Episode 009-1: 確率の処刑
苫小牧、工業地帯への入り口。 一本道を塞ぐ男、九条カズマ。 彼の周囲では、「銃がジャムる」「タイヤがパンクする」といった不運が100%の確率で発生します。 タケルのHUDに表示される生存率は、絶望的な 0.00%。
【登場キャラクター】
高瀬タケル: 数理的な「詰み」を前に、思考を巡らせる。
権田テツオ: 突然のパンクやエンジントラブルに対処する。
佐藤 "シュガー" ケンジ: 運の悪さに頭を抱える。
霧隠スイ: 透明化して状況を偵察する。
空閑マイ: 風向きから敵の能力を分析する。
九条カズマ: No.503。確率変動を操る、破滅的なギャンブラー。
Part 1: The Guardian of Survival Rate
「……にしてもまぁ、随分と荷物を増やしてくれたもんだなぁ、おい。」
テツオの深く、重い溜息が、ディーゼルエンジンの振動に混じって車内に沈殿した。
彼はハンドルを握りしめながら、バックミラー越しに後部座席を睨みつけている。
無理もない。
北狼号のキャビンは今、かつてないほどの人口密度に達していた。
運転席にテツオ。助手席に俺。
そして後部座席には、巨体のシュガーと、新たに加わった二人の少女――スイとマイが押し込まれている。
男三人のむさ苦しい汗と機械油の臭いの中に、少女たちの甘いシャンプーの香りが混ざり合い、なんとも言えないカオスな飽和状態を作り出していた。
物理的な重量だけではない。
テツオが嘆いているのは、背負い込んだ「厄介事」の総量についてだ。
「賑やかでいいじゃないか。」
シュガーが、狭いシートで器用に足を組み替えながら笑った。
彼はマイに場所を譲るため、自分の体を窓枠に押し付けるようにして座っている。
「鍵師に、弓兵だ。それに前衛のタンクとアタッカー。……RPGのパーティにしちゃあ、バランスは悪くないぜ?」
「遠足に行くんじゃねえんだぞ。……食い扶持が増えるだけだ。」
テツオは悪態をついたが、その声色には本気の拒絶はない。
むしろ、この狭苦しさが、孤独な雪原の旅において奇妙な「温かみ」をもたらしていることを、彼もまた否定しきれていないようだった。
「ねえ、おじさん。」
後部座席の真ん中に陣取ったスイが、身を乗り出してテツオの肩を叩いた。
彼女の手には、テツオがダッシュボードに放置していた愛用のモンキーレンチが握られている。
「このレンチ、古くない? 噛み合わせがガタガタだよ。メンテしてあげよっか?」
「あぁ!? 勝手に触るなクソガキ! それは俺の魂だ!」
「えー、ケチ。電子制御のトルクレンチに改造してあげようと思ったのに。」
スイは口を尖らせながらも、楽しげに工具を弄んでいる。
俺にナイフを突きつけられた時の恐怖は、どこへやら。
彼女の図太さは、この過酷な世界を生き抜くための才能かもしれない。
その隣で、空閑マイは窓を開け放ち、顔を出していた。
氷点下の風が吹き込み、彼女の長い黒髪を乱暴に揺らす。
だが、彼女は寒がる様子もなく、目を細めて流れる景色を見つめていた。
「……風が変わる。」
マイが呟いた。
何年も滑走路のアスファルトに縛り付けられていた彼女にとって、移動する景色、変わっていく匂いは、それだけで鮮烈な刺激なのだろう。
「海が近いわ。……潮の匂いがする。」
苫小牧。
太平洋に面した工業都市。
俺たちの目的地はもうすぐそこだ。
俺はシートに深く体を預けた。
奇妙な連帯感。
俺たちは、それぞれの事情と傷を抱えたまま、一つの鉄の箱舟に乗り合わせた。
外は地獄だが、ここには体温があり、会話がある。
それは、許されないほど贅沢な安らぎの時間だった。
だが。
この世界において、「安らぎ」とは常に「死の前兆」でしかない。
バンッ!!
