Episode 010-3: 忘却の湿度
落下する鉄骨からエイジを庇い、負傷するタケル。 「ガキが先に死ぬんじゃねえ!」 その姿に、エイジの中で眠っていた「守る者」としての本能が覚醒します。 彼の右腕が赤熱し、鋼鉄の盾となって海獣の牙を受け止める。
【登場キャラクター】
高瀬タケル: 信頼を行動で示し、頑固親父の心を動かす。
権田テツオ: 友人の覚醒を目撃する。
霧隠スイ: 盾となったエイジに驚く。
空閑マイ: 隙を見て援護射撃を行う。
水島エイジ: 記憶よりも深い場所にある「職人の魂」を取り戻す。
Part 3: The Iron Shield
【Perspective Jack: 権田テツオ】
ドンッ!!
目の前で、水島エイジという名の鉄塊が地面を蹴った。
あいつの右腕が、真っ白に発光している。
馬鹿野郎。それは、お前の寿命を削る光だ。
相手は全長三〇メートルの、動く産業廃棄物だ。
ダンプカーに生身で突っ込むような、正気の沙汰じゃない特攻。
だが、あいつは止まらなかった。
俺の声なんて届いちゃいない。
あいつはいつだってそうだ。一度決めたら、テコでも動かねえ頑固者だった。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
爆音が、俺の鼓膜を叩き割るように響いた。
眩しい。
エイジの右腕が怪物の胴体――錆びたタンカーの船首に突き刺さるのが見えた。
分厚い鋼鉄が、バターみたいにドロドロに溶け落ちていく。
効いたか?
いや、ダメだ。
相手がデカすぎる。
グォォォン……。
怪物は、痛がってすらいなかった。
船首に空いた大穴なんて、あの巨体にとっちゃカサブタみたいなもんだ。
怪物が、煩わしい羽虫を払うみたいに体を揺すった。
ビュンッ!
黒い影がしなった。
怪物の背中から生えていた、折れ曲がったクレーンのアームだ。
先端についたフックと、太い鎖の塊が、横薙ぎにエイジを襲う。
ガギィッ!!
嫌な音がした。
鉄と鉄がぶつかる音じゃない。中身の詰まったものが、無理やり弾き飛ばされる鈍い音だ。
エイジの巨体が、まるでボールみたいに宙を舞うのが見えた。
「エイジッ!?」
俺は叫んだ。喉が裂けそうだった。
あいつはそのまま、自分が守ろうとしていた砦の壁――積み上げられたコンテナの山へと叩きつけられた。
ズガァァァン!!
壁が崩落する。
エイジの体が瓦礫の中に埋もれちまった。
右腕の白い輝きが、チカチカと頼りなく明滅して、急速に弱まっていく。
動かねえ。意識が飛んだか、それとも中の人間が潰れちまったか。
ズズズズズ……。
地面が揺れる。
怪物が、ゆっくりと近づいてくる。
見上げる視界。
怪物は、その右腕にあたる部分――ワイヤーで束ねられた巨大な海上コンテナを、天高く振り上げていた。
太陽を遮る、圧倒的な死の影。
あれが落ちてくれば、潰れる。
エイジも、砦も。俺たちの思い出も。
何もかもが、ただの鉄屑になっちまう。
俺は駆け出した。
足がもつれる。カズマの野郎にやられた手の傷が痛む。
間に合わねえ。
俺の鈍足じゃ、あいつの元まで届かねえ。
(やめろ……やめろッ!)
またかよ。
俺はまた、何もできずに見ているだけなのかよ。
ヒュオォォォォォッ……!!
風を切り裂く音。
数トンの鉄塊が、重力に従ってエイジの頭上へ落下してくる。
その時だ。
ザッ!
俺の横を、黒い影が疾走した。
速い。人間じゃない速度だ。
タケルだ。
あいつは、崩れかけた瓦礫の中へ、エイジの目の前へ滑り込んだ。
そして、背中の汚い鉄パイプを両手で掲げ、頭上へ突き出した。
馬鹿かお前は!
