Episode 004-4: 砂の味
「あんたらの鉄屑、俺なら動かせるかもな」 シュガーの提案と同時に、店が暴徒に襲撃されます。 タケルは「聖域」を守るため、不殺の覚悟で暴徒を制圧します。
【登場キャラクター】
佐藤 "シュガー" ケンジ: 食べた物を熱に変える体質を持つ。北狼号を蘇生させる。
権田テツオ: 現場の知恵と腕力で、トレーラーとの連結を成功させる。
高瀬タケル: 暴徒を殺さずに制圧し、精神的な成長を見せる。
Part 4: The Deal with Sugar
「……で、だ。」
シュガーは短くなった煙草をコーヒーの空き缶に押し付け、白煙を吐き出しながら俺たちを見た。
「南へ下る『足』はあるのか?」
その問いに、テツオが苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「ねえよ。ススキノの入り口で、雪山に突っ込んだ。ガス欠の鉄屑だ。」
「鉄屑か。……だが、車体は生きてるんだろ?」
シュガーがニヤリと笑った。その表情には、料理人ではなく、何かを企むギャンブラーの光が宿っていた。
「なら、賭けてみるか?」
彼は親指で、厨房の奥にある鉄の扉を指差した。そこからは、ドッドッドッという重低音が響いてきている。
「あそこで回ってる発電機、俺がスクラップから組んだ特製品だ。……俺の体質はちょっと『燃費』が悪くてな。体の中で余った熱を、無理やり電気に変えて逃がしてやってる。」
彼は自分の腹をポンと叩いた。
「アンタの鉄屑が、もし単に『腹を空かせてる』だけなら……俺の熱をぶち込んでやれば、無理やり叩き起こせるかもしれん。」
テツオの眉がピクリと動いた。
「おいおい。トラックのバッテリーに人間を繋ぐってのか? 正気かよ。」
「まともな方法じゃ動かねえんだろ? なら、イカれた方法を試すしかねえ。」
シュガーは立ち上がり、汚れたエプロンの紐を締め直した。
「ウィン・ウィンだろ? 成功すれば、アンタらは『足』を取り戻す。その代わり、俺を南へ連れて行け。……この札幌はもうダメだ。新鮮な食材が枯渇してる。このままじゃ、俺は干からびて死ぬ。」
俺は、皿に残った最後のスープを飲み干した。
腹の底から熱が湧いてくる。指先の震えは止まっていた。
この男の料理には、死にかけていた俺を蘇らせる力があった。なら、死んだトラックだって蘇らせるかもしれない。
「……乗ったぜ、コック長。」
テツオがテーブルを拳で軽く叩いた。
「俺たちを南へ運ぶ燃料になれ。その代わり、道中の運転は俺に任せな。」
契約成立。
俺たちは、生き残るための新たな共犯関係を結んだ。
その時だった。
ドォンッ!!
店の入り口のドアが、激しく叩かれた。
客ではない。ノックですらない。
丸太か何かで殴りつけたような、暴力的な衝撃音。
「……チッ。嗅ぎつけてきやがったか。」
シュガーの表情から笑みが消えた。
彼は素早く厨房の棚から、分厚い肉切り包丁を取り出した。
ドォンッ! ガシャァァァンッ!!
ドアのガラスが砕け散った。
そこから、冷たい地下街の澱んだ空気と共に、腐敗臭が店内に雪崩れ込んでくる。
店内の暖かく、スパイスの香りに満ちた空気が、一瞬で汚染された。
「ア、アァ……ァァ……。」
呻き声。
入り口の隙間から、何十本もの手が伸びてくる。
泥だらけの、痩せこけた腕。
人間だ。いや、かつて人間だったモノたちだ。
彼らは、俺たちのアパートを襲った隣人たちと同じ目をしていた。
飢餓。
理性を焼き尽くすほどの、絶対的な空腹。
シュガーのカレーの香りが、この地下街に潜む「亡者」たちを呼び寄せてしまったのだ。
「飯……メシィ……。」
「ヨコセ……。」
彼らはガラス片で体を切り裂くのも構わず、店内へとなだれ込んできた。
その数、一〇人、二〇人……きりがない。
彼らの視線は、俺たちではなく、厨房の奥にある寸胴鍋に釘付けになっている。
先頭の男が、涎を垂らしながら土足でカウンターに上がり込み、シュガーに飛びかかろうとした。
「……触るな。」
俺は、立ち上がっていた。
椅子を蹴り倒し、男の前に立ちはだかる。
「ここは、食事をする場所だ。」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、静かだった。
怒りではない。
ただ、この神聖な場所を土足で踏み荒らそうとする無礼者たちへの、純粋な排斥の意志。
男が腕を振り上げた。
その手には、割れた一升瓶の破片が握られている。
見える。
右目の奥が熱くなり、男の動きをスローモーションのように捉える。
筋肉の収縮、重心の移動、攻撃の軌道。
全てが手に取るように分かる。
俺は一歩踏み込んだ。
食べたばかりのカレーのカロリーが、爆発的な運動エネルギーに変換されるのを感じる。
殺すな。
こいつらは、飢えているだけの人間だ。
骨を砕くな。内臓を潰すな。
ただ、この店から「掃除」するだけでいい。
俺は男の腕を内側から払い、その勢いを利用して懐に潜り込んだ。
関節を極める。
男の体が独楽のように回転する。
俺はその遠心力を殺さず、そのまま入り口の方へ放り投げた。
ドォンッ!
