Episode 010-4: 忘却の湿度
ヴォイドを撃退し、工場(過去)に別れを告げたエイジ。 彼は「北狼号の整備士」として同行することを決意します。 これで北狼号は、攻撃、防御、索敵、全てを備えた「移動要塞」へと進化しました。 目指すは南、函館。
【登場キャラクター】
高瀬タケル: 頼もしい仲間の加入に感謝する。
権田テツオ: 友人が戻ってきたことに、隠れて安堵の息を吐く。
佐藤 "シュガー" ケンジ: 新たな仲間のための食事を用意する。
霧隠スイ: エイジを「おっちゃん」と呼び始める。
空閑マイ: チームの戦力向上を確信する。
水島エイジ: 新たな仲間。頼れる大人の加入
Part 4: The Oath to the South
限界だった。
俺の膝は、すでに悲鳴を上げることすらやめていた。
頭上で支えている数トンのコンテナ。その質量が、俺の骨格をミシミシと圧迫し、意識を白濁させていく。
隣に立つ水島エイジが、白熱する右腕でコンテナを押し返しているおかげで、かろうじて即死は免れている。
だが、それも時間の問題だ。
目の前の怪物――産業廃棄物の獣は、体勢を立て直し、さらなる重量をかけて俺たちを押し潰そうとしていた。
(……クソッ、押し負ける!)
足元のアスファルトが、さらに深く陥没する。
血管が切れ、鼻からツーっと温かいものが垂れた。
その時。
ヒュンッ!!
鋭い風切り音が、俺たちの頭上を通過した。
風を裂き、海風の湿気を貫いて飛来した一本の矢。
それは、怪物が振り上げている右腕の付け根――錆びついたクレーンと船体を繋ぐ、腐食した巨大なボルトの隙間に、吸い込まれるように突き刺さった。
カァァァン!!
乾いた音が響く。
物理的なダメージは皆無に近い。
だが、その矢は「構造的な弱点」を正確に射抜いていた。
長年の腐食で脆くなっていた結合部が、一点にかかった衝撃によって粉砕される。
ガクンッ。
怪物の右腕が、自重を支えきれずに脱落した。
支えを失ったコンテナの圧力が、一瞬だけ抜ける。
「……ナイスだ、マイ!」
俺は叫んだ。
その千載一遇の好機を、老兵が見逃すはずがなかった。
「退いてな、若造。」
エイジが、低く呟いた。
彼はコンテナを支えていた手を離し、一歩踏み込んだ。
ドォン!!
足元のアスファルトが爆ぜる。
彼の右腕のアーマーが、限界を超えて加熱し、眩いほどの閃光を放ち始めた。
白熱を超え、青白いプラズマのような輝きを帯びる。
周囲の空気が瞬時に焦げ、酸素が燃える臭いが立ち込める。
もはや、ただの殴打ではない。
全身のバネと、炉心の全出力を一点に集中させた、質量崩壊の一撃。
「オラァッ!!!」
エイジの拳が、怪物の腹部へと深々と突き刺さった。
一瞬の静寂。
そして。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
内側からの爆発。
殴られた衝撃で吹き飛ぶのではない。
注入された超高熱エネルギーによって、怪物を構成していた鉄屑やヘドロが、分子レベルで結合を解かれたのだ。
巨体が、膨張し、弾け飛んだ。
錆びた鉄板が飴のように溶け、古タイヤが蒸発し、黒い霧が断末魔のように噴き上がる。
怪物は原型を留めることなく崩壊し、そのまま背後の黒い海へとズブズブと沈んでいった。
ジュウウウウウウ……。
大量の海水が蒸発し、白い水蒸気が港全体を覆い隠す。
その霧の中で、エイジは右腕から煙を上げながら、仁王立ちしていた。
勝った。
圧倒的な質量を、さらに圧倒的な熱量でねじ伏せたのだ。
だが、戦いの代償は大きかった。
パチッ、パチパチ……。
エイジの背後で、乾いた音が響き始めた。
彼が守り続けてきた「砦」。
スクラップの車やコンテナを積み上げて作った、彼だけの城。
その壁に、エイジ自身の放った高熱の余波が引火していた。
乾燥した廃材や、染み付いた油に火が回る。
ボッ!
