新月の夜市
九十日に一度訪れる新月の日。
十五の刻。バザール閉門の鐘が鳴る。
店じまいし、客も去り、がらんどうとなった巨大市場は、どこかさみしさにつつまれる。
しかしそれはわるいものではない。静寂はやすらぎでもある。次の客を迎えるまで、一時の休憩。
十七の刻。
日中はあたたかいが、日が落ちると肌寒い。
夕陽は地平線に溶けてゆき、空が紫紺色に染まった。
たとえ月が空に浮かばずとも、大精霊アイラスナイの慈愛は闇をつつむ。この街では、夜に魔と孤独が闊歩しないのだ。
そうして、新月の来訪者が街に姿を現れる。
普段は衛兵が外灯を灯すが、この日は来訪者たちが照らす。灯された魔術は七日間保つ。
宿の窓から覗き見されても、魔術師は気にしない。
いつもは飲んで歌って踊ってと騒がしい酒場だが、新月ばかりは常連客がほぼおらず、来訪者が席を占めている。残りの客は、来訪者をこそこそ待ち伏せ中だ。
滅多に会うことができない魔術師に、願いをきいて叶えてもれうよう交渉する絶好の機会なのだ。
ほとんどの住人は早々に家へ引き籠もり、鍵を掛け、窓も閉ざす。
いつもより早く遊びをやめさせられて不満な子どもの為に、ちょっと豪華な料理を作る。
「いいかい、彼らの邪魔をしてはいけないよ」
親から子へ、連綿と語り継がれるしきたり。
ユースグリットの新月は、特別な夜市がひらく日。
今宵は魔術師が集う日。
「彼らの夜を邪魔してはいけないよ」