11.温かな友情と、小さな策略(下)
「言ったでしょう? また来るって! 今日は皆様も一緒なのよ!」
イザベルは得意げに笑い、まるでアマリア雑貨店の親善大使のように、令嬢たちを店内へと案内した。
狭い店内は一気に華やぎ、笑い声と驚きの声で満ちていく。
「まあ、見てちょうだい! このブローチは包みボタンみたいじゃない? 小鳥の刺繍がとってもかわいいわ! 王都では見たことがないデザインのブローチよ!」
「このラッピングがまた可愛いわ! アマリア嬢は趣味が良いのね!」
「ねえ、こちらの鍵がかかった棚の香水瓶、後でゆっくり見せてちょうだい! 古い時代の物よね!?」
「あら、物語の挿絵に出てくる香水瓶みたいだわ……!」
「我が家に出入りする商人たちは、なぜか新製品ばかり持ってくるのよ。こんなレトロで素敵な香水瓶は、持ってきてくれたことがないわ」
「ちょっと皆様、やめてちょうだい! この香水瓶は、わたくしが最初に見つけたのよ!」
アマリアはその光景を、胸の奥にじんわりと広がる温かさとともに見つめていた。
かつてサンドロの隣で、一人で孤独に立っていた、あの辛かった日々はもう過去だ。
今、アマリアは店主として一人で店を背負って立ち、こうして令嬢たちに心から喜ばれている。
「平民に身を落として、こんな遠くで、しかも、お一人で雑貨屋だなんて……。お話を聞いた時には、とても心配しましたのよ。アマリア様がお元気でいてくださって安心しましたわ」
「本当に素敵なお店ですわ! 王都で開いてくださっていたら、わたくしたち、毎週でも遊びに伺えるのに……」
やさしくほほ笑む令嬢の横では、他の令嬢たちが大きく頷いていた。
令嬢たちはドレスのスカートを揺らしながら、次々と会計カウンターに来て、商品を購入しつつアマリアに励ましの声をかけてくれた。
アマリアは、令嬢たちに戸惑いがちな笑みを返す。けれど、その笑みは、かつてサンドロの横に立っていた頃とは違う、自分自身を見失わない強さを秘めたものだった。
令嬢たちは全員が知っていた。
アマリアがサンドロから受けた屈辱の数々を。
どれほど傷つけられた末に、侯爵令嬢の地位を捨てたのかを。
だからこそ、令嬢たちは長い旅路を越えて、アマリアの新たな一歩を祝福しに来たのだ。
令嬢たちの行動力は、それだけに留まらなかった。
連れてきた使用人たちに指示して、街のあちらこちらでアマリアの店の魅力を惜しげもなく語らせた。
街では『アマリア雑貨店の商品は、他にはない素敵な品物ばかりだ』という噂が広がり始めていた。
道を歩く人々が、わざわざ足を止めてアマリア雑貨店の看板を見上げる。
アマリアの小さな雑貨屋は、ラクルベリの人々が注目する店へと変わりつつあった。
温かな友情と、小さな策略。
それはアマリアの過去を癒やし、未来へと背中を押す、令嬢たちなりの贈り物だった。
「元令嬢が店をやってるって? へえ……、ずいぶんと思いきったもんだなあ」
「お貴族様の雑貨屋なんて珍しいわ。なんだか面白そうじゃないの」
アマリアの小さな店には、一人、また一人と、足を運ぶ者が増えていった。
「これ、娘の誕生日の贈り物に良さそうだわ」
「この刺繍入りのリボンは、仕入れで王都に行った時に見かけた物と似ているな。地元で売っているとは思わなかったよ」
「店主さん、品のある人だねえ。話し方もやさしくて、なんだか落ち着くよ」
街の人々はすぐに気づいた。
アマリアが偉ぶった元令嬢などではないことに。
店主として客の言葉に丁寧に耳を傾け、このラクルベリに根を下ろそうとしていることに。
いつしか店の会計カウンターには、時間帯によっては行列ができるほどになった。
子供を連れた母親、仕事帰りの職人たち、さらには遠くの町から訪れた旅人さえもが、大事な人への贈り物を求めて、アマリアの店に立ち寄るようになった。
そして、イザベルたちが王都へと戻る朝――。
早朝の澄んだ空気の中、豪華な馬車の列は、ゆっくりと街外れの道を進んでいった。
遠くから吹いてきた風が、アマリアの元へと、ふわりと花の香りを運んできた。
アマリアはクリーム色のエプロン姿のまま、朝露に濡れた石畳の上で、イザベルたちの乗る馬車を見送っていた。
イザベルたちは普段の淑やかさを捨てて、馬車の窓から大きく身を乗り出し、アマリアに向かって手をふっていた。
アマリアはほほ笑みながら、イザベルたちに手をふり返す。
「ありがとうございます、皆様……」
アマリアは馬車が見えなくなると、たくさんの心強い友に向かって、その場で静かにお辞儀をした。
別れの言葉はいらなかった。
イザベルたちとアマリアの友情は、これからも変わらず続いていくのだから――。