表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/47

Episode 006-2: 透明な侵入者

雪原に撒き散らされた黒い液体。 何もない空間に飛沫が当たり、そこに「何かがいる」輪郭が浮かび上がります。 姿は見えなくても、質量はある。 タケルはパワードスーツの演算能力をフル動員し、殺意のベクトルだけで敵を迎撃します。

【登場キャラクター】

高瀬タケル: 視覚外の情報を処理し、予測射撃を行う。

権田テツオ: ハンドル操作で敵の攻撃を回避する。

佐藤 "シュガー" ケンジ: 液体を撒くための準備をサポートする。

透明な獣たち: 光学迷彩を持つ、姿なき猟犬。

Part 2: The Logic of Transparency


 目の前で、足跡が止まった。


 雪を踏みしめる音。質量のある気配。

 だが、そこには何も見えない。

 白い雪原と、吹き荒れる吹雪だけが広がっている。


 いる。

 確実に、そこに「何か」がいる。


 タケルの本能が、理性よりも先に反応した。

 右目のHUDが警告を発する前に、背筋を凍らせるような死の予感が、彼の体を突き動かした。


「……ッ!」


 タケルは反射的に、後ろへ倒れ込んだ。

 無様な尻餅。雪の中に体が沈む。


 ヒュンッ!!


 直後、空気を切り裂く鋭利な音がした。

 コンマ一秒前までタケルの首があった空間を、不可視の刃物が薙ぎ払ったのだ。

 数本の髪の毛が、切断されてハラリと舞い落ちる。


「う、わぁぁッ!?」


 タケルは悲鳴を上げて後ずさった。

 殺される。

 見えない敵に、一方的に解体される。


「どうした、タケル!」


 テツオとシュガーが、慌てて戻ってきた。

 彼らはまだ事態を理解していない。

 タケルが一人で転んで騒いでいるようにしか見えないはずだ。


「いる! そこに!」


 タケルは震える指で、何もない空間を指差した。


「見えないけど、いるんです! 今、俺を殺そうとした!」


 テツオが眉をひそめた。

 だが、シュガーの反応は早かった。

 彼はタケルの切迫した表情と、雪面に残された不自然な足跡を見て、瞬時に状況を理解した。


「……なるほどね。」


 シュガーは、手に持っていた飲みかけの缶コーヒーを、何のためらいもなくその空間へぶちまけた。


「お近づきの印だ。受け取りな!」


 バシャッ!


 茶色の液体が、空中で弾けた。

 本来なら雪面に落ちて染みを作るはずのコーヒーが、空中で何かにぶつかり、飛沫となって四散した。


 そして。


 ポタ、ポタ、ポタ……。


 液体が滴り落ちる。

 何もないはずの空間に、「濡れた人型」が浮かび上がった。


 細長い手足。

 歪な頭部。

 昆虫のような、あるいは枯れ木のようなシルエットが、コーヒー色に染まって可視化される。


「……へぇ。」


 シュガーが口笛を吹いた。

 その瞳には、恐怖よりも知的好奇心の色が浮かんでいる。


「タチの悪い手品だ。……プレデター気取りかよ。」


 見えた。

 タケルの右目が、その異質な輪郭を捉える。

 液体がかかったことで、光の屈折率の計算が可能になったのだ。


 ピピピッ……。


 HUDが高速で解析を始める。


【Analyzing Refractive Index...】

【Correction Complete】

【Target Visualized: Wireframe Mode】


 視界が変わった。

 雪景色の中に、赤い線画ワイヤーフレームが浮かび上がる。

 空間の歪みを補正し、敵の輪郭を強制的に描画したのだ。


 身長は二メートル近い。

 手足は異常に長く、指先には鋭利な爪が生えている。

 顔には目も鼻もなく、ただ巨大な口だけが裂けている。


 化け物だ。

 人間じゃない。

 さっきの区役所のロボットとも違う、生物的な悪意の塊。


「……一体じゃ、ない。」


 タケルは呟いた。

 HUDが、周囲の吹雪の乱れを検知している。

 雪が不自然に避けて通る空間。

 風の流れが変わる場所。


 右に一つ。

 左に二つ。

 後ろにも。


 赤いワイヤーフレームが、次々と視界にポップアップする。

 三体、四体……五体。

 囲まれている。


「テツオさん、囲まれてます! 全部で五体!」


 タケルの叫びに、テツオが舌打ちをした。

 彼は腰からサバイバルナイフを抜き、低い姿勢で構える。


「幽霊なんざ信じねえが、質量があるなら殺せる。……だが、ここは分が悪い!」


 吹雪の中での乱戦は自殺行為だ。

 相手は視認しづらく、足場も悪い。

 何より、敵の正体も能力も未知数すぎる。


「戻るぞ! トラックへ!」


 テツオの怒号が響いた。

 撤退だ。

 あの鉄の箱の中なら、背後を取られることはない。


 三人は一斉に走り出した。

 雪を蹴り、転がるように北狼号へと向かう。


 ヒュンッ! ヒュンッ!


