表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者様、さようなら。わたくしは『装飾品』ではありません。  作者: 赤林檎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/30

6.君はただの『装飾品』だろう?

 再び王家主催の華やかな舞踏会が開かれた。


 金と深紅の装飾で彩られた大広間には、音楽と笑い声が溢れ、香水と食べ物や飲み物、飾られた花々の甘い香りが空気を満たしていた。


 アマリアは、いつものようにサンドロの隣に立っていた。


 サファイアブルーのドレスに身を包み、上品な笑みを浮かべて。


 サンドロの視線は、いつも通りアマリアをかすめることもなく、すぐ近くの令嬢に注がれていた。


 サンドロの口元が緩み、令嬢と楽しげに談笑する。


 アマリアはそんなサンドロの姿に胸が張り裂けそうになりがらも、勇気を振り絞ってサンドロに声をかけた。


「サンドロ様……。今日は、少しだけでも……、わたくしと……」


 アマリアの震える唇から、やっとのことで言葉が紡がれた。


 それは神に願うのにも似た響きだった。


 ただ、ほんの少しでいいから、自分を見てほしいという、アマリアの小さな願いだった。


 だが、その声は、サンドロの冷酷な一言で遮られた。


「アマリア、君はただの『装飾品』だろう? 場の空気を乱さないでくれないか」


 アマリアには、時が止まったように感じられた。


 アマリアは大勢の人々の視線が集まる中で、人間としての尊厳を踏みにじられたのだ。


 それでも、アマリアは必死に涙をこらえ、背筋を伸ばし、震える声で返した。


「わたくしは、『装飾品』などではありません……」


 アマリアのかすれた声は、サンドロの耳に届いたのかすら、アマリアにはわからなかった。


 サンドロは無表情でアマリアを一瞥し、なんの反応も示さぬまま、アマリアに背を向けた。


 アマリアは呆然とその場に立ち尽くした。


 遠ざかっていくサンドロの背中。


 サンドロはアマリアの視線の先で、先ほどまでとは別の令嬢と、また笑顔で言葉を交わしていた。


 アマリアがどれほど待っても、サンドロがアマリアをふり返ることはなかった。





 そして、舞踏会の終わり際、屋敷へ帰ろうとするアマリアの背中に、サンドロの冷たい言葉が投げつけられた。


「アマリア、先ほども言ったが、君はただの『装飾品』だろう? 政略結婚に必要な条件を満たすだけの存在ではないか。あまり我儘を言ったりしないでくれるか」


 アマリアは真っ青な顔をして、サンドロへと向き直った。


「わたくしは……、あなたと共に人生を歩む『人間』ではなくて……、ただの『装飾品』だったのですね……」


 アマリアは絞り出すように言った。


 だが、サンドロは、アマリアに一つの言葉も返さなかった。


 サンドロには、アマリアの存在そのものが、もはや見えていないかのようだった。





 アマリアは、その日まで信じていた。


 サンドロの冷たい態度の奥に、わずかでも自分への情があると。


 言葉にしないだけで、心のどこかには自分への思いがあるのだと。


 アマリアはずっと、そう信じることで、自分を支えていた。


 だが、舞踏会で突きつけられたのは、紛れもないサンドロの本心だった。


 サンドロの言葉、視線、態度。


 すべてがアマリアを否定していた。


 サンドロは最初から、アマリアを『人間』としてすら見ていなかったのだ。





「サンドロ様の心を掴もうと思って、ずっと必死に頑張ってきたけれど……」


 アマリアは言葉を切った。


 そして、震えながら続きを口にする。


「サンドロ様のために努力するのなんて、もう、やめるわ……。もうサンドロ様のために、時間を使いたくない……」


 アマリアの胸の奥に、ゆっくりと広がっていく熱。


 それは、悲しみでも怒りでもなく、強さの芽吹きだった。


 踏みにじられ、ないがしろにされて、それでもアマリアの心の中に残っていたもの。


 ――それは、誇りだった。


「これからは、自分の力で生きていくわ。家のためでも、他の誰かのためでもなく……。わたくし自身のために……」


 そう口にした瞬間、アマリアの中でなにかが音を立てて壊れた。


 そして、新しいなにかが築かれていくのを感じた。


 それは、今はまだ小さなものだった。


 けれど、この時の決意が、アマリアの未来を変えていく。


「わたくしの人生ですもの……。自分の力で幸せになるわ……」


 アマリアは自分の左手を見た。


 薬指で輝いていたのは、サンドロから贈られた金の婚約指輪。


 シャンデリアの光で煌めく美しい指輪は、かつてのアマリアにとっては、サンドロと築く幸せな未来の象徴だった。


 けれど、今、その輝きはもう、アマリアに幸せな未来を感じさせるものではなかった。


 アマリアは左手をきつく握りしめると、大広間を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