultra-Hazardous Elements】

【Civil Rights: Revoked (剥奪)】

【Action: Immediate Delete (即時削除)】


 何さこれ……最重要危険分子?剥奪?即時削除?

 いったい何の話だ。


「危険分子……だと?」


 俺が呻くように言うと、スイは淡々と、しかし怒りを押し殺した声で告げた。


「そうよ。私たちはもう、この世界の法律で裁かれる『人間』じゃない。……この国にとって、即座に削除されるべき『バグ』扱いよ。」


 俺は画面を見上げたまま、拳を強く握りしめた。

 人間じゃない。

 俺たちが必死に生き延び、血を流し、仲間を守ろうとしてきた足掻きは、奴らにとっては単なるウイルスの増殖と変わらないということか。


「……ふん。」


 その時、テツオが鼻を鳴らした。

 彼は驚いていなかった。

 咥えたタバコの紫煙越しに、その赤い文字列を冷ややかな目で見つめている。

 まるで、いつか必ず届くと分かっていた督促状を受け取った時のような、諦めと納得の混じった表情。


「……ついに認定されたか。」


 テツオが低く呟いた。

 その声には、俺たちには分からない「過去」への因縁と、覚悟が滲んでいた。


「誰がこれを?」


 俺は聞いた。

 警察か、自衛隊か。いや、それにしては手続きを飛ばしすぎている。


「通常の行政機関じゃないわ。」


 スイがキーを叩き、画面を切り替える。

 次に映し出されたのは、不鮮明な盗撮写真のような画像だった。


 雪の中に佇む、黒い集団。

 全身をマットブラックの特殊な装甲服に包み、顔のないフルフェイスのヘルメットを被っている。

 銃火器を携行しているが、その形状は自衛隊のものとは明らかに異なる、より洗練された殺傷用兵器だ。


「……こいつら。」


 俺の心臓が早鐘を打った。

 忘れるはずがない。

 あの日、札幌の地下歩行空間で。

 サチとヤマトを連れ去った連中だ。


「……あたしが恵庭へ避難しようとしていた時、こいつらに襲われたの。」


 スイが、震える声で語り始めた。


「避難誘導なんて嘘だった。こいつらは、逃げ惑う人たちを『選別』して、不要なものをその場で……。」


 彼女は自分の腕を抱いた。


「その時に、あたしの能力が覚醒したの。……必死で逃げて、他の怪物たちからも隠れて、ようやく千歳の空港施設に逃げ込んだ。……でも、そこも地獄だった。」


 彼女は、施設内のネットワークに潜り込み、生き延びるための情報を集め続けた。

 そして辿り着いたのが、このデータだ。


「こいつらは『掃除屋』。今、日本中で起きている異常現象……その裏で暗躍している、正体不明の実行部隊よ。」


 黒い兵士。

 顔のない処刑人。

 こいつらか。こいつらが、俺たちの人生を狂わせ、大切なものを奪っていった実行犯か。

 俺の奥歯がギリリと鳴った。


 その時だった。


「……あ?」


 壁際で腕を組んでいたエイジが、不意に声を上げた。

 彼は食い入るように、壁に投影された黒い兵士の写真を見つめていた。

 その鉄仮面のような無表情が、微かに歪んでいる。


「……見覚えが、ある。」


 エイジが呟いた。


「俺が……あの砦に隠れていた時……奴らが……海から……。」


 彼の記憶の糸が、何かを手繰り寄せようとしていた。

 テツオが身を乗り出す。


「思い出したのか、エイジ! 奴らは何をしに来たんだ!」


「……奴らは……何かを……海に……捨てて……。」


 エイジがこめかみを押さえた。

 その指が、ヘルメットのバイザーに食い込むほど強く押し付けられる。


「……ちがう、捨てたんじゃない……あれは……。」


 エイジが何か、決定的な言葉を口にしようとした、その瞬間。


 **キィィィィィィィィィィィンッ!!!!**


 強烈なハウリング音が、倉庫内に響き渡った。

 スピーカーからではない。

 空間そのものが悲鳴を上げたような、脳髄を直接レイプする電子的な不協和音。


 バチバチッ! ザザッ……!


