世界的人気歌手ジュエルの正体に俺だけが気づいてる
休み時間の教室。
昨日放送のテレビ番組をスマホで見ていると、
「た、玉木君」
隣の席の女子が俺を呼んだ。
クラス委員長の豊石玲。
いつでもオドオドビクビクしてる小動物系女子。
髪が長く、目も前髪で隠れてる。
「が、学校でスマホは、ダ、ダメだよ?」
押し付けられてなったクラス委員長だが、ちゃんと仕事をする真面目な性格。
「ごめんごめん、もうちょい」
「も、もうちょいって。べ、勉強の動画見てるの?」
興味を持った豊石が俺のスマホを覗いた。
画面では、女性歌手がギターを弾きながら歌っていた。
世界的人気歌手ジュエル。
誰もが知ってる売れっ子女性シンガーだ。
だが、その素性はほとんど知られていない。
テレビやミュージック・ビデオなどで見るジュエルは、いつも体しか映さないので顔もわからない。
わかっているのは、俺と同じ高校二年の十七歳でスタイル抜群ということだけだ。
画面が切り替わる。
司会者から、体だけを映したジュエルへのインタビューが始まった。
司会者:「今度の新曲は、片想いの恋を歌った曲と聞いていますが、何か思い入れが?」
ジュエル:「思い入れというか、私も今片想い中で、隣の席の男子なんですけど。あ、言っちゃった(笑) 同じ片想いをしてる子たちにエールを送れたらなと思って」
ジュエルに惚れられてる男子か。
羨ましいやつもいたもんだ。
「あわわわわわ」
豊石があわあわ言ってる。
ジュエルの水着みたいなセクシー衣装にびっくりしてるんだろう。
耐性なさそうだし。
「は、はは早く、し、しまって? ね? ね?」
「わかった」
困らせるつもりはないので素直に電源を落とした。
「はぁ〜。あ、ありがとう」
こんなことでお礼を言う豊石。
真面目というか律儀というか。
「あ、天野さん、せ、仙道さん、ス、スマホはダメだよ?」
今度はクラスのギャル二人に注意。
「はあ〜?」
「うっせー」
聞く耳持たない。
「で、でもでも、こ、校則で禁止だし、せ、先生に見つかると、ぼ、没収だし」
それでも豊石が二人に言い聞かせようとがんばって説得する。
それを見たクラスのやつらが、「さっさとしまってやれよ」という視線を二人に向けた。
視線の圧力を受けた天野と仙道は、
「わ、わかったよ!」
と渋々スマホをポケットに入れた。
「あ、ありがとう」
ホッと息を吐き、豊石がお礼を言った。
「豊石さーん、文化祭のことで聞きたいんだけど」
「あ、は、はーい」
豊石は、廊下にいた隣のクラスの女子に呼ばれて教室を出て行った。
「豊石のやつ、いっつもいっつもマジうぜ〜」
「いい加減ムカついてきたんだけど」
ギャル二人がグチる。
「そういえばさ、豊石ってカラオケ誘っても全然来ないんだって。噂だと、ヤバいくらい音痴だって」
「マジで? だったら、今度の文化祭で……」
天野と仙道が悪い顔で相談を始めた。
……
本日は、文化祭。
俺たちのクラスはメイド&バトラー喫茶。
朝から客がわんさかやってきて、メイド&バトラー喫茶は大繁盛してる。
ウチのクラスって美人が多いからな。
「た、玉木君、ち、ちゃんと働いてね?」
女子を観察していたら豊石に注意された。
豊石も今日はメイド服。
長い髪はリボンで結い上げている。
前髪で目が隠れてるのはいつも通りだが。
豊石もメイド服似合ってるな。
何気にスタイルがいい。
「な、何かな、じ、じっと見て?」
またオドオドビクビクしだした。
ビクついてるメイドさんというのも、なかなかどうして……。
「ニ、ニヤニヤしてないで、こ、これ、テ、テーブルに運んでくれる?」
「オッケー」
「豊石、ちょっといい?」
そこへ、天野と仙道のギャル二人がきた。
「な、何?」
「ちょっとこっち」
豊石を廊下へと連れ出しそのまま歩いて行く。
どこへ行くのやら。
いや、待て。
そういやあいつら悪巧みみたいなのしてたな……。
心配になり、三人の後を追うことにした。
……
三人を見失ったが、探し回ってグラウンドで発見した。
メイドな豊石の手を天野と仙道が引いている。
進む先にあるのはグラウンドにある野外特設ステージ。
ここでは、クイズ大会やミスコンが開かれ、今はのど自慢大会をやっていた。
「ど、どこに行くの?」
豊石が二人に聞く。
「ウチら、豊石のことのど自慢にエントリーしといたから」
「ええ!?」
いきなりのことに豊石が驚く。
「豊石って歌上手いんでしょ? 聞いたよ?」
「ま、待って待って」
天野が言うと豊石があわてた。
嘘つくなよ天野。
音痴って噂があるって言ってたじゃないか。
ステージで歌わせて恥をかかせようって腹づもりか。
「クラスの喫茶店の宣伝にもなるし、ウチらナイスっしょ?」
「そ、そんなこと言われても」
「次の歌自慢さんは、二年三組の豊石玲さんでーす!」