 風切り音が耳元を掠める。

 見えない爪が、空気を切り裂いて迫ってくる。

 振り返る余裕はない。

 HUDのレーダーだけが、赤い光点が急速に接近してくるのを告げている。


「急げ! 追いつかれるぞ!」


 シュガーが叫び、最後尾で発炎筒を焚いて投げつけた。

 赤い煙と光が、吹雪の中に広がる。

 一瞬の目くらまし。


 その隙に、俺たちはトラックの元へと辿り着いた。


 テツオが運転席のドアを開ける。

 シュガーが後部座席へ飛び込む。

 タケルは助手席側へ回り込み、ドアを引き開けた。


 継ぎ接ぎだらけのベニヤ板とビニールシートのドア。

 そこに体を滑り込ませる。


 ザクッ!!


 直後、タケルの足元の雪が大きく抉れた。

 間一髪。

 あと一歩遅ければ、アキレス腱を断ち切られていただろう。


「閉めろッ!」


 タケルは叫びながら、ドアを内側から引っ張った。

 ガムテープで補強された取っ手が軋む。


 だが。


 ガンッ!!


 ドアが閉まらない。

 何かが挟まっている。


 タケルは目を見開いた。

 ドアと車体の隙間。

 そこには何も見えない。

 だが、HUDにはっきりと映し出されている。


 赤いワイヤーフレームの腕。

 それがドアの隙間に強引にねじ込まれ、閉まるのを阻止しているのだ。


「離せッ、この野郎!」


 タケルは全体重をかけてドアを押した。

 だが、相手の力は強大だった。

 透明な腕が、万力のようにドアを掴んで離さない。

 じりじりと、隙間が広がっていく。


 ギギギギッ……。


 ヒンジが悲鳴を上げる。

 このままでは、ドアごと引き剥がされる。

 そうすれば、狭い車内は屠殺場と化す。


「タケル! どけ!」


 運転席からテツオが身を乗り出してきた。

 彼はタケルの背中越しに、ドアを蹴り飛ばそうとする。

 だが、狭くて力が伝わらない。


 入ってくる。

 透明な怪物が、隙間から体をねじ込んでくる。

 裂けた口から垂れる粘液が、タケルの頬に落ちた。

 冷たい。そして、腐った肉のような臭い。


 殺される。

 ここで食い止めなければ、全員死ぬ。


 タケルは、ポケットを探った。

 武器。

 何か武器になるものはないか。


 指先に触れたのは、さっきシュガーが開けてくれた桃の缶詰。

 その蓋を開けるのに使った、小さなアーミーナイフ。


 これだ。


 タケルはナイフを握りしめた。

 HUDを見る。

 敵の腕の構造。筋肉の流れ。

 そして、関節の位置。


 肘だ。

 ドアの隙間から伸びている腕の、肘関節がそこにある。


「……折れろォッ!!」


 タケルは叫び、ナイフを突き立てた。

 見えない肉へと、刃を食い込ませる。


 ズブッ!


 確かな手応えがあった。

 硬い筋肉を裂き、骨と骨の隙間に冷たい金属をねじ込む。


 ギャァァァァッ!!!


 空気が振動するほどの絶叫が響いた。

 鼓膜が破れそうな高周波。

 透明な腕が痙攣し、力が緩む。


 今だ。


「閉まれぇぇぇッ!!」


 タケルとテツオが、同時にドアを押し込んだ。


 バンッ!!


 重い音がして、ドアが閉まった。

 挟まれていた透明な指が数本、切断されて車内に転がり落ちる。

 それは床に落ちた瞬間、黒い泥のように溶けて消えた。


 タケルは震える手でロックをかけ、さらに予備のガムテープで目張りを補強した。


「……はぁ、はぁ、……。」


 荒い息が止まらない。

 心臓が早鐘を打っている。


 助かったのか?

 いや、まだだ。


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 車体のあちこちから、叩く音が聞こえる。

 屋根の上。荷台の側面。

 そして、今閉めたばかりのドアの外。


 囲まれている。

 見えない怪物たちが、この鉄の箱をこじ開けようと群がっているのだ。


「テツオさん、車を出して!」


 タケルが叫んだ。

 だが、テツオはハンドルを握ったまま、険しい顔で前を睨んでいた。


「……無理だ。」


「え?」


「前を見ろ。」


 タケルはフロントガラス越しに前方を見た。

 ヘッドライトの光の先。

 吹雪の中に、無数の影が揺らめいている。


 五体じゃない。

 一〇、二〇……いや、もっとだ。

 赤いワイヤーフレームの群れが、道路を完全に封鎖している。


 籠城戦だ。

 この狭い鉄の箱の中で、見えない敵の群れを相手に、朝まで耐え抜くしかない。


Would you like me to proceed to Episode 006_Part 3: The High-Speed Calculation?

お読みいただきありがとうございます。 なんとか撃退した獣たち。しかし、その背後には「飼い主」の影がありました。 次回、恵庭岳からの視線。計算による撃退。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