生身でコンテナを受け止める気か!?
ガキィィィィィィィンッ!!!
耳をつんざくような、甲高い金属音が脳髄を揺さぶった。
火花が散る。
グッ……ウゥッ……!!
タケルの体が沈んだ。
膝の関節がミシミシと悲鳴を上げているのが、ここからでも分かった。
大腿骨が軋み、全身の筋肉繊維がブチブチと音を立てて断裂していくような、生々しい負荷。
足元のアスファルトが、あいつの足の形に陥没して、蜘蛛の巣みたいに亀裂が走った。
ゴフッ。
タケルの口から、鮮血が噴き出した。
内臓が潰れかけてる。
それでも、あいつは膝を折らなかった。
鉄パイプが弓なりに曲がりながらも、コンテナの底を食い止めている。
「……あ?」
瓦礫の中で、エイジが目を開けたのが見えた。
あいつは焦点の合わない目で、タケルの背中を見上げていた。
自分が守ろうとしていた場所に、見知らぬ他人が割り込んでいる。その状況が理解できていない顔だ。
「……おい、ジジイ。」
タケルが吠えた。
血に染まった歯を食いしばり、震える声で笑ってやがる。
「勝手に死に場所決めてんじゃねえぞ。」
俺は息を呑んだ。
あいつのボロボロの背中。
泥だらけで、血まみれで、それでも必死に何かを支えようとしている姿。
それが、エイジの、そして俺の記憶にある「何か」と重なった気がした。
昔の俺たちだ。
無茶ばかりして、傷だらけになって、それでも意地だけで立っていた、あの頃の馬鹿な俺たちだ。
エイジの呼吸が変わった。
さっきまでの、機械みたいな虚ろな呼吸じゃない。
熱を帯びた、荒い息遣い。
ボワッ!
ここまですげえ熱気が届いた。
エイジの心臓(炉心)が、再始動している。
「……ガキが。」
エイジの喉から、唸り声が漏れた。
それは、ロボットみたいな無機質な音声じゃなかった。
人間臭い、不器用な悪態だ。
「先に……死ぬんじゃねえッ!!」
カッ!!
視界が白く染まった。
エイジの右腕が、爆発的な輝きを取り戻して再点火したんだ。
熱い。
顔の産毛が焦げそうだ。
だが、その熱さが涙が出るほど懐かしかった。
あいつの「熱」だ。
エイジが立ち上がった。
壊れた足を引きずりながら、タケルの隣に並ぶ。
そして、白熱する右腕を、タケルが支えているコンテナの底へ突き立てた。
ジュワァァァァッ!!!
鉄が溶ける音。
タケルの「質量」と、エイジの「熱量」。
二つの力が、死のプレスを押し返す。
「せぇぇぇのッ、オラァァァァッ!!」
タケルが叫んだ。
エイジも同時に吼える。
タケルの鉄パイプがコンテナを持ち上げ、エイジの右腕がそれを溶かしながら弾き飛ばす。
ズドォォン!!
巨大なコンテナが、背後の海へと投げ捨てられた。
水柱が上がる。
目の前の怪物が、バランスを崩してよろめくのが見えた。
タケルが膝に手をつき、荒い息を吐いている。
全身ボロボロだ。だが、立っている。
横を見ると、エイジも肩で息をしていた。
あいつはヘルメットのバイザー越しに、タケルを見ていた。
その目はもう、あいつを「異物」としては見ていなかった。
言葉はいらねえ。
ただ、隣に立つ男の体温と、強烈な鉄と血の臭いだけが、そこに「仲間」がいることを証明していた。
エイジが、ニヤリと笑った気がした。
ああ、間違いねえ。あいつの顔だ。
「手伝ってやるよ、若造。……俺のシロで暴れるゴミを、一緒に焼き尽くすぞ。」
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お読みいただきありがとうございます。 最強の盾の誕生。 次回、Episode 010完結。南への誓い。北狼号は完全なパーティとなります。




