Episode 008-4: 空の墓標
タケルによって足元のアンカーを破壊されたマイ。 激痛と共に自由を得た彼女は、北狼号という「地上の翼」に乗ることを決意します。 「悪くないわね、地上の景色も」 スナイパー兼観測手が加わり、パーティの戦力は大幅に向上しました。
【登場キャラクター】
高瀬タケル: 仲間が増え、責任の重さを感じる。
権田テツオ: 頼もしい戦力の加入を歓迎する。
佐藤 "シュガー" ケンジ: 歓迎の食事を用意する。
霧隠スイ: 新入りに興味津々で絡んでいく。
空閑マイ: 新たな仲間。クールだが、少し浮世離れしている。
Part 4: Target Lock
俺は、空閑マイの足元に膝をついた。
そこにあるのは、人体の欠損ではない。もっとおぞましい「融合」だった。
彼女のコンバットブーツの底は、アスファルトに埋め込まれた航空誘導灯の金属フレームと、熱で溶接されたように一体化していた。
さらに悪いことに、足首から上の皮膚までもが、錆びついた鉄のような質感に変質し、地面から伸びる無数のコードや鉄筋と絡み合っている。
血管が、根のようにコンクリートの深部へと潜り込んでいるのだ。
この大地そのものが、彼女というパーツを離そうとしていない。
「……引っ張っても無理だ。」
俺は呟いた。
これを外科手術のように丁寧に剥がしていたら、何時間かかるか分からない。
それに、彼女自身がそれを望んでいない。
なら、方法は一つだ。
荒療治でいくしかない。
「テツオさん、ハンマーを。」
俺は振り返らずに手を伸ばした。
テツオが無言で、荷台から大型のスレッジハンマーを投げ渡してくれた。
ズシリと重い鉄の塊。
その冷たさが、掌を通して俺の覚悟を固めさせる。
「……少し、痛むぞ。」
俺はマイに告げた。
彼女は虚ろな目で俺を見ている。言葉の意味を理解していないようだ。
俺はハンマーを高く振りかぶった。
狙うのは、彼女の足ではない。
その下。彼女を縛り付けている、この呪われた滑走路そのものだ。
「歯を食いしばれッ!!」
俺は渾身の力で、鉄塊を振り下ろした。
ドゴォォォォン!!
破壊音が、静寂を粉砕した。
硬質なコンクリートが悲鳴を上げ、亀裂が走る。
だが、一撃では足りない。
俺は二度、三度とハンマーを叩きつけた。
ガガッ! バキィッ!!
嫌な音がした。
コンクリートが砕ける乾いた音に混じって、何かが無理やり引き剥がされる、湿った生々しい音が響く。
金属化した皮膚が裂け、癒着していた肉が千切れる音。
ブシュッ。
亀裂から、鮮血が噴き出した。
赤い血と、青白い火花が同時に散る。
「あ、あぁぁぁぁぁっ!!!」
マイが絶叫した。
喉が張り裂けんばかりの悲鳴。
その痛みは、単なる肉体的な損傷だけではない。
彼女の魂をこの場所に繋ぎ止めていた「へその緒」を、強引に断ち切られた激痛だ。
バキンッ。
最後のひと振りが、誘導灯の支柱をへし折った。
彼女の身体が、ふわりと自由になる。
支えを失ったマイが、バランスを崩して俺の腕の中へ倒れ込んできた。
「はぁ、はぁ、うあぁ……!」
彼女は激しく痙攣していた。
足首からは血が滴り、砕けたコンクリートと鉄屑の塊が、ブーツの裏にへばりついたままぶら下がっている。
だが、彼女は痛みに悶えているのではなかった。
「だ、だめ……!」
彼女は、俺の腕を振りほどこうと暴れた。
その目は、恐怖で見開かれている。
「離して! 戻らなきゃ! ここを離れたら、誘導できない!」
パニック。
彼女にとって、あの場所から動くことは、死よりも恐ろしい「任務放棄」なのだ。
「まだ整備が終わってないのに! 滑走路が汚れたままなのに! あのコが降りてきちゃう! 事故になっちゃう!」
彼女は血まみれの足を引きずり、再びあの「定位置」へ這い戻ろうとする。
そこにはもう、砕かれた瓦礫の山しかないというのに。
俺は、彼女の肩を強く掴み、無理やり立たせた。
そして、その顔を両手で挟み込み、強制的に上を向かせた。
「見ろッ!!」
俺の怒号が、彼女の鼓膜を叩く。
「降りてこない! 空を見ろ、あれは死体だ!」
頭上には、相変わらずあの巨大なジャンボジェット機が張り付いている。
ノーズを下げ、凍りついたままの鉄塊。
エンジンからは煙一つ出ていない。
客席の窓は暗く、人の気配など微塵もない。
「動いてない! 昨日も、今日も、明日もだ! あれはただの鉄屑だ! お前が待っている誰かは、もうとっくに死んでるんだよ!」
残酷な真実を、唾と共に吐きかける。
マイの瞳が揺れた。
信じたくない。認めたくない。
だが、物理的な痛みと、俺の言葉の暴力が、彼女の完璧だった妄想の世界にヒビを入れていく。
「あ……あぁ……。」
彼女の膝から力が抜けた。
崩れ落ちる寸前、俺は彼女を横抱きに担ぎ上げた。
「テツオさん、出せ! 全速力だ!」
俺は叫びながら、北狼号の後部座席ドアを蹴り開けた。
マイを荷物のように放り込み、スイが小さく悲鳴を上げて奥へ詰める。
俺も助手席へと飛び乗った。
「しっかり捕まってろよ!」
運転席のテツオが叫ぶと同時に、ドロロロロ……ッ!! とエンジンの回転数が跳ね上がった。
巨大なタイヤが、怪鳥の死骸と瓦礫の山を噛み砕き、猛烈なトルクで回転を始める。
キュルルルッ……ドンッ!