唐突に、破裂音が響いた。
銃声ではない。もっと鈍く、重い音。
ガガガガッ……!
車体が激しく傾き、ハンドルが取られる。
北狼号が悲鳴を上げて蛇行した。
「うおっ!?」
テツオが舌打ちをし、強引にハンドルをねじ伏せて路肩に停車させる。
キキーッと嫌な音を立てて、トラックが止まった。
「……チッ、パンクかよ。」
テツオが忌々しそうにドアを開けた。
「釘でも踏んだか? ……ったく、ついてねえな。」
彼は文句を言いながら、アスファルトの上に降り立った。
俺も警戒してドアに手をかける。
ただのパンクならいい。だが、このタイミングでのトラブルは、嫌な予感がする。
テツオが、パンクした左前輪を確認しようと屈み込んだ、その瞬間だった。
ギギッ……。
頭上で、何かがきしむ音がした。
俺は反射的に上を見た。
道路脇に立っていた、古びた道路標識の看板。
その支柱が、根元から腐り落ち、テツオの頭上へ向かって倒れてくるのが見えた。
「テツオさん、危ないッ!!」
俺は叫んだ。
テツオが反応し、横に転がる。
ドガァァァン!!
数分の一秒前までテツオがいた場所に、数百キロの鉄塊が落下した。
アスファルトが砕け、破片が飛び散る。
もし直撃していたら、即死だった。
「……は、ぁ……?」
テツオが腰を抜かしたように座り込み、目の前の鉄塊を見つめている。
顔色が蒼白だ。
「なんだ今の……。狙ったみたいに落ちてきやがったぞ。」
偶然だ。
看板の支柱が腐食していたのも、テツオがそこに立ったのも、すべては偶然の重なりに過ぎない。
だが、タイミングがあまりにも「完璧」すぎた。
「……おい、おかしいぞ。」
俺は呟き、周囲を見回した。
風がない。
鳥の声もしない。
ただ、異様に静かな工業地帯の入り口。
シュガーが車から降りてきた。
彼は緊張をほぐそうとしたのか、胸ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。
「やれやれ、心臓に悪いぜ。……一服して落ち着こうか。」
彼はオイルライターを取り出し、カチンとフリントを擦った。
ボッ!!
小さな炎が灯るはずだった。
だが、ライターは手のひらの中で小さな爆発を起こした。
ガス漏れだ。
タンクの接合部が劣化していたのか、あるいは内圧が高まっていたのか。
「あつっ!?」
シュガーがライターを取り落とす。
彼の手袋が焦げ、微かに煙が上がっている。
「なんだ今の……新品だぞこれ?」
シュガーが呆然と焦げた手を見つめる。
マイも車から降りてきた。
彼女は本能的な危機を感じたのか、背中の弓に手を伸ばし、構えようと足を踏ん張った。
ブチッ。
乾いた音がした。
彼女のコンバットブーツの靴紐が、両足同時に切れたのだ。
マイはバランスを崩し、無様にアスファルトに膝をついた。
「っ……!」
彼女はすぐに立ち上がろうとしたが、切れた紐が反対の足に絡まり、再び転倒しかける。
異常だ。
パンク。
看板の落下。
ライターの爆発。
靴紐の断裂。
一つ一つは、ありふれた「不運」かもしれない。
だが、これらがわずか数十秒の間に連続して起こる確率なんて、天文学的な数字になるはずだ。
何気ない動作の全てが、致命的な事故に繋がろうとしている。
ここは、そういう領域なのだ。
「……ようこそ。」
道の先から、声がした。
俺たちは弾かれたように顔を上げた。
倒れた看板の向こう。
陽炎のように揺らめくアスファルトの上に、一人の男が立っていた。
派手なスーツだ。
紫色の生地に、悪趣味な金の刺繍。
ネクタイを緩め、シャツのボタンを胸元まで開けた、退廃的な雰囲気の優男。
その手の中で、銀色のコインがチャリン、チャリンと弄ばれている。
「俺の『カジノ』へ。」
男は、パンクした北狼号と、無様に転がった俺たちを見て、ニヤリと唇を歪めた。