男の体が回転しながら吹き飛び、後ろにいた数人を巻き込んで、店の外へと転がり出る。
「……やるな、兄ちゃん。」
シュガーが口笛を吹いた。
テツオもまた、ニヤリと笑ってバールを構え、俺の隣に立った。
「食後の運動には丁度いいぜ。……片っ端から放り出せ!」
乱戦が始まった。
だが、それは一方的な「掃除」だった。
俺たちは暴徒たちの攻撃を受け流し、関節を極め、あるいは足払いを使って、次々と店の外へと排除していった。
数分後。
店の前には、呻き声を上げて転がる亡者たちの山ができていた。
残った奴らは、恐怖に顔を歪めて逃げ去っていった。
「……ふぅ。」
俺は息を吐いた。
店の中は少し荒れたが、厨房の寸胴鍋だけは、傷一つなく湯気を上げ続けていた。
「……悪かったな。せっかくの食後の余韻を台無しにしちまって。」
シュガーが言った。
彼は厨房の隅に行くと、棚から業務用のサラダ油のボトルを取り出した。
そして、あろうことか、蓋を開けてそれを口につけた。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
喉が鳴る音が、静まり返った店内に響く。
俺は目を疑った。
彼はまるでスポーツドリンクでも飲むかのように、油を飲み干している。
彼はボトルの半分ほどを一気に飲むと、口元を手の甲で乱暴に拭った。
その顔色は、さっきよりも少し良くなっているように見えた。
「……悪いな。」
シュガーは自嘲気味に笑った。
「この状況になってから、俺の体は変わっちまった…俺のこの『体質』は、なんつーか……呪いみたいなもんでな。……人に飯を食わせる代償に、俺自身はずっと飢えてるんだ。こうやって燃料を補給しなきゃ、自分の体を燃やしちまう。」
「シュガーさんも……人を、その……殺したりしたのか?」
「何言ってんだよ、俺はシェフだぞ?人に料理を作るこの手で、人を殺すことなんてしないさ。」
彼は空になったボトルをゴミ箱に放り込んだ。
魔法使いなんかじゃない。
彼もまた、身を削りながら必死に自分を保ちながら、この地獄を生きている一人の人間だった。
「よし、行くぞ。……大仕事だ。」
シュガーは手早く荷物をまとめ始めた。
スパイスの瓶、大切な包丁、そして寸胴鍋の中身を密閉容器に移す。
「裏口からトレーラーを出す。テツオさん、タケル君、手を貸してくれ。」
搬入口に出ると、そこには巨大な銀色のトレーラーが鎮座していた。
エアストリームを改造したような、流線型の美しいボディ。
側面には『Sugar』のロゴが描かれている。
俺たちはそれに乗り込み、スロープを上がって地上へと脱出した。
外は、まだ猛吹雪だった。
視界ゼロのホワイトアウト。
その中を、トレーラーは慎重に進み、国道沿いに乗り捨てられた北狼号の元へ寄せた。
雪に埋もれた鉄の狼。
完全に冷え切っている。
「……酷いもんだな。」
テツオが吐き捨てた。
北狼号のキャビンはボロボロだ。
フロントガラスはさっきの衝突で砕け散り、ベニヤ板の残骸が風に揺れている。
助手席のドアもひしゃげて外れ、雪が車内に吹き込んでいる。
「これじゃ、エンジンがかかっても凍え死ぬぞ。」
「だったら、塞げばいい。」
シュガーが言った。
彼はトレーラーから、ありったけの資材を放り出した。
ベニヤ板、ブルーシート、ガムテープ、段ボール。
「見た目は気にするな。風さえ入らなきゃいいんだ。」
俺たちは、泥臭い修復作業に取り掛かった。
俺とシュガーは、割れたフロントガラスに新しいベニヤ板を当て、ガムテープで幾重にも固定した。
助手席のドアの開口部には、ブルーシートを何枚も重ねて張り、隙間を段ボールで埋めていく。
テツオは、北狼号のリアバンパーの下に潜り込んでいた。
「こいつは除雪車だ。ケツに頑丈な『ピントルフック』がついてる。」
彼はトレーラーから伸びるタン(牽引棒)をフックに掛けた。
だが、それだけでは不安だ。
彼は極太のチェーンとワイヤーを取り出し、フックとタンをぐるぐると巻き付け始めた。
ガチャガチャ、ギリギリッ!
