22.己の誇り一つを胸に
数年後、王都で産業振興式典が開催された。
王国内で功績を上げた商人や工房が一堂に会し、王族や貴族の前で功績を表彰される。その伝統ある式典に、女性の経営者が出ることなど、以前はまったく考えられなかった。
しかし、今年、その式典に一人の元令嬢の名が挙がった。
アマリア&エデル商会の代表の一人となった、アマリアだった。
アマリアは王都で女性の就業支援、生活支援事業を展開し、女性による独立事業の先駆者となっていた。
そんなアマリアに、国から勲章が授与されることになったのだ。
式典の当日、会場には、ターフライ侯爵家の人々の姿があった。
ターフライ侯爵家の人々は、地味で目立たない服装で会場のあちらこちらに散らばり、こっそりアマリアを見ていた。
ターフライ侯爵家は、身分が上の公爵家に対して婚約破棄を申し入れた代償として、アマリアとの縁を切った。
ターフライ侯爵家はレザル公爵家との約束を愚直に守り通し、今日までアマリアとの一切の関りを断ってきた。
だが、アマリアがこうして人々に認められ、勲章を授与される日、ターフライ侯爵家の人々はついに我慢しきれなくなった。
彼らは物陰からひっそりとアマリアの成功を祝うために、それぞれが密かに館を抜け出してきたのだった。
後日、彼らは知ることになる。
自分以外の家族たちも、全員こっそりアマリアを見に行っていたことを……。
式典は厳かに始まった。
王族の代表として出席した王女による祝辞。
主賓の紹介。
そして、各受賞者の入場。
アマリアの名が告げられた瞬間、会場が騒めいた。
アマリアは金髪を結い上げ、背中が大きく開いたシンプルなロイヤルブルーのドレスに身を包み、赤い絨毯の上をゆっくりと歩いていった。
その足取りに、迷いはない。
アマリアの姿は、どんな令嬢や貴婦人よりも凛としていた。
アマリアは舞台の上に立つと、堂々とこれまでの人生を語った。
「人生は他の誰のものでもありません。自分で選び、進むものです」
アマリアの言葉は、会場に集まっている人々の心を揺さぶった。
それは、かつて『装飾品』などと呼ばれた令嬢が、己の誇り一つを胸に、人生を変えていった物語だった。
アマリアには若き王女から勲章が授与され、祝辞が贈られた。
「アマリア&エデル商会の活動は、まさに時代の先を示すものであります。誰もが、己の誇りを踏みにじられることなく生きられること。そのための自立こそが、国の未来を良い方向へと変えるという、極めて重要な姿勢が示されました」
王女はアマリアを尊敬の眼差しで見つめながら、誇らしげにアマリアの功績を説明した。
アマリアは堂々と一礼し、自分の考えを語った。
「わたくしはただ、『装飾品』などではない、『人間』として、『自分自身』として、生きていきたかっただけです。それが結果として誰かの励みになったのなら、これ以上の喜びはありません」
人々はアマリアの話に聞き入っていた。
アマリアが話を終えた時、拍手は小さく少なかった。
だが、人々はまるで夢から覚めたように、次々とアマリアに向かって拍手を送り始めた。
さらには歓声までが加わり、会場中が興奮と熱気を帯びていく。
アマリアは自分を見つめる人々の中に、知った顔が混じっていることに気が付いた。
――サンドロ・レザル。
かつてアマリアを『装飾品』として扱い、尊厳を踏みにじった男だった。
サンドロは拍手もせず、ただその場に突っ立って、アマリアを食い入るように見つめていた。
サンドロの隣にいるのは、サンドロが親戚の紹介でなんとか婚約にこぎつけた、没落した男爵家の令嬢だった。
サンドロの自慢の婚約者である、その胸の大きな若い令嬢がサンドロに向ける視線は、ひどく冷ややかなものだった。
「……あの方が、あなたの元婚約者?」
「ああ……」
「あの方は貴族社会から去ったのに、あなた以上に貴族社会にも受け入れられているわ。なんて皮肉な話なのかしら」
婚約者の声には呆れすら込められておらず、ただ目の前にある事実が淡々と告げられただけだった。
サンドロはなにも答えられなかった。
サンドロが失ったのは、ただのお飾りの婚約者ではなかった。
未来を見据え、誰にも流されず、自分の足で立ち続ける、誰よりも強い女性だった。
今のアマリアの横に並ぶには、相当な覚悟と努力が必要だった。
アマリアは、会場全体を見渡してから一礼し、舞台からゆっくりと降りた。
その美しい姿を、若い令嬢たちが感嘆の眼差しで見つめていた。
「……すごいわ。アマリア様はご自分の力でここまで来られたのよね」
「お美しくて、お強くて……。あの『商人貴族』のエデル様も、アマリア様に夢中だそうよ」
「アマリア様に憧れる女性たちが、親衛隊まで作ったらしいわよ。わたくしも、あんな風に生きてみたいわ!」
中には、涙を流している女性までいた。
貴賓席では、王家を代表して出席した若き王女までが、潤んだ目でアマリアを見ていた。
アマリアの言葉と生き方は、多くの者の心に届いていたのだ。
一方、その頃、会場の隅で沈黙しているサンドロの顔には、怒りでも、後悔の色でもなく、絶望だけが浮かんでいた。
アマリアが、サンドロのいる方に一瞬だけ視線を向けた。
けれど、アマリアはサンドロには気づきすらしなかったようで、そのまま、まっすぐ歩いていった。
アマリアの視線の先には、アマリアの席の横に立っているエデルがいた。
「お疲れ様、アマリア」
「ありがとう。……やっと、ここまで来たわ」
言葉は少なくとも、二人の間には確かな信頼と温かさがあった。
アマリアは、エデルの引いた椅子に座る。
ほほ笑みあう二人の姿は、もはや恋人同士にしか見えなかった。
サンドロはかつてアマリアに見当違いな怒りをぶつけ、傷つけ、尊厳を踏みにじった末に、アマリアに捨てられた。
幸せそうなアマリアの姿は、誰よりもまぶしく、そして、今のサンドロから遠いものだった。




