14.新たな物語の幕が上がる
王都の裏通りにひっそりと佇む、知る人ぞ知るカフェの一室。
アマリアが指定された個室の扉を開けると、すでにエデルが席についていた。
平民の出らしい、平凡な茶色の髪と瞳。派手さはないが、落ち着いた佇まいと、どこか人を射抜くような目つき。
かつて老執事の語る言葉の中で、きらきらと目を輝かせていた少年の姿は、すでにどこにもなかった。
アマリアが軽く会釈をすると、エデルはすぐに立ち上がり、平民らしい簡単な挨拶をしてくれた。
商談は、お互いの簡単な自己紹介から始まった。
エデルは共通の話題として、エデルの亡き祖父である、あの老執事の話をしてくれた。エデルの声には祖父への敬意が滲んでいた。
二人の会話は商談というよりも、どこか旧友との再会のような雰囲気があった。
「――つまり、あなたの売っている雑貨は単なる商品ではなく、『贈り物としての物語』を提供していると?」
そう問いかけるエデルの声は、低くて落ち着いており、言葉の端々に鋭い知性が感じられた。
「そこまでロマンチックに考えていたわけではありません……。けれど、心を込めた品物を手に取っていただきたいと思っていますわ」
「商売において、信念を持ち続けられる人間は少ない」
「そういうものなのですか?」
「ああ。多くの者は、売上が落ちれば、すぐに原価を削り、質を下げ……。やがて悪魔に魂を売るようになる。だが、あなたは決してそんなことはしないだろう?」
エデルはかすかに皮肉めいた笑みを浮かべたが、その瞳はどこまでも真剣だった。
エデルの纏う雰囲気には、かつて老執事から聞いたのと同じ、まっすぐな熱意の名残が感じられた。
「アマリアさん、私は信念を持った人間と一緒に仕事をしたいと思っているんだ」
言葉を切ったエデルは、なにかを懐かしむような目をした。
「……そういえば、あなたの店では香り袋を売っているだろう? 私の母がとても気に入っていた」
「わたくしの店の香り袋をですか……?」
「ああ。だいぶ前に母の商人仲間の女性が贈ってくれた物らしい。母は最近、視力がだいぶ衰えてきていてね。小さな文字や模様は、かなり見えづらいようなんだが……。香り袋の柔らかい手触りや良い香りを楽しんで、『これは良い贈り物だったわ。目が悪くても楽しめるんだもの』と……」
香り袋は、アマリアが開店当初からずっと扱い続けてきた手作りの商品だった。
エデルは、アマリアが『かつて祖父が世話になった家の娘』だったから、取引を申し出てくれたわけではなかった。
アマリアの扱う商品を、価値あるものとして認めてくれていた。
だから、こうしてエデルは自ら手紙を書き、アマリアに会いに来たのだ。
アマリアの胸に、じんわりと温かいものが広がった。
「……それを聞けて、とても嬉しいです。ありがとうございます」
アマリアがそう答えると、エデルはわずかに目を細めた。
「これは、あなたが売った立派な『物語』だろう?」
二人の間に、新たな物語の幕が上がろうとしていた。