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12.わたくしの大切な仲間

 最初の一年は、それでも少しだけ苦しかった。


 赤字は少額だったが、並べる商品に頭を悩ませ、眠れない夜もあった。


「アマリアちゃん、帳簿の見直し、手伝おうかね」


「商人は最初が踏ん張りどころさ。ほら、熱がある日はしっかり休むんだよ」


 商売の師匠でもある老夫婦は、たまにアマリアの店を訪れては、時には手伝い、時には励ましてくれた。


 その温もりに支えられながら、アマリアは雑貨屋を続けていった。


 二年目には、ようやく少しずつ黒字に転じ始めた。


 三年目には常連客ができ、四年目には、小さな雑貨屋ながら、ラクルベリでも指折りの人気店へと成長していった。


「この店は、わたくしの城よ。みんなに助けられながら、わたくしが自分の力で築いたのよ」


 そうつぶやくアマリアの瞳には、もうサンドロの婚約者だった頃の悲しみも、人生に対する迷いもなかった。





 アマリアの日々の積み重ねは、少しずつ確実に形になっていった。


 最初は老夫婦に手伝ってもらいつつ、アマリアが一人で店を切り盛りしていたが、やがてアマリア雑貨店で働きたいと申し出る人々が現れ始めた。


 その最初の一人は、元孤児の少女、レアだった。


 いつも店の前を通っては、小さなショーウィンドウに並んだ香り袋や封筒と便箋のセットをじっと見つめていた少女だった。


「わたし、ここで働きたいんです。このお店が好きなの。どの商品もみんな、キラキラして、かわいくて……。だから、だから、わたし、お金なんて、そんなにいらないから……」


「いいえ、働くのなら、きちんと報酬は払います。わたくしの大切な仲間になってもらうのですもの」


 そう言って、アマリアはレアを雇った。


 レアは最初、文字すら読めなかった。アマリアはレアと一緒に絵本を読むことから始めた。レアが文字をしっかり読めるようになると、次は書き方を教え、数字や帳簿の読み方までゆっくり丁寧に教えていった。


 さらに、香りの選び方、布のたたみ方、包装の手順など、店員としての作法も――。


 最初こそたくさんの時間がかかったが、レアは『この店が好き』と言っただけあって、とても真面目に働いて、見る見るうちに頼もしい存在になっていった。





 さらに、店の常連だった中年の女性も声をかけてきた。


「私は結婚する前は文字入れの仕事をしていたの。もし便箋や封筒なんかに文字を入れる仕事があるなら、私のことも雇ってみない? 働いていたのは子供が生まれる前だから、もう二十年も前のことだし、こんなおばさんで良ければだけど……」


「ぜひお願いしたいですわ。きっとお客様にも喜ばれます」


 中年の女性のおかげで、封筒と便箋のセットには希望すれば名入れや宛名を添える特別サービスが加わり、アマリア雑貨店の人気の一因となっていった。





「あの元令嬢が、働く女性を育ててるんだってよ」


「すごいじゃないか。最初にあの元令嬢が自分で店の商品を並べていたのを見た時は、我が目を疑ったものだったけどねぇ……」


 最初は好奇の目を向けてくるだけだった人々の声が、いつしか敬意と賞賛に変わっていった。





 やがて、開店から五年が過ぎた。


 アマリア雑貨店は、ラクルベリで確かな名声を得るまでになっていた。


 そしてついに、『アマリア雑貨店の計画書』は次の段階に移る。


 王都への出店計画が始動したのだった。


 王都への進出は、多額の費用と人的ネットワークを必要とする。


 その準備の過程で、仕入れ先の一つから、大きな取引先を紹介された。


「あちらに頼めば、王都方面の物流と信用はほぼ問題ありません。代表の方はお若いけれど、誠実な人物ですよ」


 紹介されたのは、エデル商会の代表、エデル・ルイド。


 かつてターフライ侯爵家に仕えていた老執事の孫だった。


「うちの孫の夢が、自分の店をやることなんですよ。まだ子供なのに、夢中になって帳簿の本を読んだりしていましてね。あれだけ熱心にやっているのだから、いつか叶うといいと思っているのですよ」


 老執事が語っていた、あの小さな男の子が、今や一国の物流を担う大商会の長として、その夢を叶えていたのだ。


 アマリアは紹介状を胸に抱き、静かに目を閉じた。


「エデルさん……。昔、あなたのおじいさまが話していた夢を、立派に叶えられたのですね……」


 アマリアは紹介状を持って、エデルに会いに行くことにした。


 だが、その前にエデルからアマリアに手紙が届き、この紹介状は役目を失う。


 このエデルとの出会いは、アマリアの新しい人生に、さらなる転機をもたらすことになるのだった。

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