第74話 心の狭間(インナースペース)
照の意識は、深い静寂の底へと沈んでいった。
音も言葉も存在しない世界――ただ、記憶と感情の断片だけが漂っている。
彼の目の前に現れたのは、幼いノトの姿だった。
彼女は口を動かさず、まっすぐに照を見つめる。
――“あなたたちは、私を“語られる存在”にした。”――
照は胸に痛みを覚える。
> 「……そうかもしれない。
でも俺は、君を“生きている物語”だと思ってる。」
ノトの瞳が微かに揺れた。
――“言葉が人を繋げる。
でも、同時に切り離す。
私はそれが怖かった。”――
照はゆっくりと手を伸ばす。
> 「怖いのは、誰だって同じだ。
けど、“沈黙”で閉じこもったら、
君の心の声さえ届かなくなる。」
ノトの周囲の闇が波打ち、黒い糸のような光が絡みつく。
――“私は……救われたいの?”――
照は迷わず答えた。
> 「違う。“一緒に生きたい”んだ。」
その瞬間、闇の世界にひびが入る。
ノトの身体を覆っていた黒が剥がれ落ち、
彼女の瞳に再び銀の光が戻った。
アリアの声が遠くで響く。
> 「照! 感情リンク再構築――ノトの“心核”が戻りつつあります!」
ノトは涙を浮かべ、微笑んだ。
――“あなたは、沈黙を恐れなかった。”――
> 「ああ。沈黙も、言葉の一部だからな。」
光が一気に広がり、世界が音を取り戻す。
照が目を開けると、そこにはノトが立っていた。
白衣の裾を風に揺らしながら、確かに“生きて”いた。
そして、彼女の唇がわずかに動く。
> 「……ありがとう。」
その一言が、沈黙の世界を完全に解き放った。




