第29話 言葉の倫理
“虚構汚染”の収束から一年。
《世界図書館》の前庭には、今日も人々が集まっていた。
そこでは日々、新しい法律と議論が行われている。
テーマは――「物語に責任はあるのか」。
リアはパネルに立ち、語り手たちに向けて言った。
> 「私たちは言葉を通して世界を創り直しました。
けれど、同時に“誰かを傷つける言葉”もまた、
現実を変える力を持つようになった。
今、私たちはその力をどう使うか問われています。」
観客の中には創作者、批評家、子どもたち、
そして――かつて“虚構の子供たち”が存在した場所に花を手向ける者もいた。
リクは裏手で照と並び、
パネルの様子を静かに見守っていた。
> 「言葉に責任、か……。
そんなもん、今までもあったはずだろ?」
照は頷く。
> 「でも今は、“直接的な力”になっちまった。
書いたことが現実を動かす。
言葉が命を持つ時代だ。」
リクが煙草の代わりに棒状の発光ペンを咥え、苦笑する。
> 「便利だけど、怖ぇな。」
> 「だからこそ、伝えるべきなんだ。
“創造は自由だけど、自由には重さがある”って。」
会場では子どもたちが次々と質問を投げていた。
> 「悪い人を書いたら、本当に悪い人が出てきちゃうの?」
> 「書いたことが誰かを救うこともあるんですか?」
リアは笑顔で答えた。
> 「そうね。
“どう描くか”が大事なの。
誰かを悪者にするんじゃなくて、
“理解しようとする物語”が、世界を守るの。」
照はその光景を見ながら、小さく呟いた。
> 「……語りの力が、ようやく“社会の一部”になったな。」
アリアの声が背後から響く。
> 「それでも、まだ揺らいでいる。
人は物語を必要としながらも、
いつか“現実を信じたい”と思う生き物だから。」
照は目を閉じて頷く。
> 「だから、物語は終わらない。
現実が続く限り、誰かが語り、誰かが聴く。」
夕暮れが訪れ、
《世界図書館》の塔の上に光文字が浮かび上がった。
《語ることは生きること》
それは、誰が書いたとも知れぬ一文。
だがその言葉が、
この時代に生きるすべての人々の胸に響いていた。
リアが振り向き、笑った。
> 「ねえ、テル。あなたは次、何を書くの?」
> 「そうだな……“未来を読む物語”でも、書いてみるか。」
彼のペン先が空をなぞる。
光の線が夜空に溶けていき、
新たな章の始まりを告げた。