司会の女子がタイミング良くというか悪くというか、豊石を呼んだ。
「ほら、行ってきな!」
ギャル二人に背中を押され、豊石は舞台正面にあった階段を上がってしまった。
「豊石さんですね? わお! メイドさんじゃないですか!」
司会者が大げさに驚き、観客も盛り上がる。
「ち、違うんです! すみません!」
豊石が舞台を降りようとする。しかし、司会者が、
「あなたの御友人が言ってましたよ。なんでもギターも御自分で弾くとか。どうぞこれを使ってください」
舞台脇からエレキギターを持った人が出てきて豊石に渡した。
天野と仙道がクスクス笑ってる。
豊石は、俯き、舞台上で固まってしまった。
完全にテンパってるな。
仕方がない、こうなったら代わりに俺が歌ってやる。
と助けに行こうとしたら、豊石がフラフラとマイクの前に進み出た。
様子がおかしい。
ジャーン。
豊石は、ギターの弦をはじくと俯けていた顔を上げ、髪を結っていたリボンをほどいて投げ捨てた。
長い黒髪が風に流れる。
前髪の隙間から覗く、輝く眼差しを観客へ向けるとギターを弾きはじめた。
これ、ジュエルのデビュー曲じゃないか。
SNSで徐々に人気が出るや、一気にジュエルをスターに押し上げたナンバー。
今やジュエルを代表する曲だ。
バックバンド担当の軽音部がギターに合わせて楽器を奏でると豊石が歌いだした。
「うまっ! マジか!」
音痴どころかめっちゃ歌うまい。
ポップなメロディをなぞるような軽快な歌声。
でも力強くて歌い手の魅力が色濃く出てる。
まるでジュエルの歌声そのものだ。
天野と仙道は、口をあんぐりと開けていた。
演奏を聴いた買い物客が立ち止まり、商売中の生徒が店から顔を出し、校舎の窓からもたくさんの人が身を乗り出してステージに注目した。
間奏に入る。
豊石のギターソロ。
プロのギタリストかってくらいのテクとパフォーマンスにみんなが圧倒される。
豊石が歌う。
すげぇ楽しそうだ。
普段のオドオドしてる豊石からは想像もできないはっちゃけた笑顔。
やがて曲も終盤に入り、最後にギターをかき鳴らして豊石は演奏を終えた。
ワーッと割れんばかりの拍手と歓声の嵐。
最高潮の興奮のままにみんなが豊石を讃えた。
豊石が頬に流れた汗を手の甲でグイと拭う。
その姿は、一生忘れないと思えるくらいカッコ良かった。
「……ふあっ!?」
マイクを通して豊石の素っ頓狂な声が響いてきた。
豊石は、我に返ったような表情で目をパチパチさせると、あわあわ言い出し、
「やっちゃったー!」
と叫び、ステージから降りてどこかへと走っていった。
その日豊石は、そのままクラスに戻ってこなかった。
……
文化祭が終わり、代休も明けた次の日。
登校すると、教室内が騒がしかった。
文化祭が終わってからも、クラスは、豊石のライブの話題でもちきりだった。
そこへ、
「お、おはよ〜」
そ〜っと扉を開けて、豊石が教室に入ってきた。
「豊石だ!」「うおー!」「きゃー!」と教室内が湧きかえる。
「豊石って歌めっちゃ上手いな!」
「ギターかっこ良かった!」
「委員長、今日カラオケ行こ!」
もはや大人気のポップスター状態だ。
「あわわわわわ、あ、ありがとう。ご、ごめん、ま、また今度」
ペコペコ頭を下げながらみんなの間をすり抜けてこっちに来た。
「おっす、豊石」
「お、おはよう、た、玉木君」
豊石が俺の隣の席についた。
「豊石って歌めっちゃ上手いんだな」
他に漏れず、俺もそこに触れる。
「そ、そんなことないよ」
「あるって。ジュエルみたいだったもん」
「!」
豊石の肩がビクッてなった。
「そ、そそそんなわけ、な、ななないよ」
「ジュエルの正体は豊石だ!」
「!」
「……なんて、ないよなぁ」
「な、な、ないないない、フフ、フフフフフフフフフフ」
「ハハハハハ(……間違いない)」
俺は、内心思っていた。
「(やっぱりこいつジュエルだったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)」
と。
ライブの歌声を聞き、パフォーマンスを見てまさかと思ったが、そのまさか。
この反応、間違いない。
なんてわかりやすいやつなんだ、豊石よ。
とはいえ、安心しろ豊石。
わかったからって吹聴するつもりはないから。
だって俺、ジュエルファンだし。
それに、俺以外誰も気づいてないという優越感が堪らないし。
このクラスにジュエルがいて、しかも隣の席だったなんてな、ククク。
隣の席にジュエルが……俺の隣の席に……隣の……隣?
司会者:「今度の新曲は、片想いの恋を歌った曲と聞いていますが、何か思い入れが?」
ジュエル:「思い入れというか、私も今片想い中で、隣の席の男子なんですけど。あ、言っちゃった(笑)」
「んん?」