第27話 虚構汚染
旧アーカイブ地区――かつて「文字の海」が存在した場所。
今は廃墟となり、周囲一帯は無音の霧に包まれていた。
照たちが足を踏み入れた瞬間、
空気がざらりと震える。
> 「……音が、ない。」
リアの声がやけに遠く聞こえた。
街の壁一面には、見覚えのある文字が浮かんでいた。
《彼はまだ終わっていない》《彼女は嘘を語る》《物語を壊せ》
まるで誰かの心の断片が、現実にこぼれ出ているかのようだった。
アリアの通信が入る。
> 「測定完了。これは“語り手たち”自身の想像が
現実に流れ込んで形成された、虚構現象。
名付けて――“虚構汚染”。」
リクが壁に手を触れると、文字が生き物のようにうごめいた。
> 「やめとけ! 触ると――」
彼の腕に、文字が這い上がり、皮膚に食い込んでいく。
> 「くっ……! 文字が……焼きつくっ!」
照は即座に筆を走らせた。
《切断:虚構との同化》
青い閃光がリクの腕を包み、
文字が煙のように剥がれ落ちた。
リアが息をつく。
> 「危なかった……。」
照は壁の文字を睨んだ。
> 「これは、“想いが暴走した言葉”だ。
形を持ちたがって、世界に染み出してる。」
その時、背後から声が響いた。
> 「形になりたがるのは、悪いことじゃないだろう?」
三人が振り向くと、
そこには一人の少年が立っていた。
十代後半、無表情のまま、手には黒いノートを持っている。
> 「……お前は?」
> 「俺は“筆者の子”。名前は――ナユタ。」
ナユタの目はまっすぐ照を見ていた。
> 「あなたたちが“物語を解放した”。
だから僕たちは生まれた。
語り手の想像から生まれた、“語られた存在”だ。」
リアが凍りつく。
> 「語り手の……創作が、実在してる……?」
ナユタは微笑んだ。
> 「そう。でも、僕たちは不完全だ。
物語が続かない限り、すぐに消えてしまう。
だから、あなたにお願いがある。照――
僕たちの“続きを書いて”くれ。」
その言葉に、照の胸が強く締め付けられた。
> 「……俺が書けば、また誰かが傷つくかもしれない。」
> 「でも、書かなければ、僕たちは“無”に還る。」
静寂が流れる。
リアとリクが照の背中を見る。
> 「テル……どうするの?」
照はノートを見つめた。
その表紙がかすかに震えている。
> 「……これは、俺たちが創った世界の“責任”だな。」
そして彼はペンを取った。
《物語の続き――第4章:虚構の子供たち》
ナユタの目が光を宿す。
街の霧が動き出し、
現実と虚構の境界が、完全に崩れ始めた。




