16.アマリアを幸せにしたい
エデルはアマリアと幾度となく顔を合わせるようになっていった。
最初は、二人の間にあるのは、必要最低限の取引に関する事務的な会話だけだった。
だが、気がつけば打ち合わせの終わりに交わされる一言や、帰り際のふとした雑談が、次第に自然な流れとなり、いつしか他愛のない会話が続くようになっていた。
「アマリアさん、君は疲れた時、どうやって気持ちを切り替えている?」
エデルはそんな個人的な問いまで、自然と口に出していた。
「甘いお菓子を一つ、口に入れること。それに、香り袋の匂いに癒されるんです」
そう答えるアマリアは、どこか恥ずかしそうにほほ笑んでいた。
「なるほど。君は自分を上手に甘やかす術を知っているんだな」
エデルが感心したように言うと、アマリアはまた笑った。
「では、エデル様、あなたはどうですか?」
「……私か? 私は物を整える。帳簿でも、部屋でも。乱れているものを片付けていくと、頭の中も不思議と整理されるんだ」
「ああ、わかります。急に片付けたくなりますよね」
二人は顔を見合わせて笑いあった。
その時、エデルの胸の奥に芽生えたもの。
それは、明確な感情ではなかった。
楽しそうに笑うアマリアは、エデルには自分と同じ方向を見て、同じように時を重ねていっているように思えた。
――静かで、温かい、共鳴のような感覚。
気づけばエデルは、自分でも驚くほどあっさりと、これまで誰にも話したことのないようなことまで、アマリアには自然に語っていたのだった。
「エデル様は、わたくしの過去について、なにも訊かないのですね」
ある日の商談の帰り道、アマリアがぽつりと言った。
エデルは、並んで歩いているアマリアの横顔に目を向けた。
アマリアの顔には笑みが浮かんでいた。だが、その深い緑色の瞳は、どこか遠くを見ているように見えた。
「……そんなことが必要か?」
エデルにとっては、アマリアの過去になにがあったとしても、それは今のアマリアを形作るものの一部に過ぎなかった。
今、この瞬間に目の前にいるアマリアこそが、エデルにとって最も重要だった。
「いいえ、必要ではありません。ただ、それが嬉しいと思って」
アマリアは、決して強がっているのではなかった。
傷も、喪失も、過去の影も、すべてそのまま抱えた上で、誰かに今の自分を見つめてもらえることを、心から喜んでいた。
「ありがとうございます、エデル様」
アマリアが控え目にほほ笑むのを見た時、エデルは強く思った。
この人の人生を、隣に立って支えていきたい。
そして、もしも許されるならば、自分がアマリアを幸せにしたいと――。
恋に落ちるまでに、少し時間はかかった。
けれど、一度芽生えたエデルの想いは、その後、決して揺らがなかった。