第3話「腹が減ったら、食え(後編)」
火猪を食べ終えた後、俺はしばらく焚き火の前でぼんやりしていた。
焦げた草の匂い、燃える薪の音、満腹の心地よい重み。 そして何より——
「スキル……体当たり、か」
体がほんの少し軽い。手足の感覚も鋭くなった気がする。 それだけで、俺は生き延びる力を手に入れたと実感できた。
「よかったね、バル! 初めての食事、大成功だよ!」
女神——リピーナは地面にぺたんと座り、足を投げ出して笑っていた。
「……スキルが手に入るってのは本当だったんだな」
「うん! 食べるって、そういうこと!」
「けど、今はまだ運が良かっただけだ。次にあんな魔物が来たら……」
「じゃあ、もっと食べて強くなろう!」
彼女が当然のように言う。
「強くなってどうするんだ? 目標ってあるのか?」
「あるよー。このあたりにはね、『草原の主』って呼ばれる魔物がいるの」
「草原の主? どんなやつなんだ、それ」
「んー……でっかくて、すごく強くて、緑色で、ぬるっとしてるような……してないような?」
「……どっちだよ」
「たまに空を飛んでたり、寝てたり、あと怒るとすごく怖い!」
「何一つちゃんとした情報がねぇな……」
「でも、とにかくすっごく強いってことは確か! だからバルも、まずはそこに挑めるくらい強くなろうね!」
「じゃあ、とりあえずしばらくここで狩り続けるしかなさそうだな」
「うんうん! 明日もいい魔物が出るといいね!」
俺は焚き火の熱を感じながら、空を見上げた。
青空。静かな風。さっきまで命のやり取りをしていたとは思えない穏やかさだった。
(この世界で、俺はどうやって生きていくんだろうな)
わからない。 でも、腹が減る。 そして、食べると強くなる。
それだけは確かだ。
「……明日から、ちゃんと戦えるようにならないとな」
火猪の骨を一本拾い、ベルトに差す。 ささやかな戦利品だが、少しだけ“冒険者”になった気がした。
「よし。次はもっとマシに戦って、ちゃんと食ってやる」
その言葉に、リピーナがまた笑った。
「がんばれ、バル!」
俺は小さくうなずきながら、火の灯りを見つめ続けた。