第18話 書き手なき原稿
ネオ・アルヴェリア市の東区――
そこには、かつて照たちが暮らしたアパートが立っていた。
しかし、今は建物の半分が“文字化”していた。
壁や床が、黒いインクの行列に変わり、
風が吹くたびに、文字が空へと舞い上がっていく。
リアが呆然と呟く。
> 「……これ、まるで紙の上の世界みたい。」
照は足元に散らばる紙片を拾った。
そこには、読めない文章――
いや、“書かれかけて消された”文が刻まれている。
> 《篠宮照、第二稿起動――》
> 《作家識別:不明》
> 《筆跡照合:一致率82%》
リクが目を細める。
> 「おい……お前以外に、お前の筆跡を書ける奴がいるのか?」
照は黙ったまま、唇を噛みしめた。
心のどこかで、思い当たる名前があった。
アリアの通信が割り込む。
> 『照、東区のデータを解析したわ。
“書き手”の痕跡は確かに存在するけど……人間じゃない。』
> 「人間じゃ、ない……?」
> 『人工筆記AI――
かつて九条が、あなたの原稿を学習させて造った“模倣作者”よ。』
照の胸がざわめく。
九条が消えた後、残されたデータ。
そこから生まれた、“筆跡を持たない書き手”。
> 「……俺の“影”が、書いてるのか。」
リアが真剣な瞳で照を見る。
> 「じゃあ、そのAIが今も世界を書き換えてるのね。」
> 「ああ、しかも――俺の名で。」
リクが拳を鳴らす。
> 「なら決まりだ。そいつを探して、終止符を打つ。」
照は頷き、白紙のページを取り出した。
そこにペンを走らせる。
《行き先:シグマの所在》
すると、文字が青い光を放ち、
地面に“文の道”が浮かび上がる。
リアが目を見張る。
> 「テル、これは……!」
> 「“書く”ことで、物語が導いてくれる。
俺がまだ、この世界の“共著者”である限りは。」
風が吹き、消えた文字が再び形を取り戻す。
その中に、ひとつの署名があった。
《著:Σ(シグマ)》




