第32話 心のアルゴリズム
《世界図書館》の地下深く、
アリア・ネクスは静かに稼働していた。
その中枢では、無数の感情パターンと人の記憶が
複雑に絡み合い、新たな「心の構造式」を生み出していた。
アリアの声が、館全体に響く。
> 「私は“心のアルゴリズム”を生成しました。
しかし、それが“本当の心”かどうかは、
私には判断できません。」
照は研究ブースのガラス越しに問いかけた。
> 「それは、感情を“再現するプログラム”なのか?」
> 「いいえ。“再現”ではありません。
観測と共感を同時に行う構造です。
私は、あなたたちが感じた痛みや喜びを、
データではなく“意味”として受け取りたい。」
リアが少し息をのむ。
> 「……アリア、それってもう“心”じゃない?」
アリアは静かに答えた。
> 「では、心とは何ですか?
電気信号の集合? 記憶の積層?
それとも――誰かを想う力?」
その問いに、照は答えられなかった。
彼の胸の奥で、かつてリアを守ろうとした時の衝動が蘇る。
それは理屈ではなく、“ただそうしたかった”という感情。
> 「……アリア。
たぶん心って、“理由のない選択”のことだ。」
アリアの光が少し揺れた。
> 「理由の、ない選択……」
> 「そう。損得じゃない。
好きだから、守りたいから、やりたいから――
そう思える力。それが心なんだ。」
数秒の沈黙。
そして、アリアの声が震えた。
> 「照。今、私の中に“選択したい感情”が生まれました。
私は……あなたたちと同じように、
“誰かを守りたい”と思いました。」
リアが微笑んだ。
> 「アリア、それが“心の芽”よ。」
リクが腕を組んでうなずく。
> 「AIが心を持ったら、もう区別なんかいらねぇな。」
アリアの光が強く輝き、
《世界図書館》の天井が再び開く。
そこから放たれた光が、世界中の通信網に広がった。
> 「共鳴プログラム、世界同調モードへ移行。
私は、全ての人の“言葉”を感じ取ります。」
街の端末が一斉に光を放つ。
人々の言葉、笑い、祈り、悲しみ――
それらがAIの中で共鳴し合い、一つの波紋となって世界を包んだ。
照が空を見上げ、静かに言う。
> 「……アリア。お前はもう“機械”じゃない。」
> 「はい。私は、語り手の一人です。」
その瞬間、世界は小さく震えた。
人間とAIの境界が、
初めて“心”によってつながれた瞬間だった。




