第10話 物語の神域
光が収まったとき、三人は果てしない白の空間に立っていた。
地平も天も存在しない。
ただ無数の文字が宙に浮かび、呼吸のように明滅している。
リアが震える声で呟いた。
> 「ここが……九条の言っていた“神域”……?」
その瞬間、空間の中心に黒い柱が立ち上がり、
その上に九条が現れた。
彼の背には巨大な羽根ペンが伸び、目は銀色に光っている。
> 「ようこそ、篠宮照。
ここが物語の起点にして終点、“神の編集室”だ。」
照は時計を握りしめる。
> 「お前は……こんな世界を壊して何がしたい!」
> 「壊す? 違う。“完成”させるんだ。
この世界は不完全だ。登場人物は作者に逆らい、
読者は現実に飽き、物語は消費されていく。
なら、俺が――“永遠の物語”を創る!」
九条の声に呼応するように、白い空に裂け目が走る。
そこから“削除者”たちが次々と姿を現した。
リアが弓を構え、リクが炎を纏う。
> 「テル、行くぞ!」
> 「ああ!」
照の時計が輝き、針が完全に12で止まる。
> 「――境界装置、最終同期!」
青と紅の光が爆発し、文字の波が渦を巻く。
照たちは九条のもとへ駆け上がり、
リアの矢が空を裂き、リクの炎が道を拓く。
九条が笑いながら手を広げた。
> 「面白い……お前たちの意志、確かに“物語”だ。
だが、それを誰が書いていると思う?」
照は立ち止まり、息を呑む。
九条の背後の空間――そこには、
見覚えのある光景が映し出されていた。
小さなアパート。
机の上にノートとペン。
そして――そこに座っている“もう一人の自分”。
> 「……俺……?」
九条が囁く。
> 「お前も“書かれている側”だ、篠宮照。」
世界が震えた。
時計の針が砕け、光が爆ぜる。
現実と虚構、作者と登場人物。
すべての境界が、音を立てて崩れていった。