一気に炎が燃え広がった。
赤錆びた鉄の要塞が、紅蓮の炎に包まれていく。
雪が降っているというのに、火の勢いは止まらない。
燃え盛る「赤」と、静かに降り積もる「白」。
そのコントラストが、残酷なほど美しかった。
テツオが、エイジの元へと歩み寄った。
彼は燃え落ちる砦を見上げ、呆然と呟いた。
「……いいのか。エイジ。」
テツオの声が震えている。
知っているのだ。
エイジがどれほどの執念で、何年もの間、たった一人でこの場所を守り続けてきたかを。
記憶を失くしてなお、ここを死守しようとした彼の生き様を。
「お前の城だろ。……燃えちまうぞ。」
エイジは、炎に照らされた横顔で、静かに首を振った。
その瞳に、もう迷いはなかった。
「……いいさ。」
彼は、燃え落ちる瓦礫の山から視線を外し、目の前のテツオを見た。
そして、俺たちを見た。
「俺が守りたかった『中身』は、もうここにはいなかったんだ。」
場所ではない。
ガワではない。
彼が本当に守りたかったのは、かつてそこで笑い合った仲間たちであり、その記憶だったのかもしれない。
そして今、その「中身」の一部であるテツオが、ここにいる。
新しい仲間である俺たちが、ここにいる。
なら、箱はもういらないということか。
彼は、自らの手で過去を焼き払い、新しい選択をしたように見えた。
俺には分からない。
ただ、炎を見つめる彼の横顔が、どこか憑き物が落ちたように穏やかだったことだけは確かだ。
「……そうか。」
テツオは短く答え、目元を乱暴に擦った。
そして、ニカっと笑った。
煤と涙で汚れた、最高の笑顔で。
「なら、行くぞエイジ。……新しい職場だ。」
テツオは親指で、背後に停めた北狼号を指した。
傷だらけで、泥だらけの、俺たちの箱舟。
エイジは無言で頷いた。
彼は足元に落ちていた、自分の荷物――巨大なモンキーレンチと、いくつかの工具を拾い上げた。
それだけが、彼がこの場所から持ち出す全てだった。
北狼号の前に立つ。
テツオが後部座席のドアを開けた。
「狭いぞ。文句言うなよ。」
「フン。……お前の組んだエンジンの振動、久しぶりに味わってやるよ。」
エイジが、その二メートルを超える巨体を、無理やり車内へとねじ込んだ。
ギギギ……ズンッ!!
車体が、大きく沈み込んだ。
サスペンションがきしみ、タイヤが潰れる。
ただ重くなっただけではない。
鋼鉄の装甲と、炉心のような火力を手に入れた、圧倒的な重量感。
北狼号は、ここにおいて単なるトラックから、「移動要塞」へとクラスチェンジしたのだ。
俺も助手席に乗り込み、ドアを閉めた。
車内は、限界を超えた密度だった。
運転席にテツオ。助手席に俺。
後部座席には、巨体のシュガーと、さらに巨大なエイジ。そしてその隙間に、スイとマイが押し込まれている。
男たちの熱気と、油と汗の臭い。
むさ苦しいことこの上ないが、不思議と不快ではなかった。
この密度の高さだけが、今は唯一の救いだ。
「……出すぞ!」
テツオが叫び、ギアを叩き込んだ。
ドロロロロロォッ!!
エンジンが咆哮を上げる。以前よりも重く、力強い音に聞こえた。
北狼号は走り出した。
背後で燃え落ちる港の炎が、サイドミラーの中で揺らめき、やがて闇の中へと小さくなっていく。
エイジは一度も振り返らなかった。
彼は腕を組み、不機嫌そうな顔で前だけを見据えていた。
「さて。」
シュガーが、窮屈そうに体をよじりながら、ニヤリと笑った。
「手狭になったが、戦力は大幅アップだ。……歓迎会といこうか。とっておきのスパイスがある。」
「またカレーかよ!」
スイが文句を言い、車内に小さな笑いが起きた。
俺は、フロントガラスの向こうを見た。
黒い海を背にして、目指すは南。
北海道の最南端、函館へ続く道。
後ろを振り返れば、仲間が増えたことに安堵できる。
だが、俺の目的は仲間集めじゃない。
サチ。
ヤマト。
二人を助け出し、このふざけた世界を終わらせる。
そのためには、まだまだ足りない。
人数が増えようが、トラックが強くなろうが、その先にある絶望の淵に辿り着ける保証などどこにもない。
この安らぎは、嵐の前の静けさに過ぎないのかもしれない。
南へ行けば行くほど、敵は強く、世界は歪んでいく。
この「チーム」も、いつまで形を保っていられるか。
俺は、HUDのマップを開いた。
まだ見ぬ地獄へのルートが表示される。
「……サチ、ヤマト。」
俺……いや、俺たちは生き残る。
そのためなら、どんな手でも使う。
たとえそれが、死者を利用するような薄汚い手だとしても。
北狼号は、雪煙を上げて夜の国道を突き進んでいった。
重たくなった車体が、深まる闇へと沈み込んでいくように。
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お読みいただきありがとうございます。 役者は揃いました。 次回、Episode 10.5。激闘の合間の休息。幽霊たちの作戦会議。




