第22話 語られすぎた世界
《言葉の樹》が生まれてから、一か月。
ネオ・アルヴェリア市は、かつてない活気に満ちていた。
誰もが樹の枝に触れれば、自分の物語を語れる。
その声が世界中に響き、文字となって街を彩った。
ビルの壁には詩が映り、空には願いが漂い、
路地裏の落書きさえ、希望の断片に変わっていった。
だが――その輝きの裏で、異変が始まっていた。
> 「……この詩、昨日と内容が違う。」
リアが指差した詩文は、朝と夜で意味が反転していた。
> 「“愛してる”が“憎んでる”に……?」
リクがタブレットを叩きながら顔をしかめる。
> 「誰かが書き換えてる。
いや……みんなが、好き勝手に“上書き”してるんだ。」
《言葉の樹》は、全ての語りを受け入れる。
しかし、あまりに多くの声が交錯した結果、
世界は“統一された意味”を失いつつあった。
照は街の中心で人々の議論を見つめていた。
> 「“私の物語が真実だ”“いや、こっちが本物だ”」
> 「……争ってる。自分の物語を正しいって信じて。」
アリアが現れ、悲しげに言った。
> 「照、これは“物語の民主化”の副作用よ。
皆が自由に書ける世界では、真実が溶けるの。」
照は目を閉じた。
> 「それでも、言葉を奪うわけにはいかない。
書く自由は、生きる自由だ。」
その瞬間、《言葉の樹》の幹が微かに震えた。
葉の一枚が落ち、空に文字が走る。
《全ての物語に、結末を。》
リアが顔を上げる。
> 「……今の、誰の声?」
> 「わからない。でも――誰かが“終わり”を望んでる。」
リクが低く呟く。
> 「まさか、また“書き手”が……。」
照は白紙のページを開いた。
その上に浮かんだ一行。
《署名:不明。識別名――Ω(オメガ)》
> 「……新しい“終筆者”が現れた。」
風が凪ぎ、街の文字たちがざわめく。
世界は再び、物語の嵐へと飲み込まれていった。




