たい焼きの定番はあんこ味
少女は、憧れのバザールに、きょろきょろ目移りする。
日焼けしにくい白い頬にはそばかすが散り、おろした髪に細かい三つ編みをいくつも結っている。
「んひゃひゃ、ひろいわ、すてきだわ」
「セマ、ぶつかるぞ」
少年は、セマ・イーネのが人とぶつからないよう、さりげなくかばった。
少年の頬や鼻梁にもそばかすが散り、長めの前髪で目がかくされている。
「ごめんなさいヴァル、でもね、だってバザールよ!」
「そうだな、バザールだな、ほら、またぶつかる」
ヴァルトル・クプカはもう一度、セマの手を引いた。
ドーム型の屋根に覆われた広大な敷地には、ありとあらゆる店が軒を連ねている。
東方のお香。帝国で流行りのアクセサリー。公国の工芸品。
スパイスたっぷりの煮込み料理。ぶわりと湯気立つ蒸し料理。
値段交渉に売り文句。世界中の言語が飛び交う。
まるでひとつの街だ。
畜産をなりわいとし、草と野生のにおいのする二人の故郷とはまるで違う。
場内は取り扱う商品ごとに区画が整備され、案内板もそこかしこに設置されている。
それでも迷子は多発する。
さて、おのぼりさん同然の少年少女は、小精霊にひっぱられ、道先案内人におすすめされた、バザール西エリア《道草通り》へ無事に辿り着いた。
小精霊は手のひらに乗るほどちんまく、真っ白な毛玉で、言葉を発せず、只人には視えない。
意思疎通ができるヴァルトルが珍しいのか、ひさしぶりに会話ができてうれしいのか、精霊らは少年に群がるのだ。
《道草通り》は子どもでも買いやすい手頃な値段の、地元の店が中心だ。
腕利きの商人ですら、しばしば撤退を余儀なくされる巨大市場で看板を掲げる彼らは、まさに商いの街の住人。
「ねえヴァル」
セマが足を止めた。店の看板には『たい焼き屋』と書かれている。
あまいにおいと、聞き慣れない店の名前。「いらっしゃい、ちいさな魔術師さん」秀麗なかんばせの青年は、虹色に光る瞳をゆるりと細めた。
「まさか、人と精霊の子に会えるなんて……」
セマの呟きは、珍しい生き物を発見した野次馬根性も、記者に売りつけるようなよこしまさもない。
思いがけず隣人に出逢えたよろこびと感謝。
エフェは、魔術師の少女の歓喜をしかと受け止めた。
「これでも結構たくましいんだよ」
「……紹介したかったのか?」
ヴァルトルが小精霊に訊けば、彼らは満足げに鳴いた──たいやきもおいしいよ!