13.エデル・ルイド
アマリアがエデルの名を耳にしたのは、王都出店の準備が本格化していた頃だった。
アマリアは仕入れ先の一つからエデルを紹介された。
エデル商会は、港湾の物流と都市間の輸送を抑える、王都でも指折りの大商会だった。
代表はまだ二十代前半の青年で、平民の出ながら貴族とも渡り合う商才と度胸を持つという噂だ。
――エデル・ルイド。
アマリアにとっては、かつて老執事から聞かされた孫の名前。
老執事に向かって目を輝かせながら、「いつか自分のお店を作るんだ!」と話していたという、あの小さな男の子の名だった。
エデルは、あの頃の夢を叶えたのだ。アマリアの人生さえ変えた、あの『お店をやる』という自らの夢を。
そんなある日、アマリアのもとに一通の手紙が届いた。
差出人は、エデル・ルイド本人。
端正な文字で、簡潔ながら丁寧な文章が書かれていた。
『噂に名高いアマリア雑貨店の品物を拝見し、取引を希望しております。一度、直接お話しできればと願っております』
大商会の主から届いた、いきなりの商談の申し出だった。
アマリアはしばらく手紙を見つめたまま、動けなかった。
思い出すのは、老執事の言葉を通してのみ知っている、小さな男の子。
無邪気に笑い、帳簿の読み方に目を輝かせていたという、ただの一度も会ったことはないけれど、アマリアの人生を変える助けになってくれた人――。
エデルは今や、王都の流通を牛耳るまでに成り上がっていた。
エデルは長身で端正な顔立ちに加え、いつも品の良い高価な衣装に身を包んでいるらしかった。
エデルの親衛隊だという女性たちが、そんなエデルを巡って、つかみ合いの喧嘩をしたなどという、派手な噂話まである。
冷徹で、情に流されず、打算と計算でしか動かない、冷酷な男だという声すらあった。
「あの小さな男の子も、大人になったのよね……」
アマリアはエデルに会ってみることにした。
商売は信頼から始まる。
信頼は、過去ではなく、今の行動から築かれていく。
(エデルさんがどんな人に成長したのか、エデルさん自身の言葉と態度を見て、自分の目で確かめてみるわ)
それが今のアマリアのやり方だった。
噂話だけでは、本当の人柄は見えてこない。
(わたくしは、かつてのエデルさんを少しだけ知っている……。けれど、今のエデルさんのことは、なにも知らないわ。まずは今のエデルさんと向き合ってみなければ)
アマリアは静かに便箋をたたみ、返事を書く準備を始めた。