情報屋、クプカ家
二人の姿が見えなくなると、ヴァルトルがか細く息を吐いた。
「ヴァルトル君、大丈夫?」
「すみません、ちょっと人に酔って……」
「ちょっと休憩しようか」
エフェが選んだ屋台で冷たい紅茶を買った。砂糖とミルクがたっぷりで、シナモンの香りも濃密だ。ヴァルトルの好みはすっかり承知されているので、少年は今更取り繕うこともせず、甘ったるい味を堪能した。
「いいものあったかな?」
「はい」
思わぬ掘り出し物を購入できたヴァルトルは、表情は変えぬものの、内心ほくほくである。
「あー、エフェさんは何か買わないんですか?」
「前の市で買い過ぎちゃってね、今回は様子見するつもりなんだ」
「そうなんですか……」
…………しまった、会話が止まってしまった。
小精霊がヴァルトルの肩や背中に身を寄せ、どんまい。なぐさめられてしまった。
「どんどん質問していいんだよ?」
どんとこい、とばかりにエフェは両腕をひろげた。逆に質問しにくい。
そもそもヴァルトルは人と関わるのが苦手だ。
クプカ家の魔術は、小精霊だけでなく、犬や猫、鳥、とかげ、魚など人以外の生き物と言葉を交わし、心通わす。
情報屋のクプカ家は、彼らから情報提供してもらっている。
対象者を探ってもらい、時に、彼らのおしゃべりの中に貴重な情報があることもある。
人づての話は真実が掴みにくい。ひねくれ、ねじ曲がり、噂が噂を呼び、妄想で勝手に話がふくらまされる。信憑性が乏しいので売れない。
悪意がなく、嘘をつかない人でないモノの方がずっと信用できる。
「じゃあ、僕から質問」エフェが問う。「どうして同行しようと思ったの?」
夜のバザールは、昼の秩序があまり適応されない。
呪いがわいても、呪いを解ける者がいる。
盗みをはたらいても、捕縛する者がいる。
喧嘩が起きれば、皆、囃し立てる。
かろうじて均衡が取られているものの、崩れるのは容易い。
後ろ暗いのはお互い様。裏の売人にとって、隠れ蓑にしやすい場所なのだ。
ぼったくり屋などかわいいものだ。毒性のあるきのこや植物の取り扱いは自己責任。
ラーファが摘発するのは、国で禁じている人や精霊の売買であり、エフェも協力している。
「い、一応、自分の身くらいは守れます、足手まといにはならないつもりです、あ、セマからのお守り、俺も持ってますから何かあっても大丈夫です」
「ああ違うよ、迷惑じゃないし君は僕が守るよ、そういう意味じゃなくて、純粋な疑問ね」
うろたえるヴァルトルを、エフェはなだめた。
「情報屋が表に出るのは、あまりよろしくないんでしょう?しかも今はあからさまに魔術師の格好だし、わざわざ行くのはどうしてなのかなって思って」
「……私怨、ですかね……」
四百年前に横行した精霊狩りから逃れる為、小精霊は世界から隠れてしまった。
狩りの推奨派と反対派で内戦まで及び、王の退陣と第一王子の廃嫡にて反対派が勝利した。
狩りが禁止となっても小精霊はかたちを戻さなかった。
百年前、ぽつぽつと姿を現わすようになったが、認識できるのは、一部の人間のみだ。
「クプカ家は、精霊には世話になってました、こうなったこいつらとまた話せるようになるまで、結構大変だったらしいです、いや、うちの家風からして苦労なんて思わなかったでしょうけど、えっと」
小精霊は、ヴァルトルとエフェにひっついている。
「その、だから……まだこんな時代遅れな商売している奴とか、こいつらを泣かせたランプとか、一度はちゃんと見てみたくて……」
「そっか」
「上手くまとまらなくてすみません」
「ううん、十分だよ」
情報屋として、私情を挟むなと教育されているだろう。
いくらお礼とはいえ、無料で精霊狩りの残党、しかも下っ端のランプ売りではなく、中枢と繋がっている人間の情報とは、あまりにも大判振る舞いだ。
だが、おかげでこれまでのとかげの尻尾切りから、組織そのものを潰せる足がかりができた。
「君から貰った情報はしっかり活用させてもらうよ」
とはいえ、ランプ売りを放置するつもりもない。
「大丈夫、これでも結構たくましいから」
まずは今夜、ここで小金を稼いでいる彼らと話し合いをしよう。