ズキンッ。
右目が疼いた。
HUDが、猛烈な勢いで警告ログを吐き出し始める。
【Target Identified】
【No.503: Kazuma Kujo (九条 カズマ)】
【Alias: The Gambler】
No.503。
スイやマイと同じ、三桁ナンバー。
カズマは、手元のコインを親指で弾いた。
ピンッ。
銀貨が高く舞い上がり、回転しながら落ちてくる。
彼がそれを手の甲でパチンと受け止めた瞬間。
【Warning: Survival Probability Dropping...】
【Calculation Complete: 0.00%】
俺の視界が、真っ赤に染まった。
生存確率、〇・〇〇パーセント。
エラーではない。
システムが、「お前たちはここで確実に死ぬ」と断定しているのだ。
不運ではない。
確定した「死」の未来が、俺たちの周囲を取り囲んでいる。
「ふざけるな……!」
テツオが立ち上がり、ホルスターから大型のオートマチック拳銃を抜いた。
彼は狙いも定めずに、カズマに向けてトリガーを引いた。
「死ぬのはテメェだ!」
カチッ。
乾いた音がしただけで、銃声は響かなかった。
不発?
いや、違う。
バキンッ!!
次の瞬間、テツオの手の中で銃が破裂した。
バレル(銃身)の中で弾丸が詰まり、行き場を失ったガス圧が機関部を内側から破壊したのだ。
暴発。
ジャムの中でも最悪のケース。
「ぐあっ!?」
テツオが血まみれの手を押さえてうずくまる。
破片が指を裂いたのだ。
「……おっと。」
カズマは動じない。
彼は手の甲のコインをチラリと見て、肩をすくめた。
「裏。……残念だったな。今の銃、メンテナンスを怠ってたんじゃないか? 一万分の一の確率で、バレルにヒビが入っていたようだぜ。」
嘘だ。
テツオは毎晩、執拗なまでに銃の手入れをしていた。
だが、現実に銃は壊れた。
一万分の一の確率を、強制的に「一」に変えられたのだ。
「俺の領域では、すべての事象が『バッドエンド』に収束する。」
カズマが、ゆっくりとこちらへ歩き出した。
彼が一歩踏み出すたびに、風が強まる。
突風が吹き荒れ、俺の足場の砂利が崩れる。
近くの工場の屋根から、錆びたトタン板が剥がれ落ち、ギロチンのようにマイの方へ飛んでくる。
「っ……!」
マイが転がりながら回避する。
スイの足元のアスファルトが、何の前触れもなく陥没し、彼女が悲鳴を上げて穴に落ちかける。
攻撃してこない。
ただ、歩いてくるだけ。
それだけで、世界そのものが俺たちを殺そうと牙を剥く。
勝てない。
近づけば転ぶ。撃てば暴発する。逃げればつまずく。
あらゆる行動が、最悪の結果へと直結している。
俺は、テツオの胸倉を掴んで引きずり起こした。
「下がれッ!!」
俺は叫んだ。
「このままじゃ全滅だ! 一旦撤退する!」
戦う土俵にすら立てていない。
今は、この理不尽な確率の嵐から距離を取るしかない。
俺たちは転がるようにして北狼号へ戻った。
テツオが血まみれの手でギアをバックに入れ、アクセルを踏み込む。
パンクしたタイヤがガタガタと悲鳴を上げるが、構っていられない。
遠ざかる視界の中。
九条カズマは追ってこなかった。
ただ、コインを弄びながら、逃げ惑う俺たちを嘲笑うように見送っていた。
HUDの表示は、まだ赤く点滅を続けている。
【0.00%】
その数字が、網膜に焼き付いて離れなかった。
Would you like me to proceed to Episode 009_Part 2: Challenge to Zero?
お読みいただきありがとうございます。 運命は変えられないのか。 次回、0.00%への挑戦。スイとマイの連携が、確定した未来を揺らします。




