第8話 文字の牢獄
スコール渓谷を越えた先には、巨大な書物のような城が立っていた。
壁一面にびっしりと刻まれた文字が光を放ち、まるで呼吸をしているように脈動している。
> 「……ここが九条の“改稿迷宮”か。」
照が呟くと、リアが背筋を震わせた。
> 「声が……聞こえる。言葉が、囁いてる。」
足元の石畳が「カチ」と音を立てた瞬間、
文字の群れが浮かび上がり、人の形を取る。
それは“物語の削除者”。
九条が創り出した、文字の守護者たちだった。
> 「来訪者、確認。文脈を乱す者、削除対象。」
無機質な声が響く。
リクが斧を構えた。
> 「面倒な歓迎だな……燃やしていいか?」
> 「やれ!」
炎が弧を描き、紙と文字が燃え上がる。
だが焼け落ちたはずの言葉が、灰の中から再び浮かび上がる。
> 「“燃やされた”という記述を削除。再生。」
> 「ちっ、ルールが違う!」
照は時計を掲げた。
> 「境界装置、コード展開――『現実同期モード』!」
時計の針が逆回転を始め、青と紅の光が交差した。
言葉たちは崩れ、音を立てて消滅していく。
静寂の中、奥の扉が軋みを上げて開く。
その先には、巨大な机と椅子。
そして空中に浮かぶ無数の原稿用紙があった。
そこに、九条の姿はなかった。
代わりに机の上には一枚の紙――
《第2章:照、仲間を失う》
リアの目が大きく見開かれた。
> 「……え?」
リクが振り返るより早く、
床下から黒い文字の鎖が伸び、彼の身体を絡め取った。
> 「テル! 離れろ!」
リクの叫びが闇に呑まれ、文字の渦へと消えていく。
照が伸ばした手の先で、紙片がひらりと舞った。
そこには、ただ一行――
《登場人物:リク=ガルド 削除済み》
> 「……やめろ、九条!」
懐中時計が激しく脈打ち、空気が歪む。
世界が、また“書き換え”られようとしていた。




