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そのバザールにおけるいくつかの噂話  作者: 川坂千潮
ユースグリットのバザールは歴史的な遺跡である
22/22

魔術師の客


 ピクシェノスの夏は短い。

 昼間は内臓から焼かれるように暑く、夜は水の中を揺蕩うかのように涼しい。

 七十日の夏期休暇が終わる頃には、汗ばむ陽気も落ち着いてきている。

 空の月は半月を超え、ふっくらとふくらみつつある。

 新学期の始まりだ。

 生徒たちの家の多くは畜産を営んでおり、皆、家業の手伝いで日焼けしていた。ちなみにセマとヴァルトルはあまり肌が焼けない体質なので、あまり変わっていなかった。

 仕事ばかりで短い夏を満喫していない、なんてわけがなかった。海で泳いだ、親戚で集まり宴をした、地元の祭で告白した。思い出話で盛り上がる。


「ニコリナ、うちの村のお土産よ、どうぞ」


 昼食時、食堂にて。

 セマは蓋つきの藤籠から、牛の乳で作ったプリンを取り出した。


「えっ、つめたい!」


 冷えている容器にニコリナが驚く。

 セマに促され、ニコリナが籠の中に指を入れると、氷もないのにひんやりしていた。保冷の魔術が籠に仕込まれているのだ。


「せっかくだもの、冷えておいしい状態で食べてほしかったの」


 プリンはつるんとした食感で、ほのかにあまかった。


「……下世話なこと云っていい?この籠、売ったら儲かるんじゃない?」

「儲かるだろうな」


 牛乳プリンを食べながらヴァルトルが云った。


「保冷期間は一日、十四日が最長よ、編む労力だって相当かかるし、高額になっちゃうわ」


 セマが続けた。


「そっかあ、便利そうだけど作る方からしたら大変だもんね」


 個人的に、保存してほしいモノがあると訪れる客もいたにはいた。


 ある老人は願った。

 ──きれいだろう、孫が作ったんだ、あの子の親は事故で死んじまってな、おれと婆さんで育てたんだ、色々と不自由だったろう、寂しかったろう、だがなあ、文句のひとつも云わんでなあ、じじ馬鹿だが良い娘に育ったよ、花屋の息子と結婚してな、結婚式でこれをくれたんだ、初めての花束はおれと婆さんに贈りますってな、なあ魔術師さん、この花を凍らせることはできるかい? そりゃそうだ、永遠に枯れないようになんて贅沢は云わん、ただちょっと、普通の花より長く飾っておきたいんだ、人だって花だっていつかは枯れるのが定めよ、そうでなきゃ婆さんにまた会えねえしな


 ある貴族の娘は願った。

 ──婚約者を殺してしまいました、彼ったら、わたくしがいながら派手に浮名を流していましたの、おまけに全然反省の色無しで、つい感情的になってしまったいましたわ、 ええ、はじめは自首するつもりでしたのよ、でも……動かなくなった彼を見てふと思いましたの、これで彼はわたくしのものになりましたわ、って、 彼のためにベッドを用意しましたの、毎日髪をとかして、ちゃんとお洋服も着替えさせてあげますわ、夫のお世話は妻の役目ですもの、愛しているのですから、それくらいは当然ですわ、ええ、彼を愛していますわ、お見合いで会った時からずっとわたくしには彼だけでしたわ、わたくしだけを見てほしかったの、わたくしにだけ触れてほしかったの、だから彼を凍らせて!ねえお願い、お金ならいくらでも出すから!


 極端な二人だった。

 ニコリナには内緒だ。客の情報を漏らさない、というより、彼女はろくでもない人間なんて知らなくていい。


「今の宮廷魔術師は、きっとこういうものを魔術で開発しようとしているのかもな」


 セマがぼんやりしている間にも、会話は続いていた。

 日常をより便利に。

 魔術を大衆化し、一般人にも身近な道具に。


「昔の宮廷魔術師は違かったのかな?」


 ニコリナが疑問を投げかけた。


「大じいさまの時代は個人で術を磨いて、それぞれ王様に任務が与えられていたみたいよ」

「時勢もあったんだろうな、他国と領土争いだの他民族の侵入の防衛だの、戦力が重視されてただろうし……一段落ついたと思ったら内戦勃発だぞ」

「ああ……」


 ニコリナの脳裏に、元気いっぱいのバザール道先案内人が浮かんだ。

「まあ、平和になった証拠なんだろうが、俺としては昔の方が好きだな」


 おそらくマナの解明は、新たな燃料として利用する目的なのだろう。かつては戦争の為に、現在は人々の生活の為に。

 実用化はまだまだかかりそうだが。


「この籠は、国が作りたい理想のひとつなのかもね、いつか宮廷魔術師が教えてくれ~、なんて云ってきたりして」

「渡さないわ」


 セマの瞳が濁った。


「開発したいなら国の研究室に閉じこもって勝手にしたらいいわ、私を巻き込むつもりなら消し炭にしてやるわ」

「ど、どうしたのセマ、そんなに怒って……」

「研究成果を横取りされるようなモンだからな」

「ひっどい冗談云ってごめんなさい!」

「……いいえ、私こそごめんなさい、ニコリナ、いやだわ、恥ずかしい」

「……宮廷魔術師はキライ?」


 ニコリナがおそるおそる訊ねると、セマもヴァルトルも首を横に振った。


「向こうはお仕事だもの、私にどうこう云う資格はないわ」

「俺もセマも単独の研鑽を好むから、反りが合わないだろうなってだけだ」


 ニコリナはぐっと息を詰まらせた。

 二人が滅多に、というより全く話してくれなかった魔術師の世界。自分とは縁のない不思議でアヤシイ世界が、ちょっとだけ近くなった気がした。

 魔術師だって人なのだ。

 魔術師にも様々な気質や性格があるし、人同士に相性があるのも当然だ。

 セマとヴァルトルの、魔術師としての気質をしっかり理解している様は、本当に同い年なのかと疑ってしまう。


──……どうしよう

 いやいや、駄目でもともとと頼むつもりだったのだ、おじけづいてどうする。それにセマとヴァルトルは、真剣に話をすれば真剣に返事をしてくれる。


「あのね、セマ、ヴァルトル君、お願いがあるの、無理なら断っていいから」


 ええいままよ、とニコリナは魔術師に依頼した。



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