Episode 007-1: 燃料の代償
千歳市近郊、自衛隊跡地の地下備蓄基地。 燃料と弾薬が尽きかけた一行は、生き残るために侵入を決意します。 しかし、そこのセキュリティは生きていました。 閉ざされた扉の向こうから響く、生意気な少女の声。「ねえ、遊んでよ」
【登場キャラクター】
高瀬タケル: 焦燥感の中、声の主との交渉を試みる。
権田テツオ: 燃料切れ寸前の北狼号を案じる。
佐藤 "シュガー" ケンジ: わずかな食料で仲間を励ます。
女の声: 基地のシステムを掌握する謎の人物。
Part 1: The Starving Fortress
限界だった。
俺たちも、この鉄の狼も。
北狼号のエンジンは、心不全を起こした獣のような不整脈を刻んでいた。
ドクン、ドクン、プスン……。
燃料計の針は、Eマークの赤いラインを完全に振り切り、死に絶えた虫の足のように力なく垂れ下がっている。
車内は冷え切っていた。
ヒーターからは、生温い風さえ出なくなっている。
シュガーの発熱能力も限界に近いのか、彼の顔色は青白く、いつもの軽口を叩く余裕すらない。
俺は助手席で、感覚のなくなった指先を擦り合わせながら、凍てついたフロントガラスを睨み続けていた。
後ろからは、まだ気配がする。
あの透明な悪夢たちだ。
姿は見えない。だが、風に乗って微かに届く雪を踏む音と、肌を刺すような殺気が、奴らがまだ諦めていないことを告げている。
執拗な追跡。
俺たちが足を止めた瞬間、あの不可視の牙が喉笛を食い破るだろう。
「……見えたぞ。」
テツオが、ひび割れた唇を開いた。
彼の充血した目が、前方の吹雪の一点を凝視している。
俺も目を凝らした。
白い闇の向こうに、巨大な影が浮かび上がってくる。
コンクリートの塊だ。
山ではない。人工物だ。
灰色の壁が、雪原から天に向かって垂直にそびえ立っている。
要塞。あるいは、巨大な墓標。
千歳基地跡地。
かつては北の空を守る防人たちの拠点であり、今は放棄された廃墟。
「……あそこだ。」
テツオがハンドルを切った。
タイヤが雪を噛み、車体が大きく傾く。
「一か八かだ。あの中に逃げ込むぞ。」
「逃げ込むって……入口は!?」
俺は叫んだ。
目の前にあるのは、堅牢なコンクリートの壁だけだ。
「あるはずだ! 地下への搬入口が!」
テツオは叫び返し、アクセルを踏み込んだ。
だが、エンジンは空回りするような悲鳴を上げ、加速しない。
燃料がない。最後の一滴まで搾り取ろうとしている。
壁が迫る。
その後ろから、追っ手の気配が濃くなる。
あった。
壁の一部が崩れ、巨大な黒い口を開けている場所が。
地下駐車場、あるいは物資搬入用のスロープだ。
バリケードが破壊され、雪崩れ込む雪が斜面を作っている。
「捕まってろォッ!!」
テツオが最後の賭けに出た。
北狼号は、惰性だけでその黒い穴へと突っ込んでいく。
ガガガガガッ!
車体の底が瓦礫を擦る音が響く。
視界が暗転する。
外の白い世界から、コンクリートの闇の中へ。
スロープを滑り落ちる速度が増す。
重力が、俺たちを地下の底へと引きずり込んでいく。
そして。
プスン。
軽い音がして、エンジンの振動が完全に消えた。
心停止。
北狼号はスロープを下りきった広い空間で、静かに、そして唐突に、その巨体を止めた。
「……着いたか?」
シュガーが、震える声で呟いた。
俺たちは沈黙したまま、周囲の様子を伺った。
静かだ。
外の暴風雪の音が、遠い世界の出来事のように微かに聞こえるだけ。
ここは、墓場か?
それともシェルターか?
その時。
ウゥゥゥゥゥン……!!
低いサイレンの音が、地下空間に響き渡った。
同時に、天井の回転灯が赤く点灯し、無機質なコンクリートの壁を血の色に染め上げた。
「なっ!?」
俺たちが身構える暇もなかった。
ズゥゥゥンッ!!!