強烈な加速G。
身体がシートに押し付けられる。
北狼号は、滑走路を一直線に走り出した。
かつて、マイが何度も見送ってきた飛行機たちと同じ方向へ。
ゴォォォォォォォッ……!!
轟音が鼓膜を満たす。
時速一〇〇キロ、一二〇キロ。
リミッターを解除されたトラックが、障害物のない滑走路を爆走する。
壊れた窓から、猛烈な風が吹き込んできた。
マイの長い黒髪が、風に煽られて乱暴に踊る。
彼女は、窓枠にしがみつき、遠ざかっていく景色を見ていた。
管制塔が小さくなる。
彼女が何年も立ち尽くしていた「定位置」が、点のようになって消えていく。
そして、あの上空に張り付いていたジャンボジェット機もまた、バックミラーの中で遠ざかり、やがてただの背景の一部へと溶けていった。
「……う、うぅ……。」
マイが呻いた。
小刻みに震える体。
それは恐怖ではない。「移動している」という圧倒的な生の感覚に、神経が追いつけずにいるのだ。
この加速感。背中を押されるG。
これは、彼女がかつて愛した「離陸」の瞬間に似ている。
だが、俺たちは浮き上がらない。
重力を振り切って空へ逃げることはできない。
ただひたすらに、地を這い、泥を跳ね上げ、地平線の彼方へと突き進むだけだ。
「……飛べないなら、走ればいい。」
俺は、風切り音に負けないように呟いた。
マイに聞こえたかは分からない。
彼女は、涙を流しながらも、もう後ろを振り返ろうとはしなかった。
車内に、少しだけ落ち着いた空気が戻ってきた。
轟音だけが響く中、運転席のテツオが、ふと俺の方を向かずに口を開いた。
「……おい、タケル。」
小声だった。
後部座席の二人には聞こえないボリュームで。
「……なんで、助けた?」
その問いに、俺は言葉に詰まった。
メリットはない。
スイの時は「ハッキング能力」という明確な利用価値があった。
だが、この空閑マイはどうだ?
足が不自由で、精神を病んでいて、弓の腕は立つが、今のところただの足手まといだ。
俺が目指している「効率的な生存」からは、かけ離れた行動だった。
「……分かりません。」
俺は正直に答えた。
「理屈じゃないんです。……ただ、あのままあそこに縛り付けておくのは、違うと思った。……こうしたいと、思ったんです。」
合理性も、損得勘定もない。
ただの衝動。
あるいは、かつてサチを救えなかった自分への、無意識の贖罪か。
俺の答えを聞いて、テツオは口の端を少しだけ歪めた。
それは、呆れたようでもあり、どこか安堵したような笑みでもあった。
「そうか。」
彼はハンドルを握り直し、前方の雪原を見据えた。
「……大丈夫だ。お前はまだ、人間だ。」
その言葉が、熱を持って俺の胸に落ちた。
人間だ。
怪物になりかけている俺の中に、まだ温かい血が流れていることを、この男は肯定してくれた。
俺は何も言わず、シートに深く体を預けた。
後部座席では、マイが涙を拭い、遠ざかる空に別れを告げていた。
彼女は背中の弓を抱きしめ、前(進行方向)を向く。
ズキンッ。
右目のHUDが、明滅した。
彼女のステータス画面が書き換わっていく。
【Status Update】
【Condition: Anchored】 → 【Destroyed】
アンカー、破壊確認。
拘束状態、解除。
そして、新たなターゲットロックの表示。
【New Target Locked: The Horizon】
地平線。
終わりのない道。
俺たちは、止まっていた時間を置き去りにして、再び動き出した。
足元のコンクリートと鉄屑を引きずったまま。
痛みと、わずかに残った人間性を燃料にくべて。
北狼号は、フェンスを突き破り、空港の外へと躍り出る。
その先には、赤い夕焼けに染まった国道が、血管のようにどこまでも伸びていた。
Would you like me to proceed to Episode 009: 確率の処刑?
お読みいただきありがとうございます。 仲間が増え、苫小牧へ。 次回、Episode 009。確率を操作するギャンブラーとの、数理的死闘。




