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昔話をしよう

 部屋の外から、セマは声を掛けられた。「セマ、入ってもよいだろうか」セマの曾祖父だ。「はい、大じいさま、どうぞ」

 扉が開く。齢四百を超える魔術師は、初老の男の姿をしていた。

「アッバスさん、こんにちは」

「やあヴァル、せっかくの逢瀬中にすまないな」

 白髪まじりの髪にたっぷりとのびた髭。一見隠居した羊飼いのようだが、まだまだ率先して羊を世話し、羊毛を売りに出歩く現役である。

「大じいさまもビスケットはいかが?」

「ふむ、頂こう」

 セマとヴァルトルはアッバスが座れるよう少し端に寄った。

「昨日云っていた、アイラスナイ殿からの問いについてだ、ヴァルも訊かれたのだったな」

「はい」

 精霊狩りの際に去った大精霊は、何故ヒトに罰を下さなかったのか。ちいさな魔術師たちは、何故を、ずっと考えている。

「お前たちは勘違いしている」

「え?」

 アイラスナイの問いは難しい。答えが難解という意味ではなく、問いかけそのものの意味が違う。

「引っかけ問題ということだ」

 別段、ひ孫たちに自分の過去を隠していたつもりはないが、すすんで語るつもりもなかった。

表で伝えられる物語ではなく、精霊と魔術の因縁。魔術師の業。

 自ら教えずとも、魔術師ならばいずれ知るであろうその歴史。知ったその時、否定するだろうか、悩むだろうか、すんなり受け入れるかもしれない。

 自分は二人の成長を見守ることに徹しよう。

 そんな決意は、アイラスナイに木っ端微塵にされた。むしろ発破を掛けられたというべきか。

 二人はちいさいが、魔術師なのだと。

「少し、昔話に付き合ってくれないか」




 真っ昼間の朝食を済ませ、おやつにフィリスが持参した揚げドーナツを摘まみながら、本題に入った。

「昨日保護された小精霊は、みんなランプから解放したわ、今は院を自由に飛び回る子、眠っている子、各々好きにしているわ」

 解放された小精霊たちは皆、ヒトのかたちをしていた。

「ランプの術式は宮廷魔術師が解析中よ、ヒト以外のかたちに適応したランプがあったら報告するわ」

 保護した精霊の数が多すぎる為、他の精霊院にも協力を要請した。

「ただ、小精霊たちが移ってくれるかはわからないわ、ただでさえ外に出ないでもらっているのに……」

 人間の欲で囚われていた彼らを、また人間の都合で振り回したくない。

「姿を変えた子はいますの?」

「いいえ、今のところはみんなヒトの姿のままです」

「フィリスさんの手厚い待遇をこれでもかと満喫していますわね、そんなに心配しなくても、あの子たちは情に篤く、恩を忘れません、移動だって嫌がりませんわ」

「それならいいのですが」

 大精霊からのお墨付きに、フィリスはほっとした。




 かつて人間だったラーファは、王位に興味など微塵もなかった。己の身分をわきまえていたし、小精霊や母と、静かに、穏やかに暮らせたらそれだけでよかった。

 それでも危惧してしまうのが貴族というものらしい。

 ──半分は王の血が流れているのは事実だ

 ──権力を求めない人間がいるわけがない

 ──大人しくしているふりをして、いつか実権を奪うつもりでは?

 ──そうでなくとも、優秀だという第二王子を支持する貴族もいる

 ──第二王子を傀儡の王にするつもりでは?

