11.温かな友情と、小さな策略(上)
ある日の昼下がり、ラクルベリの柔らかな陽射しが、アマリア雑貨店の店先にある小さなショーウィンドウを照らしていた頃のことだった。
店の扉に付いている鈴が、チリン、と澄んだ小さな音を立てた。
扉を開けて入ってきたのは、王立学院でアマリアと同じ学年だったイザベルだった。華やかな刺繍の施された旅行用ドレス姿で、洗練された髪飾りを付けていた。
隣に立っている若い男性は、イザベルの夫なのだろう。
イザベルは新婚旅行の途中、たまたまラクルベリに立ち寄ったのだという。
「まあ、アマリア嬢! あなたなのね……!」
イザベルは看板に惹かれて店に入ったらしいが、まさか店主が、かつての同級生だとは思っていなかったようだった。
イザベルは驚きのあまり、目に涙を浮かべながらアマリアに歩み寄った。
「ごめんなさい、ごめんなさいね、アマリア嬢……。あの頃、なにもできなくて……」
イザベルは涙をこらえながら語った。
あの頃、アマリアがサンドロから冷酷な仕打ちを受けていたことを、王立学院に通う令嬢の多くが知っていたのだと。
けれど、名門であるレザル公爵家を恐れて、誰もが沈黙を選んだのだと。
イザベルもまた、そんな中の一人だったのだと――。
「わたくしたち、あなたに声をかけることすらしなかった……。みんな、ずっと後悔していたの……。アマリア嬢が王都を去っても、みんな、アマリア嬢を忘れなかったわ……。わたくしたち、ずっと心配していたのよ……」
アマリアは驚きと戸惑いの入り混じった表情でイザベルを見つめていた。
あの頃、周囲の冷たさがどれほど胸に刺さったか、思い出したくもなかった。
けれど、こうして涙ながらに謝罪する同級生の姿に、心の奥が少しだけ温まるのを感じた。
「それに……、それにね……。わたくしたち、今ではサンドロ様の取り巻きだったご令嬢たちとは、距離を置いていますのよ。あのご令嬢たちは、皆様、いまだに婚約者が見つからないの。どちらのご令息も、『サンドロ様と親しいご令嬢』なんて、妻にしたくないわよね」
イザベルの予想外の言葉に、アマリアは小さく目を見開いた。
イザベルは涙を拭き、ほほ笑みながら言葉を続けた。
「アマリア嬢は今、とても生き生きとしていらっしゃるわ。こうしてご自分で立派にお店をやって……。お元気になられたのね」
アマリアはなにか言葉を返そうとして、なんの言葉も見つけられなかった。ただ静かに、胸の奥から湧き上がるものを抱きしめるように、目を伏せてほほ笑んだ。
「とってもかわいい雑貨のお店だわ。まだ開店したばかりなの? こんなに素敵なんですもの、きっとすぐに評判になると思うわ。上手くいくといいわね」
そう言ったイザベルは、店内を丁寧に見てまわりながら、香り袋や、封筒と便箋、ハンカチ、最近になって店に置き始めた香水瓶やブローチなどを、たくさん購入していった。
「またすぐに来るから、待っていてね!」
そう言って笑ったイザベルの姿は、扉の向こうへと消えていった。
鈴だけが、チリンと小さく、余韻を残して揺れていた。
それから一か月ほどが経った頃、アマリアがラクルベリで雑貨屋を開いたという噂が、王都の令嬢たちの間で瞬く間に広まった。
「あのアマリア嬢が、サンドロ様との婚約から立ち直って、ご自分の道を歩き出しているらしいわ」
「素敵な雑貨屋をやっているんですってよ。ラクルベリというのは、どちらにあるのかしら?」
そんな会話が、お茶会や舞踏会の片隅で、ひそやかに交わされていった。
そして、さらに数週間後のある朝。
アマリアが開店準備をしていると、店の前に豪華な馬車が次々とやってきた。
煌びやかなドレスに身を包んだ令嬢たちが、次々と馬車から降りてくる。
アマリアと王立学院で顔見知りだった者たちもいれば、舞踏会で見かけたことがある程度の仲の令嬢たちもいた。
その先頭に立っていたのは、イザベルだった。