Episode 007-4: 燃料の代償
命乞いと取引。 スイは「鍵開け」のスキルを提供し、北狼号への同乗を許されます。 男だらけのむさ苦しい車内に加わった、派手なJKと甘いシャンプーの匂い。 空気が一変する中、旅は続きます。
【登場キャラクター】
高瀬タケル: 新たな同行者に頭を悩ませる。
権田テツオ: 「遠足じゃねえんだぞ」とぼやきつつ、ハンドルを握る。
佐藤 "シュガー" ケンジ: 賑やかになった車内に少し安堵する。
霧隠スイ: No.404。透明化する兵士を操る能力を持つ。北狼号にスカウトされる。
Part 4: The Transparent Passenger
「……殺さないで!」
少女の悲鳴が、冷たいコンクリートの床に叩きつけられた。
彼女は俺の足元で、壊れた玩具のように震えていた。
目からは涙が溢れ、鼻水が垂れ、さっきまでの傲慢な態度は跡形もない。
ただの、死に怯える子供だった。
「お願い! 何でもするから! 言うこと聞くから!」
俺は、彼女の喉元に突きつけたナイフを下ろさなかった。
刃先が、白く細い首の皮膚に食い込んでいる。
あと数ミリ押し込めば、温かい血が噴き出し、この騒がしい命は終わる。
感情が動かなかった。
可哀想だとも、憎いとも思わない。
ただ、目の前にあるのは「処理すべき問題」であり、俺は最も効率的な解を求めているだけだった。
「……泣くな。」
俺は静かに、しかし冷徹に告げた。
瞳孔が開いたままの俺の目は、彼女を人間としてではなく、値踏みすべき物品として見下ろしていた。
「お前は何ができる? ……ただの迷子なら、ここに置いていく。役立たずのペットを飼う余裕はない。」
「ひっ……!」
【Target Identified】
【No.404: Sui Kirigakure (霧隠 スイ)】
【Alias: The Transparent】
少女――スイが息を呑む。
置いていく。
それは、この極寒の地下牢獄での確実な死を意味する。
「で、できる! あたし、役に立つよ!」
彼女は必死に、縋りつくように叫んだ。
「この基地のシステム、全部あたしが掌握してるの! 管理者権限を持ってる! ここだけじゃない、軍事回線の暗号コードも、電子ロックも、あたしなら全部開けられる!」
ハッカーか。
あの透明な怪物を操っていたのも、ここのセキュリティを乗っ取っていたのも、そのスキルの応用というわけか。
「それに! 燃料! 燃料が欲しいんでしょ!? 隠し場所を知ってるの! 備蓄用の軽油と、レーションもいっぱいある! あたしが生体認証を通さないと開かないエリアにあるの!」
燃料。
その単語が出た瞬間、俺の後ろでテツオの気配が動いた。
俺はナイフを引いた。
ゆっくりと、彼女の首から刃を離す。
「……証明しろ。」
俺は顎で奥の隔壁をしゃくった。
「嘘だったら、その場で喉を搔っ切る。」
スイは何度も頷き、ガタガタと震える足で立ち上がった。
彼女は壁面のコンソールに向かい、震える指でキーボードを叩いた。
涙で濡れた目で網膜認証を行い、パスコードを打ち込む。
ゴゴゴゴゴ……。
重厚な駆動音と共に、備蓄庫の最深部にあった分厚い隔壁がスライドした。
中から、埃っぽい冷気と共に、むせ返るようなオイルの臭いが漂ってきた。
あった。
非常用電源の横に、ドラム缶が積み上げられている。
その表面には『軽油』のペイント。
さらに棚には、未開封のレーション(戦闘糧食)の箱が山積みになっていた。
宝の山だ。
この枯渇した世界において、金塊よりも価値のある資源。
「……へっ。やるじゃねえか。」
テツオが短く言い、すぐにドラム缶へと駆け寄った。
シュガーも続く。
歓声はない。
生存に必要なコストを回収する、ただの事務作業のように、彼らは黙々とドラム缶を転がし、ポンプで北狼号のタンクへと燃料を移し替え始めた。
スイは、その光景を呆然と見ていた。
自分が招き入れた狼たちが、自分の城を食い荒らしていく様を。
膝を抱えてうずくまり、時折ビクリと体を震わせながら。