 ──危険だ 危険だ

 ──第二王子を生かしておくのは危険だ

 毒殺、事故死、狙撃。何度も暗殺されかかりながらもラーファはどうにか生き延びてきた。理不尽な思い込みで殺されてやるなんて真っ平ごめんだった。

 だというのに、ある年、流行病に罹り、あっさりと死の淵に立たされた。

 あれだけ暗殺には抵抗してきたのに病死とはなさけない、だが特効薬もない病ならば仕方がないかな。

 巫女様神官様今までありがとうございました母上もうすぐ会えますね、なんてちょっと切なくなっていたのに、ラーファの病はあっさりと治った。

 ラーファの快復力がすこぶる高かったのではない。

 小精霊たちがラーファへ力を注いだのだ。注ぎすぎて、ラーファは人間ではなくなった。

「……え?」

 精霊たちは情に篤く、好いたヒトには、人の理屈では考えられないような神秘を惜しみなく与える。

 大精霊ラーファの、誕生である。



 

 アッバスは語る。

「王子には護衛兼監視がついていた、彼が大精霊となったことはすぐさま報告された」

 王宮は大混乱だ。

王位に関心なく、静々と謙虚に暮らしていた故に、これまで放置されていた第二王子が、精霊の加護を受け、人から大精霊へと変化した。

 精霊様の寵愛する御子であったか! 今後の彼の立場はどうする? 精霊院から報告はされていない? 国民へ公表すべきか? 大精霊ならば新たな精霊院を建てるべき! 協力しようではないか!

 精霊への純粋な信仰心。精霊の威光や神権を得る魂胆。貴族の反応はさまざまだった。

 一方、魔術師はラーファ自身に興味津々だった。

 現在の肉体的、精神的な状況。魔術は行使できるのか。小精霊はどのようにしてラーファを人でなくしたのか。

 知りたい。

 調べたい。

 解き明かしたい。

 暴きたい。

「第二王子に手を出すことはできなかった、しかし魔術師の精髄への探究心は止まらない、我らは暗黙の禁忌を破った、小精霊を研究し始めたのだ」

 小精霊には魔術が編める力が宿り、自在に操っていた。魔術師はそれをマナと名づけた。

「第二王子が大精霊と変化したのは、小精霊の魔術なのだろう」

 人間には到底不可能な奇跡。

 不可能?

 試してもいないのに!

 まさか!諦めたりしない!

 ──自分で大精霊を作り出してみせる!

「人工大精霊の作成、密かに企てられた【チューニア計画】には、膨大で純度の高いマナが必要だと、精霊狩りが始まった」

「王様は止めなかったのですか?」

 セマが訊くと、アッバスはゆるりと首を振った。

「人工的な大精霊が出来れば、王家の威光はますます輝くだろう」

 皮肉げな物言いだった。




 ラーファの存在は隠匿された。

 内戦の間、ラーファはただの王子として振る舞い、一生をまっとうした。

 葬儀も盛大に執り行われた。ラーファの人間としての生の幕切れとして、けじめをつけたのだ。

「今の宮廷魔術師はどうなのかな」

 エフェが呟く。

「精霊の研究は禁止されたし、宮廷魔術師といえど禁を破れば罰せられるけど、チューニア計画を続けたがる魔術師はいないとは思わないなあ」

 ラーファとフィリスはチャイを飲むと、頷いた。

「ま、いるでしょうね」

「いないわけがなくてよ」

 ラーファは、チューニア計画を木っ端微塵にぶち壊したが、精霊の研究そのものを完全に止めることはできなかった。

 マナの発見。マナを十二分に活用させる方法。研究成果は、魔術を飛躍的に向上させた。

「神秘だって手に入れたがるのが人間ですわ」

「巫女としては、小精霊をただの稼ぎ道具としか見ていない不敬者諸共くたばってほしいのに、そういう連中ほどしぶとくて困っちゃうわ」

「フィリスさん、不意打ちで過激派になるよね」

 現在小精霊の研究は、彼らが協力を許す場合のみ許可が出される。研究手段も論議に論議を重ねた基準に則って行われる。

「人道的、倫理的な研究で満足するかなあ」

 エフェが呟く。

 ラーファとフィリスはチャイを飲むと、頷いた。

「ま、しないでしょうね」

「するわけがなくてよ」

 縛られることができるからこそ、国に仕えし魔術師なのだ。


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