6.君はただの『装飾品』だろう?
再び王家主催の華やかな舞踏会が開かれた。
金と深紅の装飾で彩られた大広間には、音楽と笑い声が溢れ、香水と食べ物や飲み物、飾られた花々の甘い香りが空気を満たしていた。
アマリアは、いつものようにサンドロの隣に立っていた。
サファイアブルーのドレスに身を包み、上品な笑みを浮かべて。
サンドロの視線は、いつも通りアマリアをかすめることもなく、すぐ近くの令嬢に注がれていた。
サンドロの口元が緩み、令嬢と楽しげに談笑する。
アマリアはそんなサンドロの姿に胸が張り裂けそうになりがらも、勇気を振り絞ってサンドロに声をかけた。
「サンドロ様……。今日は、少しだけでも……、わたくしと……」
アマリアの震える唇から、やっとのことで言葉が紡がれた。
それは神に願うのにも似た響きだった。
ただ、ほんの少しでいいから、自分を見てほしいという、アマリアの小さな願いだった。
だが、その声は、サンドロの冷酷な一言で遮られた。
「アマリア、君はただの『装飾品』だろう? 場の空気を乱さないでくれないか」
アマリアには、時が止まったように感じられた。
アマリアは大勢の人々の視線が集まる中で、人間としての尊厳を踏みにじられたのだ。
それでも、アマリアは必死に涙をこらえ、背筋を伸ばし、震える声で返した。
「わたくしは、『装飾品』などではありません……」
アマリアのかすれた声は、サンドロの耳に届いたのかすら、アマリアにはわからなかった。
サンドロは無表情でアマリアを一瞥し、なんの反応も示さぬまま、アマリアに背を向けた。
アマリアは呆然とその場に立ち尽くした。
遠ざかっていくサンドロの背中。
サンドロはアマリアの視線の先で、先ほどまでとは別の令嬢と、また笑顔で言葉を交わしていた。
アマリアがどれほど待っても、サンドロがアマリアをふり返ることはなかった。
そして、舞踏会の終わり際、屋敷へ帰ろうとするアマリアの背中に、サンドロの冷たい言葉が投げつけられた。
「アマリア、先ほども言ったが、君はただの『装飾品』だろう? 政略結婚に必要な条件を満たすだけの存在ではないか。あまり我儘を言ったりしないでくれるか」
アマリアは真っ青な顔をして、サンドロへと向き直った。
「わたくしは……、あなたと共に人生を歩む『人間』ではなくて……、ただの『装飾品』だったのですね……」
アマリアは絞り出すように言った。
だが、サンドロは、アマリアに一つの言葉も返さなかった。
サンドロには、アマリアの存在そのものが、もはや見えていないかのようだった。
アマリアは、その日まで信じていた。
サンドロの冷たい態度の奥に、わずかでも自分への情があると。
言葉にしないだけで、心のどこかには自分への思いがあるのだと。
アマリアはずっと、そう信じることで、自分を支えていた。
だが、舞踏会で突きつけられたのは、紛れもないサンドロの本心だった。
サンドロの言葉、視線、態度。
すべてがアマリアを否定していた。
サンドロは最初から、アマリアを『人間』としてすら見ていなかったのだ。
「サンドロ様の心を掴もうと思って、ずっと必死に頑張ってきたけれど……」
アマリアは言葉を切った。
そして、震えながら続きを口にする。
「サンドロ様のために努力するのなんて、もう、やめるわ……。もうサンドロ様のために、時間を使いたくない……」
アマリアの胸の奥に、ゆっくりと広がっていく熱。
それは、悲しみでも怒りでもなく、強さの芽吹きだった。
踏みにじられ、ないがしろにされて、それでもアマリアの心の中に残っていたもの。
――それは、誇りだった。
「これからは、自分の力で生きていくわ。家のためでも、他の誰かのためでもなく……。わたくし自身のために……」
そう口にした瞬間、アマリアの中でなにかが音を立てて壊れた。
そして、新しいなにかが築かれていくのを感じた。
それは、今はまだ小さなものだった。
けれど、この時の決意が、アマリアの未来を変えていく。
「わたくしの人生ですもの……。自分の力で幸せになるわ……」
アマリアは自分の左手を見た。
薬指で輝いていたのは、サンドロから贈られた金の婚約指輪。
シャンデリアの光で煌めく美しい指輪は、かつてのアマリアにとっては、サンドロと築く幸せな未来の象徴だった。
けれど、今、その輝きはもう、アマリアに幸せな未来を感じさせるものではなかった。
アマリアは左手をきつく握りしめると、大広間を後にした。




