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婚約者様、さようなら。わたくしは『装飾品』ではありません。  作者: 赤林檎


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21.君は本当に変わったな

 サンドロはアマリアとの婚約が破棄された時、ようやく厄介な荷物を手放せたと胸をなで下ろした。


 たしかにアマリアは、貴族社会においては申し分ない令嬢だった。完璧と言ってもいいほどだ。


 だが、サンドロにとっては、まるで面白味のない女だった。


 とにかく華奢で、主張しない胸元が物足りない……。


(そんな女は黙って、この私の横に立っていればいいのだ)


 という自分の考えが、大きな間違いだったと気づいたのは、アマリアが去って一年後のことだった。


 サンドロの新たな婚約話は次々に流れた。


 サンドロの宮廷入りを後押ししてくれていた者たちも去って行ってしまい、推薦状が得られず宮廷への道が閉ざされた。


 そのすべての根底にあったのは、『アマリア嬢を傷つけた男』というレッテルだった。


「君のような、婚約した女性を『装飾品』だと蔑むような男に、大事な娘を任せる者などいないよ」


「ターフライ侯爵家は、レザル公爵家と領民たちを助けようとしていただろう? それなのに、君はターフライ侯爵家のアマリア嬢を傷つけて、貴族社会を捨てさせてしまった。これまで私は君のような人間の宮廷入りを後押ししようとしていたなんてな! 君のせいで、私は一族の間で『我が一族の汚点』とまで言われているのだぞ! 二度と話しかけないでくれ!」


「ターフライ侯爵家を怒らせた君に、推薦状を書く者などいるわけがないだろう? 君の家は、ターフライ侯爵家に詫びとして領地をすべて譲り渡したそうじゃないか。……それでも、アマリア嬢はターフライ侯爵家には一度も戻っていないと聞いているよ。君はレザル公爵家を潰した男として、歴史に名を残せるだろうよ」


 そして、サンドロの耳に届いたのは、かつての『装飾品』の噂――。


「アマリア嬢は令嬢から自力で商会の長になったのですって? ご実家には一度も頼ったことがないと聞いたわよ。信じられないわ。そんなこと無理なのではなくて?」


「本当なのよ。アマリア様は王都にも店を構えて、女性の自立についての講演会までなさっているのよ。わたくしも聞きに行ったんだけど、アマリア様はそれはもうお美しくて気高くて……! お話も素晴らしかったわ!」


「王妃殿下からもお茶会に招待されたらしいわよ。王女殿下が『アマリア様のお話を聞いてみたい』と王妃殿下に頼んだのですって。もう誰もアマリア嬢のことを、『平民落ち』だなんて笑えないわ」


「アマリア嬢は、剣一本で平民から侯爵になった、あの不屈のディエゴ・ターフライの子孫よ。屈することなく、やり遂げたのよ!」


 サンドロは貴婦人たちの噂話を聞きながら、舞踏会の開かれている大広間の片隅で、顔を引きつらせていた。


(おいおい、なにかの間違いだろう?)


 サンドロは好奇心と苛立ちがないまぜになった感情に突き動かされ、アマリア雑貨店の王都本店を訪れた。


 そして、見てしまった。


 高級感のある店内で、客たちに囲まれ、従業員たちに慕われ、人々の中心に立つ、あの女――。


 アマリアは、美しく笑っていた。


 自信と気品に満ちあふれたアマリアの姿には、かつてサンドロの横に立ち、泣きそうになっていた少女の面影などまったくなかった。


 サンドロがアマリアに声をかけようとした瞬間、アマリアは一人の男に笑いかけた。


 ――エデル・ルイド。


 不遜にも『商人貴族』などという二つ名を持つ、物流を掌握する若き大商人。


 エデルの瞳に宿るのは、アマリアへの尊敬と愛情だった。


「アマリア、久しぶりだな……」


 サンドロがやっとの思いで声を絞り出すと、アマリアはゆっくりとサンドロに向き直った。


「アマリア、君は本当に変わったな……」


 アマリアの目には、怒りも、悲しみも、そして未練も、なに一つ浮かんでこなかった。


「その……、アマリア……。もう一度……、私たちは、やり直せないだろうか……?」


 サンドロはすべての誇りを捨てて訊ねた。


 それなのに……。


「サンドロ様……? お久しぶりです。サンドロ様は『人間』なんてご不要な方だったでしょう? サンドロ様がわたくしを『装飾品』なんて呼んでいた頃、わたくしはもう『人間』になる準備をしておりましたのよ?」


 アマリアは皮肉を返してきた。感情のこもらない声で、サンドロを拒絶したのだ。


「クソ……ッ!」


「わたくしは、もう誰かの『装飾品』などではありません。自分の足で立ち、自分の意志で生きています。ですから、あの頃に戻ることなど、決してありませんわ」


 アマリアは冷たくほほ笑み、サンドロに背を向けた。


 すぐにエデルがアマリアに寄り添い、アマリアはエデルの差し出した腕を自然に取った。


 アマリアはエデルと並んで、人々の輪の中に戻っていく。


 店内にいた貴婦人たちが、そんなアマリアを見て言う。


「……あの方が、アマリア様」


「なんて気高く、美しい方なんでしょう……」


「素敵だわ……」


 サンドロは言葉もなく、ただ立ち尽くしていた。


 サンドロはかつて自分と婚約していた少女の心を徹底的に踏みにじった。


 今、その少女は大人の女性となり、サンドロの手の届かない場所にいた。


 ――サンドロが失ったのは、ただの『装飾品』ではなかった。


 己の誇りを守って生きる道を選ぶことのできる、誰よりも気高い一人の女性だった。


 それに気づくには、あまりにも遅すぎた。


 サンドロはうつむき、黙ってアマリアの店を後にした。


 そして、サンドロがアマリアの店に現れることは、二度となかった。

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