17.お互いへの信頼と関心
アマリアとエデルはさらに会う機会が増えていった。
共同の仕入れルートの調整。
物流コストの再検討。
新たな販路の開拓。
最初のうちは、全てが商談という名の仕事の話だった。
だが、いつしかその合間に、個人的な会話が多く紛れ込むようになっていった。
「エデル様は、なぜ、いつもそんなに冷静でいられるのですか?」
ふと落ちた沈黙の中で、アマリアが問いかけた。
それは問いというよりも、思わずこぼれた独り言のようだった。
アマリアの深い緑色の瞳は、エデルの横顔を見上げていた。アマリアの眼差しの奥にあるのは、まだ形を持たない感情だった。
エデルは小さく息を吐き、目元に笑みを浮かべた。
「動揺する時は、たいていもう手遅れだからな」
エデルはそう言って肩を竦めた。
エデルの言葉は、アマリアの耳には、経験を重ねた者だけが知る現実として響いた。
「手遅れ……」
アマリアはほんのわずかに眉をひそめた。
「例えば、そうだな……。相手が言葉を飲み込んだ瞬間。目を逸らした時。気づいた時には、もう戻れない場所にいることがある。……だから、冷静でいようとするだけだ」
エデルはそう続け、アマリアに目を向けた。
アマリアはエデルの語った、その手遅れの感覚を知っていた。
なにかがアマリアの胸の奥で静かに揺れた。
「……エデル様は、貴族をお嫌いなのでは?」
アマリアは少しの沈黙の後で、そっと問いを重ねた。
アマリアが貴族の出であることを理由に、平民から距離を置かれたことは、一度や二度ではなかった。
エデルは少しだけ視線を伏せて考えてから、かすかに目を細めた。
エデルの表情は、戸惑いとも苦笑ともつかないものだった。
「嫌う理由はない。ただ……」
エデルはそこで言葉を切り、アマリアを見つめた。
「……生まれだけに価値を求める人間は、どうにも信用できないだけだよ」
エデルの言葉は、アマリアを突き放すでもなく、元令嬢のアマリアに媚びるでもなく――。
ただエデルの信念が語られているだけだった。
アマリアは小さく笑った。その笑みは、安堵と恥じらいが入り混じったものだった。
アマリアの笑顔を見たエデルの表情も、わずかに和らいだ。
「君も、そんな風に人を判断したりしないだろう?」
エデルが静かに問い返した。
「はい」
アマリアはうなずいた。
それ以上、エデルはなにも言わなかった。ただ温かい眼差しで、アマリアを見つめていた。
アマリアは自分の心の奥にあるものに、まだ気づいていなかった。ただ胸の奥が、かすかに熱を帯びるのを感じながら、エデルから目を逸らすことができずにいた。
二人の会話は、いつも短く、淡々としていた。
必要以上に踏み込むことも、過剰に言葉を尽くすこともなかった。
けれど、交わす言葉の端々に、ほんの少しずつ熱が宿っていった。
エデルは、その後もアマリアの過去について、なにも訊ねなかった。
エデルの茶色の瞳は、いつもアマリアの今だけを見ていてくれた。
アマリアもまた、エデルがどんな道を歩いてきたのか、無理に知ろうとはしなかった。
――それは、お互いが過去ではなく、今を生きる相手として向き合っている証だった。
商談の帰り道、二人で並んで歩く時間が、ほんの少しずつ増えていった。
アマリアが、それが二人にとって特別なことだったと気づくのは、もう少し先のことだった。