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2.政略結婚の駒として

 アマリア・ターフライは、騎士を先祖に持つ帯剣貴族ターフライ侯爵家の次女として、この世に生を受けた。


 代々武門として知られるターフライ侯爵家は、剣と誇りを重んじる名家であり、令嬢たちにも礼節と気品が厳しく求められてきた。


 華奢で可憐なアマリアは、物腰柔らかく、言葉遣いも礼儀作法も一分の隙もない令嬢だった。


 アマリアのよく手入れされた絹のような金髪は、陽光を浴びれば柔らかな輝きを放ち、深い緑の瞳には、聡明さと優しさが宿っていた。


 整った顔立ちには、生まれ持った美貌だけでなく、知性と教養、厳しい令嬢教育が作り上げた淑やかさが表れていた。


 教養も気品も、他の令嬢たちに引けを取らない。むしろ令嬢たちから憧れられることすらあった。


 それもアマリアにとっては当然のことだった。


 なぜなら、それらこそが、侯爵令嬢としてのアマリアに求められたものだったからだ。


『ターフライ侯爵家の娘として、いずれ夫となる者に恥をかかせたりしないよう、非の打ちどころのない淑女となれ』


 アマリアは両親や教育係たちに、そう言い聞かされて育ってきた。


 アマリアにとっての人生とは、期待に応えることと、家名に恥じない存在であり続けることだった。





 アマリアは十四歳になると、ついに政略結婚の駒としての役目が与えられた。


 アマリアの婚約者として選ばれたのは、かつて王女が降嫁したこともあるレザル公爵家の嫡男。


 アマリアより一つ年上のサンドロ・レザルだった。


 冷たい銀髪に、整った顔立ち。暗い青色の瞳。高い鼻梁。


 サンドロの姿はまるで彫像のようで、誰もが見惚れるほどの美男だった。


 アマリアが嫁ぐ予定のレザル公爵家は、この国の五大公爵家の一つであり、貴族社会で知らない者はなかった。


 今でこそ領地が災難に見舞われ、没落の瀬戸際にあったが、長い歴史と、積み上げられた格式、その知名度に恥じない高潔さによって、多くの人々から尊敬されていた。


 そのレザル公爵家の一人息子であるサンドロは、まさに理想の貴公子と呼ぶにふさわしい少年だった。


 優雅な立ち居振る舞いに、鋭い才知。


 端正な顔立ちに、淀みのない話しぶり。


 王立学院では常に上位の成績を収め、すでに宮廷入りは確定しているとまで言われていた。


 そんなサンドロに憧れを抱く令嬢たちは数えきれず、レザル公爵家が苦境にあると知っていてなお、サンドロとの縁を望む者は後を絶たなかった。





 アマリアは、そんなサンドロと共に歩む未来を想像するだけで、胸が高鳴った。


(あんな素敵な方が、わたくしの婚約者になるのね)


 アマリアは父から婚約者としてサンドロの名を告げられた時のことを、今でも鮮やかに思い出すことができる。


 アマリアの胸に広がったのは、驚きと、言葉にできないほどの喜びだった。


 自分がサンドロの婚約者になれるのは、奇跡のような幸運だと思った。


 アマリアは頬を赤く染め、高揚感を覚えながら、自分の幸せな未来を信じた。


 それは、少女の純粋な恋への憧れであり、未来への希望でもあった。


(サンドロ様にふさわしい妻になりたいわ)


 その一心で、アマリアは自分に課す努力の量をさらに増やした。


 王宮でも通用するような礼儀作法。


 舞踏会で踊る何種類ものダンス。


 完璧な淑女の笑みの作り方。


 一つ一つに意味があると信じていた。


(これからは、サンドロ様と共に人生を歩んでいくのだわ)


 その言葉を胸の奥で、何度も、何度も、くり返した。


 まるで、お守りのように。


 自分の未来はきっと明るいものだと信じて疑わなかった。


 サンドロと手を取り合い、名門レザル公爵家の一員として、互いを支え合う。


 たとえレザル公爵家が没落寸前であろうとも、領地がどんな災いに見舞われていようとも、隣にサンドロさえいてくれるなら耐えられるだろう。


 アマリアはほほ笑みながら、サンドロに寄り添う未来の自分の姿を、何度も心に描いた。


(わたくしが、あの方の支えになるのよ……)


 その言葉を胸の奥でくり返すたび、アマリアの心には希望の火が灯るようだった。





 けれど、アマリアは間もなく知ることになる。


 そんな未来は、アマリアだけが見ていた幻だったということを。


 アマリアがどれほど努力を重ねようと、どれほど思いを注ごうと、サンドロは一度だってアマリアに応えようとはしなかった。


 アマリアはサンドロの眼差しが、自分だけに向けられることを待ち続けた。


 そんな機会は、遠い未来でしか訪れないというのに……。


 アマリアの夢見た幸福な未来像は、サンドロによって粉々に壊されていく。


 胸に灯っていた希望の火も、いつしか冷たい現実の風に吹き消される。


 そして、火が灯っていたことすらも、忘れ去られていくのだった――。

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