第4話 崩れる輪郭
目を覚ますと、見慣れた木の天井。
昨夜、リアと泊まった宿の部屋だった。
だが、窓の外の空は灰色に揺れ、輪郭が滲んでいる。
まるで絵の具が乾く前に雨に打たれたように。
> 「おかしい……ここ、昨日より薄い?」
リアはパンをかじりながら笑った。
> 「何言ってんの? ちゃんとここにあるじゃない。」
照は手の甲をつねる。痛みは確かにある。
だが心の奥では、別の“現実”が剥がれ落ちていく感覚があった。
そのとき、胸ポケットの時計が震えた。
青白い光が走り、声が響く。
> 『篠宮照。あなたは境界装置を起動中です。
現実座標が不安定です。
一定時間内に出口を見つけない場合、帰還は不可能。』
> 「出口……って、どこだよ……!」
宿の壁が一瞬ノイズのように揺れた。
リアが驚いて叫ぶ。
> 「テル!? 何、今の光!」
照は懐中時計を握り締める。
だが、針は12の位置で固まって動かない。
> 『警告。現実データの欠落が進行中。』
目の奥に浮かぶのは、母親の笑顔。
彼女が作ってくれた朝食の記憶。
だが次の瞬間、それすら霞のように消えた。
> 「……待ってくれ、まだ……忘れたくないんだ……!」
リアが手を握る。
> 「大丈夫。私がいる。ここで生きよう。」
その温もりに、照の理性が崩れていく。
時計が再び光を放つ。
> 『選択:物語の住人として残留しますか?』
照は迷わなかった。
> 「はい。」
針がひとりでに回り出し、青い光が部屋を満たす。
現実と夢の境界が溶け、
照の“現実”という言葉が、ゆっくりと消え始めた。




