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婚約者様、さようなら。わたくしは『装飾品』ではありません。  作者: 赤林檎


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9.始まりの場所

 王都の喧騒から離れた南の街、ラクルベリ。


 貴族たちの影響がほとんど届かないこの街には、活気ある市場と人の営みが息づいていた。


 露店には果物や肉や布地などが並び、商人たちが、道を行く人々に向かって声を張り上げている。


 行きかう人々の服装は様々で、身分よりも実力と人柄がものを言う。


 ここは、生まれや地位ではなく、『己の才覚』で生きる人々の街だった。





 アマリアは、その一角にある古びたアパートメントの前に立っていた。


 見上げてみれば、壁のレンガはところどころが割れている。


 各部屋に付けられた小さなバルコニーの柵も、ところどころペンキが剥げている。


 バルコニーのいくつかには、平民の着る質素な服が何枚も干されていた。


「ここが、わたくしの始まりの場所……。わたくしはもう、どこにも属していない。そんなわたくしだけの場所……」





 アマリアは狭くて薄暗い階段を上り、自分が借りた部屋の前に立った。


 ギッ、と小さく軋む音と共に、木の扉を押し開ける。


 薄暗い室内に一歩踏み出すと、乾いた木の匂いが鼻をくすぐった。


 部屋は狭く、家具は簡素な机と椅子が一組。それに、寝台と洋服棚が置いてある。


 床には傷が走り、壁紙はところどころ剥がれかけている。


 けれど、アマリアの心に浮かんだのは、惨めさではなかった。


(ああ、自由だわ……)


 誰の目を気にする必要もない。


 誰かの横に立たされて、無理して笑う必要もない。


 ここは、自分自身として息ができる場所だった。





 アマリアは窓辺に歩み寄り、薄く曇ったガラス窓を開けて、青い空を見上げた。


「これが、わたくしの選んだ人生よ。貴族ではなく、一人の商人として生きる道よ」


 アマリアは窓辺を離れると、机に向かい、持ってきたノートを開いた。


 その一ページ目には、大きく記された文字があった。


『アマリア雑貨店の計画書』


 ここまでは、すべてが計画通りに進んでいる。


(わたくしの人生は、上手くいっているわ。きっと大丈夫よ)


 アマリアはノートのページをめくる。


 白い紙の上に次々と現れる、アマリアの明るい未来。


 これからもこの通りに進むとは限らないけれど、それならそれで、軌道修正したらいいだけだ。


 アマリアはノートに書かれた進捗管理表の『新天地への引っ越し』の横に、その日の日付を書き込んだ。

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