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婚約者様、さようなら。わたくしは『装飾品』ではありません。  作者: 赤林檎


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5.きっとなにか理由があるのよ

 サンドロからアマリアへの連絡は、婚約が決まった初期こそ何度かあったが、その後は途絶えていた。


 アマリアがサンドロと顔を合わせる機会はどんどん減っていき、アマリアにとってサンドロに会うことは、とても珍しい出来事になっていった。


 王立学院でアマリアと共に学んだ令嬢たちは、婚約者と会うことは、特別な喜びだと言っていた。


 彼女たちにとって婚約者とは、恋人と同じ意味で語られるものだった。


 アマリアにとっても、サンドロと会うことは、最初こそ特別な喜びだった。


 だが、今ではただ辛いばかりだった。





「サンドロ様、今日は来ていただき、ありがとうございます」


 やっとのことで実現した、二人きりのデートの時間。


 それは、アマリアにとって、二人の仲を変えるための小さな希望だった。


 だが、アマリアの期待はあっさりと裏切られた。


 午後の陽射しに照らされた庭園を歩く間、サンドロは一度たりともアマリアの顔を見ようとしなかった。


 たまにサンドロの長い指先が、噴水や景色を無感情に指し示すだけ。


「素敵なところですね、サンドロ様」


 アマリアはサンドロの指の先にあるものを見て、サンドロにほほ笑みかけた。


「アマリア、黙って景色でも見ていてくれないか。君の望み通り、デートしてやっているだろう? あまり困らせないでくれ」


 サンドロの言葉が、刃のようにアマリアの胸に突き刺さった。


 楽しみにしていた時間は、サンドロの一言で冷え切ったものに変わった。


 サンドロは終始アマリアに無関心で、アマリアの言葉に対して、心のこもった返事をすることはなかった。


「そうか」


「ああ」


 返事があったとしても、ただそれだけ。


 まるでアマリアの存在が邪魔であるとでも言わんばかりだった。





 それでもアマリアは、懸命に笑顔を絶やさないよう努力した。


 明るくふる舞い、話題を選び、共通の趣味を探そうとした。


 サンドロの好きそうな文房具や本も贈った。


 サンドロに喜んでほしかった。


 その贈り物をきっかけに、少しでも話をしたかった。


 ほんの少しでも、サンドロの気持ちが動けばいいと、ただそれだけを願っていた。


 けれど、サンドロの態度は冷たくなる一方だった。


 サンドロの無関心という名の氷の鎖が、アマリアの心を少しずつ締め付けていく。





『サンドロ様は、わたくしがお嫌いなのですね……』


 そう口にしかけた言葉を、アマリアは慌てて胸の奥底に押し込めた。


 アマリアは、現実を認めてしまったら、とてもサンドロの婚約者としてやっていけなかった。


 拒絶されている自分を受け入れてしまったら、アマリアの心は壊れてしまう。


(いいえ、そんなはずがないわ。婚約者同士ですもの。きっとなにか理由があるのよ)


 サンドロにはきっと、なにか事情があるのだ。


 そう自分に言い聞かせるたびに、アマリアの胸はひどく苦しくなった。


 それでもアマリアは、サンドロの婚約者でいられるよう、自分の感情を押し殺し続けた。


 見たくないものに目をつぶり、聞きたくない言葉を無視し、ただ『両家の婚約』という形を守ることに必死だった。




 アマリアが誇り高きレザル公爵家の一員となることは、ターフライ侯爵家にとって喜ばしいこと。


 ターフライ侯爵家が堂々と困窮するレザル公爵家とその領民たちを助けるためには、自分がサンドロに嫁がなければいけない。


(貴族令嬢として生まれた以上、わたくしも己の務めを果たさなければ……)


 あの頃のアマリアはまだ、自分の人生を他人のために捧げていた。





 だが、アマリアは、やがて気づくことになる。


 誰かのためだけに生きる人生では、自分の心が死んでしまうことに。


 そして、人生は、自分自身の幸せのためにもあるのだと――。


 サンドロの冷たい言葉に傷つきながら、アマリアの心の奥にかすかに宿ったもの。


 それは、違和感だった。


 この違和感は、やがてアマリアを前へと進ませる力となる。


 このまま侯爵令嬢から公爵夫人となり、家のため、民のため、貴族として生きるのではなく、自らの足で輝く太陽の下に立つ――。


 そんな決断が、まだ柔らかな新芽のように、アマリアの胸の奥で密かに芽吹き始めていた。

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