背後で、轟音がした。
俺たちが今入ってきたばかりのスロープの入口。
そこに、分厚い鋼鉄の隔壁が、ギロチンのように落下してきたのだ。
ドォン!
地面が揺れた。
隔壁は完全に床に密着し、外への道を物理的に遮断した。
密室。
完全なる閉鎖空間。
外からの風の音が消えた。
追っ手の気配も消えた。
訪れたのは、耳が痛くなるほどの静寂と、赤い光の明滅だけ。
『――警告。不正侵入者を検知。』
頭上から、合成音声のアナウンスが降ってきた。
感情のない、冷徹な女の声。
『エリアB-4を封鎖します。保安部隊が到着するまで、その場で待機してください。』
保安部隊?
まだこの基地は生きているのか?
「……ハメられたな。」
テツオが、ハンドルから手を離して吐き捨てた。
彼はドアを開け、外へと降り立った。
俺とシュガーも続く。
寒い。
地下なら少しはマシかと思ったが、甘かった。
ここは巨大な冷凍庫だ。
コンクリートが冷気を蓄え、空気そのものが凍りついている。
俺たちがいるのは、広大な地下備蓄庫のようだった。
高い天井。整然と並ぶ太い柱。
そして、壁際に積み上げられた無数のコンテナ。
非常灯の赤い光に照らされたその光景は、どこか現実離れしていて、SF映画のセットのようにも見えた。
「……おい、何か食い物はあるか?」
シュガーが、ふらつく足取りで一番近くのコンテナに近づいた。
錆びついたレバーを引く。
ギギッという音と共に、扉が開く。
中は、空だった。
埃っぽい冷気が吹き出してくるだけ。
「……クソッ。こっちもだ。」
テツオが別の木箱をバールでこじ開けたが、中に入っていたのは劣化してボロボロになった毛布と、得体の知れない機械のパーツだけだった。
食料はない。燃料もない。
あるのは、過去の遺物と、凍りついたゴミだけだ。
俺は、寒さに震えながら周囲を見渡した。
右目のHUDを起動する。
暗視モード。熱源探知。
【Scanning Area...】
【No Life Sign Detected】
生体反応なし。
ここには誰もいない。ネズミ一匹いない。
だが。
俺の直感が、警鐘を鳴らしていた。
HUDのデータとは裏腹に、肌に感じる気配がある。
視線だ。
暗闇の奥、積み上げられたコンテナの隙間から、誰かがこちらをじっと観察しているような、ねっとりとした視線。
「……テツオさん。」
俺は小声で呼んだ。
「ここ、本当に無人ですか?」
「あぁ?」
テツオがこちらを向く。
「機械のアナウンスは生きてたが、暖房も入ってねえ。人間が住める環境じゃねえよ。」
「でも……。」
俺は言葉を飲み込んだ。
気のせいかもしれない。
追われていた恐怖心が、幻影を見せているだけかもしれない。
だが、この胸騒ぎはなんだ?
あの区役所で感じたのと同じ。
システムに管理された場所特有の、息苦しい圧迫感。
俺たちは、追っ手からは逃げ延びた。
だが、その代わりに、もっと巨大で、もっとたちの悪い「捕食者」の胃袋の中に、自ら飛び込んでしまったのではないか。
ドォン……。
遠くで、何かが動く音がした。
機械の駆動音か、それとも重い扉が開閉する音か。
音は反響し、どこから聞こえてきたのか判別できない。
「……行くぞ。」
テツオがバールを握り直した。
「ここにいても凍え死ぬだけだ。電源が生きてるなら、管理室があるはずだ。……そこで暖房を入れるなり、別の出口を探すなりする。」
俺たちは頷いた。
北狼号はもう動かない。
ここからは、自分の足で進むしかない。
俺たちは、赤い光が明滅する冷たい回廊の奥へと、足を踏み出した。
名もなき幽霊たちの、新たな彷徨が始まる。
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お読みいただきありがとうございます。 姿を見せない少女との駆け引き。 次回、彼女の正体と「透明化」のトリックが暴かれます。




