フェンリル
洞窟の中で次第に強くなっていく鉄の匂いの正体
それは奥まで進んで、ようやく分かった
あまりの惨状に私もセリーニさんも目を丸くした
壁も地面も血塗れだった
赤黒く変色していたけど、まだ乾いていない部分もある
垂れる血の音が洞窟内に響いた
その隅にアステリが屈んでいて身体が黒くなっている狼が倒れている
か細く鳴いている狼に近づくと浄化を頼むと言われアステリの隣に屈んだ
洞窟内に居るのは私のことを黙ってくれている人たちだからポーションではなく直接、聖魔法で浄化する
身体から黒い部分が無くなると落ち着いたのか狼は静かに寝息をたてていた
それが分かって安堵の息を吐くとアステリ達も安心したように微笑んだ
と思った次の瞬間セリーニさんがさっきよりも目を丸くした
「…まさか…っ、フェンリルか…⁉︎」
「……嘘だろ…」
アステリだけじゃなくクレムさんも困惑したような顔をしていた
フェンリルというのは狼の上位種で幻獣や神獣と言われるくらい滅多に見かけることはないらしい
銀の毛並と風のように素早い身体能力を持っているんだとか
警戒心も強いため普段なら居るはずのない彼らが何故ここに居るのか考えているとフェンリルが目を覚ました
私たちを認識すると驚いて立ち上がったけど、すぐに自分の身体が動かせていることに首を傾げる
「あなたの瘴気は浄化したから大丈夫よ
痛いとか怠いとかない?
遠慮なく言ってくれて良いからね」
【大丈夫、ありがとうございます】
フェンリルはそう言って頭を下げる
上位種だと言うから、てっきり偉そうにするかと思ったけど意外にも礼儀正しいと思った
身体も大丈夫なようで安心するとフェンリルは洞窟内を見回す
【…お母さん…?】
そう言われた言葉に目を丸くする
アステリ達はフェンリルの言葉が分からないから首を傾げていた
「……お母さん、って…」
小さく出たはずの声が洞窟内に異様に響いた気がした
アステリ達も気づいたようで目を丸くしてフェンリルを見る
さっき現れた狼のような姿の魔物
洞窟に居た子どものフェンリル
そして “お母さん”
「殺した」
どう伝えたら良いのか迷っているとアステリがはっきりとそう言った
目を丸くして驚くフェンリルは静かに俺が殺したと再び言う彼に次第に唸り始める
アステリは静かに腰の剣に手を伸ばして臨戦体勢をとった
だけどフェンリルは、すぐに悲しそうな顔になって下を向いた
【……お母さんが言ってた
居なくなったら捜さないでって…
側に居ないのなら、もう一緒に居られないからだって……】
「じゃあ、もしかして周りのこの血は…」
【お母さんのだよ
自分を傷つけて自分を保ってたの
やめてって止めることもできなかった
……お別れ言いたかった…】
母親は分かっていたんだ
瘴気によって自分は、あと少ししか子どもの側に居られないと
その言葉を聞いてセリーニさんは分かったのか目を細め、そういうことかと呟いた
フェンリル含め首を傾げる
「母君が何で再び立ち上がった時にアステリ達を無視してミヤに飛びかかったのか疑問だったんだ
もしかしたら母君は分かっていたんじゃないかな
ミヤが聖属性が使えることを
だから攻撃するためじゃなく子どもの居るこの洞窟に連れていきたかったんだ
この子の状態を見ればミヤは浄化するだろう?
それを望んでたんじゃないかな」
勝手な解釈も入ってるけど、とセリーニさんは続けたけど当たっている気がする
愛する子どもを守るためなら母親は自分を犠牲にする
思いもよらない力を出す時だってある
「あなたのお母さんはとても強い方なんだね」
そう言いながら私はフェンリルの頭を撫でる
フェンリルは嬉しそうな悲しそうな顔で受け入れてくれた
「…セリーニさん、聖魔法でここの血痕を浄化することってできますか?」
「できると思うよ
瘴気によって身体が限界だったなら、かなり侵されていただろうからね
ミヤしかできないはずだ」
私の気持ちを汲んでくれたのか三人は顔を合わせ頷いて微笑んでくれた
多分みんなも何かしてあげたいって思ってたんだと思う
私は岩壁についた血痕に触れて目を閉じた
子どもは大丈夫、だからーー
安心しておやすみください