溶接機なんてない。
あるのは腕力と、執念だけだ。
テツオは顔を真っ赤にしてワイヤーを締め上げ、これでもかというほど固定した。
「見栄えは悪ぃが、ちぎれはしねえ!」
作業が終わった。
目の前にあるのは、ゴミで継ぎ接ぎされたフランケンシュタインのような醜悪な要塞。
だが、不思議と頼もしく見えた。
「よし、本番だ。」
シュガーが工具箱を持って飛び出した。
彼はトレーラーの側面パネルを開け、そこから太い電源ケーブルを引きずり出した。
その先端を、北狼号の剥き出しになったエンジンルームへとねじ込む。
「テツオさん、運転席へ! タケル君はケーブルを押さえててくれ!」
テツオが北狼号の運転席に飛び乗る。
俺はシュガーの横で、凍りついたケーブルを支えた。
シュガーが、ケーブルの根元にあるレバーを握りしめた。
彼の腕の血管が浮き上がる。
皮膚が赤く変色し、そこから白い蒸気が上がり始めた。
「……食らいな、鉄屑!」
彼が叫んだ。
「特盛だッ!!」
バチバチバチッ!!
青白いスパークが散った。
シュガーの体から放たれた熱量が、ケーブルを通って北狼号の心臓部へと奔流となって流れ込む。
理屈じゃない。
電圧とか、アンペアとか、そんな計算を超えた、純粋な「生命力」の注入。
テツオがキーを回す。
キュルルルル……ズガァァァァァンッ!!!
爆音。
それはエンジンの音というより、眠りを妨げられた猛獣の咆哮に近かった。
マフラーから青い炎と黒煙が噴き出し、車体に積もった雪を一瞬で蒸発させる。
ヘッドライトがカッと点灯し、闇を切り裂いた。
「……すげえ。」
俺は震えた。
生き返った。
死んだはずの鉄の塊に、無理やり命を吹き込んだのだ。
「乗れ、タケル! シュガー!」
テツオが叫んだ。
俺たちは慌ててキャビンに飛び込んだ。
狭い。
男三人、ぎゅうぎゅう詰めだ。
だが、継ぎ接ぎだらけの窓からは風が入ってこない。
ヒーターから、熱いほどの温風が吹き出してくる。
「……あったけぇ。」
誰かが呟いた。
それが誰の声だったのか、分からない。
ただ、その温かさだけが、今の俺たちにとっての真実だった。
前方を見る。
吹雪の向こうから、また新たな暴徒の群れが近づいてくるのが見えた。
数百人はいそうだ。
だが、今の俺たちには、もう恐怖などなかった。
テツオがニヤリと笑い、シフトレバーを叩き込んだ。
「野郎ども、捕まってろ! まずはここを脱出するぞ!!」
グオォォォォォォォッ!!!
北狼号が動き出した。
圧倒的なトルク。
雪を蹴散らし、暴徒の群れなど紙切れのように吹き飛ばしながら、連結車両は猛吹雪の国道へと突っ込んでいく。
窓の外は地獄だ。
だが、車内にはカレーの残り香と、仲間の熱がある。
俺はシートに深く体を預け、流れていくススキノの廃墟を見つめた。
さよなら、砂の味。
俺たちは生きて、南へ行く。
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Episode 004完結。 テツオがチェーンで連結し、シュガーが自身の命を削ってエネルギーを注入する。 ついに北狼号が蘇生しました。 継ぎ接ぎだらけのキャラバンは、いよいよ札幌を脱出し、南へと爆走を始めます。 次回、泥の流れる豊平川、そして異形の「区役所」へ。