一時間後。
給油作業が終わった。
タンクは満タンになり、予備のドラム缶も二本、荷台に積載した。
食料も十分だ。これで当分は食い繋げる。
出発の準備が整った。
テツオが運転席に乗り込み、エンジンを始動させる。
ドロロロロ……と、力強い鼓動が地下空間に響き渡る。
俺たちは、トラックの横に立っていた。
足元には、スイが座り込んでいる。
「……で、どうするんだ。」
テツオが窓から顔を出して、冷たく言い放った。
「置いていけ。こいつは危険分子だ。平気で人を罠にかけるようなガキだぞ。連れて行けば、いつか寝首をかかれる。」
正論だ。
彼女は敵だった。ついさっきまで、俺たちをなぶり殺しにしようとしていた。
「まあまあ。」
シュガーが肩をすくめた。
「ここで置いていけば、凍死するか餓死するだけだがな。……後味は悪いぜ。」
「情けをかけてる場合か。」
二人の視線が、俺に集まる。
決定権は、彼女を「捕獲」した俺にある。
俺はスイを見下ろした。
彼女は懇願するように俺を見上げている。
その瞳には、生存への渇望と、大人への不信感が入り混じっていた。
助ける?
違う。そんな甘い感情じゃない。
俺の中で、冷徹な計算機が弾き出した答えは一つだった。
「……連れて行きます。」
俺は言った。
「は?」とテツオが顔をしかめる。
「勘違いしないでください。助けるんじゃない。」
俺はスイの腕を掴み、乱暴に立たせた。
「こいつの『鍵開け』のスキルは、今後の旅で使える。……この先、どんなセキュリティが俺たちを阻むか分からない。その時のための『合鍵』として利用するんです。」
道具。
リソース。
人間としてではなく、機能として彼女を見る。
使い潰せばいい。役に立たなくなったら、その時こそ捨てればいい。
そう自分に言い聞かせる。
その思考が、自分自身の人間性をヤスリのように削り落としていることに、俺は気づかないふりをした。
「……乗れ。」
俺は北狼号の後部座席のドアを開け、スイを押し込んだ。
「あ、ありがとう……。」
スイは小さく呟き、逃げ込むように車内へ入った。
俺も助手席に乗り込む。
ドアを閉める。
密閉された車内に、再び四人の息遣いが満ちる。
だが、その空気は明らかに変わっていた。
臭いだ。
不協和音が、鼻腔を刺激する。
俺たち男三人から発せられるのは、生存の悪臭だ。
煮詰まったコーヒー、染み付いた古いエンジンオイル、何日も洗っていない汗と皮脂の酸化臭。
それが俺たちの「日常」だった。
だが、そこに異物が混入した。
後部座席の隅で小さくなっているスイから漂う、安っぽいシャンプーのフローラルな香り。
ポケットに入っているお菓子のような、人工的な甘い匂い。
それは、この鉄錆と泥にまみれた車内には、あまりにも場違いで、暴力的ですらある「女の子」の臭いだった。
その甘さが、逆に今の俺たちの異常さを際立たせ、居心地の悪さを加速させる。
「……出すぞ。」
テツオが不機嫌そうにギアを入れた。
北狼号が動き出す。
開け放たれた隔壁を抜け、スロープを上がり、再び地上の猛吹雪の中へと躍り出る。
窓の外。
遠ざかっていく千歳基地の廃墟を、スイはガラスに張り付くようにして見つめていた。
その肩が、小刻みに震えている。
彼女は袖口で乱暴に涙を拭うと、膝を抱えて視線を落とした。
俺は前だけを見ていた。
バックミラーは見ない。
そこに映る少女の顔を見れば、削ぎ落としたはずの感情が戻ってきてしまいそうで。
奇妙な四人旅が始まった。
もはやチームではない。
互いに利用し、警戒し合う、呉越同舟の群れ。
北狼号は、新たな火種(爆弾)を腹に抱えたまま、凍てつく国道を南へと走り去っていった。
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お読みいただきありがとうございます。 スイの加入で、少しだけ賑やかになった北狼号。 次回、Episode 008。新千歳空港。空へ飛べない飛行機と、飛べない少女の話。




