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Episode 007-3: 燃料の代償

タケルはあえて彼女を無視し、去ろうとする素振りを見せます。 焦った少女が実体化した一瞬の隙。 その首元に突きつけられる鉄パイプ。 「ゲームオーバーだ」 それはヒーローではなく、生存者の冷徹な選択でした。

【登場キャラクター】

高瀬タケル: 感情を殺し、リソース確保を優先する。

権田テツオ: タケルの合図に合わせ、退路を断つ。

佐藤 "シュガー" ケンジ: 捕獲の瞬間に立ち会う。

謎の少女: タケルに追い詰められ、動揺する。

Part 3: The Trap of Neglect


「……探すのを、やめましょう。」


 俺は、できるだけ唇を動かさずに、隣にいる二人へ囁いた。

 声量は、スピーカーの向こうの彼女には届かないが、テツオとシュガーには確実に伝わる絶妙なレベル。


「……あ?」


 テツオが怪訝そうに眉を寄せる。

 俺は視線を天井のスピーカーから外し、足元のコンクリート床へと落とした。


「あいつは、構ってほしいだけです。……なら、一番効く毒は『無視』だ。」


 テツオとシュガーが顔を見合わせる。

 数秒の沈黙。

 そして、二人の顔に理解と、悪戯な共犯者の笑みが浮かんだ。


「……なるほどな。ガキの相手は得意じゃねえが、無視なら得意だ。」


 テツオは大きく息を吐くと、わざとらしいほどリラックスした動作で、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

 ポケットから愛用のモンキーレンチを取り出し、袖口で磨き始める。


 シュガーも続く。

 彼はリュックをごそごそと漁り、くしゃくしゃになった銀紙の包みを取り出した。


「おっ、ラッキー。まだ残ってたか。」


 彼が包みを開く。

 中から現れたのは、半分溶けて再び固まったような、歪な形のチョコレートバーだった。

 区役所の倉庫からくすねてきた非常食の残りだ。


「最後の一個だぜ。……ん〜、いい香りだ。」


 シュガーは鼻を近づけ、大げさに深呼吸をした。

 甘いカカオの香りが、冷たく乾いた地下空間にふわりと漂う。


「おい、独り占めすんなよ。半分寄越せ。」


 テツオがレンチを置いて手を伸ばす。


「へいへい。貴重な糖分だ、味わって食えよ?」


 パキッ。

 乾いた音が響く。

 シュガーがチョコを割り、欠片をテツオに放る。

 俺はリュックを下ろし、それを枕にしてコンクリートの上に寝転がった。

 背中から冷気が伝わってくるが、構わない。

 俺は腕を組み、目を閉じて、あくびを一つ噛み殺した。


 完全に、日常だ。

 ここは燃料の尽きた極寒の地下要塞で、姿なき殺人鬼に監視されているというのに。

 俺たちの態度は、まるで休日の公園でピクニックをしているかのように弛緩していた。


 そして、それがスピーカーの向こうの「彼女」にとって、何よりも耐え難い屈辱であることを、俺たちは知っていた。


『……ねえ。』


 スピーカーから、困惑したような声が漏れた。


『聞いてる? ゲームスタートだよ? 早く探さないと、本当に死んじゃうよ?』


 無視。

 俺は目を開けない。

 シュガーがチョコを咀嚼するクチャクチャという音だけが響く。


「……うん、悪くねえな。ナッツ入りか。」


「ああ。賞味期限は切れてるみたいだが、この寒さで保存状態は完璧だ。」


 男たちの低い話し声。

 そこには、彼女の存在など微塵も含まれていない。


『ちょっと!』


 声のトーンが上がった。


『無視すんなって! 聞こえてるんでしょ!?』


 ザザッ、とノイズが混じる。

 焦り。苛立ち。

 彼女の感情が揺らぐにつれ、電波にも乱れが生じている。


「……さて、少し寝るか。体力を温存しねえとな。」


 テツオがレンチをしまい、壁に背を預けて目を閉じた。


「そうだな。俺も一眠りするか。……おやすみ、おっさん。」


「誰がおっさんだ。」


 会話が途切れる。

 訪れる静寂。

 それは、さっきまでの張り詰めた緊張感とは違う、相手を拒絶するための分厚い壁のような沈黙だった。


『な、なんなのよ……!』


 スピーカーの声が震え始めた。

 遊び半分の余裕は消え失せ、代わりに子供じみた癇癪かんしゃくの色が濃くなっていく。


『あたしがここを開けないと、あんたたち終わりなんだよ!? 凍え死ぬんだよ!? 泣いて頼めば、ちょっとくらい考えてあげてもいいのに!』


 彼女は叫んでいる。

 だが、俺たちは微動だにしない。

 ただの環境音(BGM)として聞き流す。


 承認欲求。

 自分を見てほしい。自分を認識してほしい。

 その渇望こそが、彼女の行動原理であり、最大の弱点だ。

 透明化という最強のステルス能力を持ちながら、彼女自身が「透明な存在」として扱われることには耐えられないのだ。


『……ムカつく。』


 低い、地を這うような声。


『ムカつくムカつくムカつく!! 調子に乗るなよ、ガス欠の雑魚どもが!』


 バチバチッ!!