 投影されていた映像が激しく乱れた。

 黒い兵士の姿が歪み、極彩色のノイズが走り、砂嵐へと変わる。

 倉庫の天井にある水銀灯が、呼応するように激しく明滅を始めた。


「がぁっ……!?」


 エイジが絶叫し、その巨体を床に叩きつけるようにしてうずくまった。


「エイジッ!?」


 俺たちは駆け寄ろうとしたが、近づけない。

 エイジの体から、目に見えない衝撃波のような圧力が放たれている。


「あ、ガ……ッ、あ……!!」


 エイジは頭を抱え、床を転げ回った。

 物理的な痛みではない。

 もっと深い、脳の認識領域そのものを焼き切るような拷問。


「ノ、イズ……が……! 声が……!!」


 彼の口から出る言葉が、途切れ途切れになる。

 いや、聞こえない。

 彼が重要な単語を発しようとするたびに、世界そのものが「ザザッ……」という物理的なノイズ音を発生させ、その音声を強制的に上書きして消しているのだ。


【System Alert: Access Denied】

【Target Mind: Restricted】


 俺のHUDにも、真っ赤な警告が表示される。

 これは病気や後遺症じゃない。

 システム側からの「思考への強制干渉」だ。

 不都合な真実に触れようとした瞬間、防衛プログラムが彼の脳をハッキングし、認識を阻害している。


「……くそッ、やめろ!」


 俺はエイジの肩を掴み、揺さぶった。

 彼の体は高熱を発し、ガタガタと痙攣していた。


「思い出すな! 考えなくていい!」


 俺が叫ぶと、エイジは虚ろな目で俺を見上げ、そして糸が切れたように脱力した。

 ハウリング音が止む。

 照明の明滅が収まり、再び薄暗い静寂が戻ってくる。


 エイジは荒い息を吐きながら、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。

 もう、さっき何を言おうとしていたのかすら忘れてしまったような顔で。


 俺は、戦慄した。

 背筋を、冷たい汗が伝い落ちる。


 エイジは、あの「赤熱する能力タンク」を使いすぎた。

 その代償として、脳の記憶領域が焼き切れ、バグに侵食されている。

 だから、システムからの干渉をダイレクトに受けてしまうのだ。


 ……俺も、いつかこうなるのか?


 俺は自分の掌を見つめた。

 あの札幌で手に入れた「確率の簒奪」。

 敵を殺し、その能力を奪うたびに、俺は強くなっている。

 サチを助けるためには、もっと強くならなければならない。

 もっと多くの命を奪い、もっと多くの「簒奪」を重ねなければ、あの黒い兵士たちや、その上にいる管理者を倒すことなんてできない。


 だが。


 力を得れば得るほど、俺という人間を構成するメモリ(記憶)は、バグに侵食されていくのではないか?

 テツオが家族の顔を忘れたように。

 エイジが守るべき仲間を忘れたように。


 ここにあるのは、あまりにも残酷なパラドックスだ。


 『サチを救うための最強の力を手に入れた時、俺はサチのことなど綺麗さっぱり忘れているかもしれない。』


 あるいは、サチの目の前で、俺自身が「言葉の通じない怪物」に成り果てているかもしれない。


「……っ。」


 恐怖が、胃の腑を握りつぶす。

 死ぬことよりも恐ろしい、自己の消失。


 俺は試した。

 今、一番大切なものを。

 脳裏に、サチの顔を思い浮かべる。


 雪の中で笑う彼女。

 温かいコーヒーを手渡してくれた彼女。

 「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた彼女。


 その笑顔が、脳内のスクリーンに映し出される。


 ザザッ……。


 一瞬。

 本当に一瞬だけ、彼女の顔に「砂嵐」が走った。


 目鼻立ちがぼやけ、ピクセルが欠落し、誰だか判別できないノイズの塊に見えた。


「……嘘だろ。」


 俺は愕然として、顔を覆った。

 まだ覚えている。声も、温もりも、はっきり思い出せる。

 だが、侵食は確実に始まっている。

 俺が生き延び、力を振るうたびに、彼女の輪郭は少しずつ削り取られていく。


 これは時間との戦いだ。

 俺が俺でいられるうちに。

 俺の心が、バグの海に沈んで完全に初期化されてしまう前に、サチの元へ辿り着かなければならない。


 俺は顔を上げた。

 テツオが、全てを察したような目で俺を見ていた。

 スイが、唇を噛んで俯いていた。

 エイジは、まだ床で荒い息をついている。


 もはや、立ち止まっている時間はない。


「……行くぞ。」


 俺は絞り出すように言った。

 恐怖を怒りで塗りつぶし、震える足を無理やり床に突き立てる。


「奴らの正体が何だろうと、俺たちが『最重要危険分子』だろうと関係ない。」


 俺は、壁に映し出された【DISPOSAL REQUIRED】の文字を睨みつけた。


「俺たちがゴミかどうかは、俺たちが決める。……南へ行くルートを出せ、スイ。地獄の底だろうが、突破してやる。」


Would you like me to proceed to Episode 10.5_Part 4: The Singularity & Compass to the South?

お読みいただきありがとうございます。 追い詰められていく精神。 次回、Episode 10.5完結。タケルの決意と、南への羅針盤。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