 異変が起きた。

 俺たちがいる備蓄庫の奥。積み上げられたコンテナの上空。

 何もないはずの空間に、青白い電気的なノイズが走った。


 キィィィィン……。


 空間が歪む。

 何もない場所から、ズルリと「何か」が吐き出されてくる。


 透明な輪郭。

 細長い手足。

 そして、腐った肉のような異臭。


 俺は薄く目を開けた。

 見覚えがある。

 いや、忘れもしない。


 国道で俺たちを執拗に追い回し、トラックに体当たりをしてきた、あの悪夢。

 ファントム・グレイ。


「……なるほどな。」


 俺は音もなく起き上がった。

 腑に落ちた。

 なぜ、野生動物のような奴らが、統率された動きで俺たちを狩ろうとしたのか。


 あいつだ。

 あの夜、俺たちに猟犬をけしかけた「飼い主」は、このスピーカーの向こうにいるガキだったのだ。


『やっちゃえ! あんな奴ら、八つ裂きにしちゃえ!』


 少女の金切り声と共に、召喚された怪物が咆哮を上げた。


 ギャァァァァッ!!


 透明な巨体が、猛スピードで突っ込んでくる。

 鋭利な爪が、俺の首を狙って振り下ろされる。


「危ねえ!」


 テツオとシュガーが反応しようとした。

 だが、それより速く。

 俺は動いていた。


 以前の俺なら、その姿の見えない恐怖に怯え、後ずさりしていただろう。

 だが、今は違う。

 俺はすでに、こいつらの「中身」を知っている。

 骨格の構造。筋肉の付き方。

 そして、攻撃の単純なパターン。


 見える。

 右目のHUDが、空間の歪みを瞬時に解析し、赤いワイヤーフレームで敵の姿を投影する。


 俺は、最小限の動きで頭を左に振った。


 ヒュンッ!


 爪が、鼻先数センチの空を空振りする。

 風圧で髪が揺れる。それだけだ。


 すれ違いざま。

 俺は踏み込み、怪物の懐へと潜り込んだ。


「……遅い。」


 俺は、伸び切った怪物の右腕を掴んだ。

 そして、体重を乗せて逆方向へねじり上げた。


 ボキリッ!!


 乾いた音が、静寂な地下空間に響き渡った。

 骨が砕け、関節が外れる感触。


 ギャッ……!?


 怪物が悲鳴を上げようとした瞬間、俺はすでに次の動作に移っていた。

 ガラ空きになった脇腹。

 そこへ、渾身の膝蹴りを叩き込む。


 ドゴォッ!!


 透明な巨体が「く」の字に折れ曲がり、 دمを詰まらせて吹き飛んだ。

 コンテナの壁に激突し、ズリズリと崩れ落ちる。

 痙攣し、やがて動かなくなる。


 一撃。

 殺してはいないが、完全に無力化した。


 俺は冷たい目で、足元に転がる透明な肉塊を見下ろした。


「……しつけのなってないペットだな。」


 吐き捨てる。

 こんなものに、俺たちは怯えていたのか。

 正体が分かってしまえば、ただの獣だ。

 そして獣は、人間おとなの暴力には勝てない。


『え、うそ……。』


 スピーカーから、絶句したような声が漏れた。

 自慢の「最強の手駒」が、一瞬でゴミのように処理されたことへの衝撃。

 その動揺が、彼女の致命的な隙を生んだ。


 バチバチッ!


 俺の頭上。

 積み上げられたコンテナの上で、空間が揺らいだ。

 ステルス迷彩が、制御を失ってノイズを走らせる。


 そこか。


 俺は床を蹴った。

 コンテナの側面に足をかけ、三角飛びの要領で高みへと躍り出る。


 バシュゥゥン!


 ノイズが晴れた。

 そこに、呆然と立ち尽くす小柄なシルエットがあった。


 防寒着を着込んでノートパソコンを抱え込んだ少女。

 その顔は、恐怖と混乱で白く引きつっている。

 彼女が俺の存在に気づき、悲鳴を上げようとした時には、もう遅かった。


 俺は彼女の背後に着地し、その細い首に腕を回した。


 冷たい金属の感触。

 俺の右手には、区役所の厨房から拝借した、刃渡り一〇センチの安物ナイフが握られている。

 その切っ先を、彼女の喉元にピタリと押し当てた。


「……ッ、ひっ……!」


 少女が息を呑み、硬直する。

 動けば切れる。

 その明確な死の感触が、彼女の全神経を支配した。


 子供の遊びは終わりだ。

 ここにあるのは、生き残るために泥を啜ってきた大人の、容赦のない現実だ。


 俺は、瞳孔の開いた目で彼女を見下ろした。

 耳元で、死神のように囁く。


「見つけたぞ、迷子さん。」


 チリッ。

 ナイフを僅かに食い込ませる。


「……ゲームオーバーだ。」


 少女の目から涙が溢れ出した。

 彼女はガタガタと震えながら、その場にへたり込んだ。


Would you like me to proceed to Episode 007_Part 4: The Transparent Passenger?

お読みいただきありがとうございます。 捕まえたのは、小さな女の子でした。 次回、Episode 007完結。新たな仲間……というよりは、騒がしい「荷物」が増えます。

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